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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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40 フィーティアの襲来

「ぎゃあああああああああああ!」


「なんだ⁉」


 バシャバシャと水を跳ね()け、ゼノとリィグは走る。


 横道を駆け抜け、その先の道に出た瞬間だった。


「──っ!」


 目の前で、誰かの腕が吹き飛んだ。

 バシャリと音を立てて水路の中に腕が転がる。

 すぐに本体も傾いて水しぶきを上げた。


「なにが……」


 その奥の暗闇に、ふたつの影がある。


 ひとりは短剣を持った娘で、サフィールの首に(やいば)を向けている。

 どうやら突然現れた来客に驚いているらしい。

 髪と同じ、柔らかな柳色の瞳を大きく見開いている。


 もうひとりは、まだ幼さの残る少女だ。

 年齢はリフィリア姫くらいか。

 ゼノたちには見向きもせず、楽しそうに口の端を歪めている。

 その手に持つ槍の切っ先から、ぽたりぽたりと赤い雫が(したた)り落ちる。

 彼女らの傍らに転がる兵士たちが、腕を押さえて(うめ)いていた。


「ななな、なにをする⁉ お前たちはいったい何者だ!」


 わずかに灯るランプの光。

 いましがた、誰かが持っていたのだろうそれは、地面に落ちて、ぼんやりと周囲を照らしている。


 その脇で、ビスホープ侯爵が恐怖を顔にはりつかせて、座り込んだまま叫んだ。


「うむ! 誰だというからには答えてやろう!」


 続く声は甲高い子供のものだった。

 闇の中でも光輝く銀髪に、好戦的なスカイブルーの瞳。

 白と青を基調とした神官服をまとっていることから、彼女がフィーティアの人間だということは一目瞭然だ。


 その少女が(たもと)をひるがえし、右手を前に突き出して高らかに告げた。


「調停機関、妖精の涙(フィーティア)!、七剣星しちけんせいがひとり、騎士長マルルといえばこの(せつ)のことよ!」


 ふふんと、小さな胸を張る少女に一瞬場が白けた。


「七剣星だと? そんなものは聞いたことが無い。だいたいフィーティアの騎士長ならば顔を知っておるが、貴様のような小娘では──」


 そこまで言いかけて、侯爵の言葉を遮るようにサフィールの声が重なった。


「マルルーニャ……姫。なぜここに……」


 呆けた表情でつぶやくサフィールに、侯爵が目を剥いて聞き返した。


「マ、マルルーニャ⁉ まさか、パトシナ聖国(せいごく)の第二王女ですかな⁉」


 ありえないと言いたげな叫びに、マルルと名乗った少女は()ねるように口を尖らせた。


「違う、違う。ここにおるのは姫ではなく、フィーティア十二騎士が第三席……いや、七・剣・星! の、騎士長マルルである!」


「「…………」」


 やはり再び場が白けた。

 しかし少女は気にする素振りもなく、得意げに続けた。


「ふふん。なかなかにかっこいい呼び名であろう? 実は拙が考えたものでな。由来は──」


「マルル……」


 彼女のうしろから、戸惑うような声がかかる。


「はやく捕まえないと……。すぐに戻らないといけないのに時間がないよ」


「むぅ。そう急かすな、メルディス。名を聞かれたからには答えるのが流儀であろう?」


「そう……なのかな?」


 メルディスと呼ばれた娘は困り顔で首を傾け、ちらりとこちらを見た。

 目が合う。

 わずかにおびえた様子で身を縮めると、娘──メルディスは左右に瞳を彷徨わせて、マルルへと視線を戻した。


(……?)


 ほんの一瞬、見覚えがあるような気がしたが……。


「まあよい」


 マルルがぱちんと指を鳴らす。


「詳しくは馬車の中で語るとして、そなたのことは魔石の偽証の罪で連行する。メルディス縛れ」


「う、うん」


 メルディスが手際よくサフィールを気絶させて、懐から取り出した縄できつく縛り上げた。


「殿下!」


「お前も寝ておれ」


「────ぐっ」


 ごんと鈍い音が鳴り、侯爵がばしゃりと水路に倒れる。

 マルルが槍の柄で侯爵の首を殴ったのだ。

 そのまま振り向きざまにゼノと彼女の目が合った。


「それで、そなたたちは加勢の兵か? こやつらを取り返しに来たというのなら相手になるが」


 少女の目がきらりと光る。

 まるで新しい玩具オモチャでも見つけたといった表情だ。しかし、


「──駄目ですよ、マルル。その人に手を出したら」


 優しい声だった。

 彼女たちの後方から音が近づいてくる。


 かつんかつんと、暗がりから革靴が見えたかと思えば、現れたのは背の高い青年だった。


 騎士のような黒い戦闘服に、顔の上半分を覆った白い仮面。

 細く長く、後頭部の高い位置で結ばれた黒髪。


 そして、その腕の中にはこんな場所にいるはずがない、青髪の姫が眠っていた。


「リフィリア姫⁉ なんでここに⁉」


 規則的な呼吸を繰り返し、目を閉じる少女。

 私の声に反応したらしい姫のまぶたがぴくりと動く。

 ゆっくりと開かれる、藍玉らんぎょくの瞳。

 すぐに驚愕の色に変わって、姫は蒼白顔で青年を見上げた。


「……ぁ」


「おや、目を覚まされたようですね。水路の中を歩くお姿を見かけたので、念のために拾わせてさせていただきました」


 青年はマルルの前で立ち止まると、柔らかな微笑を浮かべて姫に笑いかけた。

 メルディスが姫を一瞥して青年に声をかける。


「……ステイル、魔石の回収はもう終わったの?」


「ええ、抜かりなく。それよりも時間です。ふたりとも、帰りますよ。ほらマルル、槍をしまって」


「なにを言う、いまいいところで──って! ちっがぁーう! おまおまおまえっ、その娘は〈妖精姫〉ではないか! まさか、かどわかしてきたのかっ⁉」


 ひぃぃと引き攣れた悲鳴を上げてマルルが後退る。青年は苦笑で返した。


「違いますよ。拾った、とさきほど話したでしょう。どうします? ウチに持って帰りますか?」


「バッ! バカを言え、バカを! そんなことをしたら第一王子が何をしてくることか……。はやく拾った場所に戻してこい!」


「そうですか。では──」


 丁寧な手つきで青年は、姫を腕から降ろすと彼女の背中をぽんと押した。


「──差し上げます。どのみちまだその時ではないですし、連れ帰っても邪魔なので」


 投げ出された姫がぽすっとゼノの腕になだれ込んでくる。

 見たところ怪我はないようだがその身体はひどく震えていた。


「リフィリア姫! 大丈夫ですか⁉ なんでこんなところに……」


「ぁ……、サフィール兄さまの追手から逃げていたら、それで──」


「引きますよ、マルル。──メルディス、貴女は第二王子を」


「うん」


 縄ごとサフィールを引きずり、メルディスが青年のあとをついていく。

 マルルは名残惜しそうに槍を下げると踵を返した。

 三人は、暗がりの中を歩いていった。


「──待て!」


 慌ててゼノが叫ぶと、マルルが振り返る。

 目を輝かせて「戦うのか⁉」と槍を傾ける。ゼノは羽ペンを槍杖へと転じて構えた。


「姫のついでに、そいつも返してもらえると嬉しいんだけどな。そんなんでもこの国の王族だ。連れていかれると困る」


「うむうむ、その息やよしっ! 拙が全力で相手をしてやろうぞ!」


「……仕方がありませんね」


 困ったように吐息を落とすと青年は、腰に下げた剣を引き抜き真横に振った。

 同時に暗かった水路がぱっと明るく照らされる。


「これで足元がよく見えるでしょう」


「おお、いいのか! 戦っても!」


「いいも何も貴女のことだ。どうせ止めても無駄でしょうし、……それよりも、力はおさえてくださいね? マルルに暴れられると地下道ここが崩れかねない」


「わかっておる」


 マルルが自慢げに胸を叩いた。


「では、メルディス。そちらは任せました。出口に俺の部隊が控えていますので、合流ののちに撤退を」


「え? ステイルも戦うの?」


「はい。今回はマルルの手伝いで来たようなものなので、俺も加勢します。それよりもオウガに鳩を飛ばしておいてください。逃亡者……いえ、ウヅキ殿は東へ向かったと」


「う、うん。わかった」


 メルディスは水路の奥へと身体を向けた。


「行かせるか!」


 追いかけようと足を踏み出す。だが、ゼノの前にマルルが立ちはだかった。


「そう急くな。そなたらの相手は拙たちがしてやろう」


「邪魔だ、どけ!」


「ふっ! そう言われて退く馬鹿はいまい!」


 マルルが槍の切っ先をこちらに向け、姿勢を低くした。そこでふと気がつく。


(あの槍……)


 短すぎる。

 よく見れば柄が折れているようで、小柄な少女の背丈……いや、そこまでは届かないくらいの長さだった。

 ほんのすこし、そんな疑問を抱いていると、


「さぁさぁ、逃げ惑えよ兎ども! 楽しい狩りの時間じゃ!」


 少女が地を蹴り、水路のなかを高く飛び跳ねた。



 ◇ ◇ ◇



 ばしゃばしゃと水を蹴る足音と、かつかつかつと石を蹴り鳴らす足音。


「ちょ、なんでアイツ、壁走ってんの⁉ 怖いんだけど!」


「ほんとだよねー」


 普通に床を走ればいいものを、何故か壁を伝って走る少女に恐怖すら覚える。

 ゼノは流れる水路の上を走っていた。

 左にリィグ、うしろにリフィリア姫がドレスをたくしあげて、意外と速い走りでついてきている。


(……チッ、ぜんぜん効果ナシか)


 こうして重たい水の中を走れば、敵の動きも幾分か鈍るだろうと思ったのに。


 裏目に出た。

 マルルは壁を、青年はきっかり水に濡れない通路の上を駆けている。

 これではこちらだけ水を吸った靴で走っているだけだ。


 急いで、浅い水路から出る。


「拙は水が苦手なのじゃ! 昔、川で溺れかけたことがあってのう、以来濡れることが駄目なんだ。ああ、だが風呂には入るぞ。清潔は何よりも大事じゃからな!」


「いやいや! だからって壁は走らないだろ!」


 どういう物理法則なのか、マルルの足は器用に壁の平面とくっついている。


「うわー、女の子があんなに足を広げて走るとか。はしたないよ、あの子」


「そこ⁉」


 リィグの着目点に、前を向きながらゼノは突っ込む。


 森の時も思ったが、よく後ろを見ながら走れるものだと感心する。


 ちなみに、「兎柄かぁ」という呟きは聞かなかったことにした。


「リフィリア姫! ついてきてますか⁉」


「は、はいっ! なんとか!」


「うはは! 楽しい狩りの時間じゃ!」


 ゼノの隣に追いついたマルル。

 風のように走り、頭上のリボンを揺らしながら、楽しげに笑った。

 その直後、槍が飛んでくる。


「わっ!」


「え? ちょっとマスター!」


 槍を避けた拍子にリィグとぶつかり、雪崩なだれるように水路を転がる。


「うわ、ぐっしょり……」


 不快を帯びた声が耳に届くが、いまはそれどころじゃない。

 立ち上がった拍子に青年の斬撃が落ちてくる。


 足をずらして紙一重で避けると、剣が水面を斬って、水の飛沫しぶきが顔まであがる。

 続いて一閃。


 水路に入り込んだ青年の刺突を槍杖でいで態勢を整えると、後方からマルルが飛んでくる。


 ひらりとかわして、姫の手を引き、小路地へと入る。


「こっちです!」


「はいっ!」


 追っ手を撒くべく狭い通路を選んで、全力で駆け抜ける。


「ねぇ! どこまで行くの!」


「外! こんな場所じゃ、まともに戦えないだろ!」


「そうだけど、でもなんだかこれ、奥に行ってない⁉」


「わからん!」


 リィグの声に叫び返して振り返る。

 後方、奴らの姿は見えない。

 壁を蹴る音と、水路をかける靴音だけが耳に届いてくる。


 とにかく疾走。

 そうしてしばらく走ってたどり着いた先は行き止まりだった。


「げっ、道がない……」


「でも、扉はあるよ? 中に入ってみようよ」


 天井まで届く、石造りの扉。

 息を切らしてゼノが見上げる横で、リィグが扉を押した。

 びくともしない。当然だ。

 手で押して開くようなものではないのだろう。


「あの、これ……」


 姫がなにかに気づいたようだ。

 扉の真横に張りつく取っ手を指で示す。


 闇の中でもよく目立つ、青白いレバー。

 それをゼノが握り、上から下へと位置を下げる。


 がごんと、石がぶつかる音がして、重い扉がズズズと動いた。

 両開き。

 左右の溝に収納されるように、二枚の扉が移動するのを見つめてリィグが感嘆の声を上げる。


「お、開いた~!」


「広っ!」


「きれい……」


 神殿を思わせる広大な空間。

 四方に太い円柱が立ち並び、中央部の床には大きな紋様が描かれている。


 広間の両端には水路が。

 一本ずつ、川のせせらぎのように伸びており、部屋の外まで続いているようだった。


 さいわいところどころに置いてある夜光石のおかげで広間の中はほんのりと明るい。

 浮かび上がる全容から、おそらくここが例の『制御室』なのだろう。


 姫が腰を折って床を触り、小首をかしげる。


「これは……、魔法陣でしょうか?」


 小さな結晶が置かれた台座。

 それをぐるりと囲むように巨大な円が走り、随所になにか黒い文字が描かれている。

 見たことの無い文字だ。ゼノも首を曲げた。


「読めない。なんて書いてあるんだろ、これ──」


 ふたりで文字の近くにしゃがむ、その時だった。


「二人とも! うえ!」


「──! リフィリア姫! こっちに!」


 ぐいっと姫の手を引っ張ると同時に、空を跳ねるうさぎが落ちてきた。

 マルルだ。

 ふたりで前に飛んで転がり避けるとうしろで石が割れる音がした。

 振り向けば、深々と床に突き刺さる槍がある。


「リフィリア姫、このまま柱のかげに! 急いでっ」


「はい!」


 ぱたぱたと姫が駆けていく。

 それを見届けマルルに視線を向ける。

 魔法陣の外側に突き立った槍を引き抜き、マルルはにやりと笑みを浮かべて右肩に担いだ。


 そのまま、こちらに向かって、突きを繰り出してくる。

 右、左、上。

 すんでのところでかわして槍を構え、マルルの猛攻を弾き飛ばす。

 押されながら後退するうちに、ドンと柱に背中がぶつかった。


「ふ、しまいじゃな!」


 マルルが勢いよく、腕を後ろにひく。

 突き出される槍。まずいと思ったそのとき。


 氷の矢が飛んできた。

 その矢をマルルは相殺し、二歩後ろへ飛んだ。

 まるで追尾するように、とす、とす、と彼女の足元に矢が刺さる。

 そのたびにマルルはひらひらと躍り、好戦的な笑みを浮かべる。


「そんなもの拙には──」


 最後の矢がマルルの足もとに突き立ったときだ。

 ぱきぱきと音を立てて、床が凍ったかと思えば、彼女の右足を捕らえた。


「なんじゃとっ⁉」


 氷漬けになった右足。引き剥がそうとマルルが足を引くが、びくともしない。


「リィグ、助かった!」


「どうも~」


 のんきなリィグの声が広間に響く。それを温かな声が上書きする。


「──マルル。はやく足を解かないと、凍傷を起こしますよ?」

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