38 サフィールと証書
2チャプター分なので少し長めです。
→2025/9/16 分割しました。
城の軍議室にて、サフィールは内心苛立ちながら会議の行く末を見守っていた。
(なぜ、いまだ決まらない)
グランポーンが渋るのはわかる。
弟の後見を務める侯爵家だ。
ライアスが失脚すれば困るのだから必死なのも頷ける。
しかし、王佐ロイディールが反対する理由が分からない。
「ライアス殿下を塔へと幽閉なさるとは、少々厳しい処遇でございましょう。ここは、ひとつき程度の謹慎処分にして反省を促すのが妥当かと」
どこか妥当なものか。
国内の反乱分子と結託して国家転覆を謀った王子だぞ?
幽閉どころか本来ならば極刑でもおかしくない愚行だ。
それをみなの手前、幽閉処分にしようと言ったのは他ならぬサフィールだった。
弟を想う優しい兄王子。
そう演じているだけで、ライアスが死んでくれたほうが王位の問題にも片がつく。
ユーハルドの王族は、命ある限り王位継承権がついえることはない。
何代前かの大祭司──いまでいう王佐がそう決めた。
息子たちに退位を迫られた国王が、勝手に御子たちの王位継承権を剥奪しようとしたらしい。
それを防ぐために布令されたと聞いたが、おかげで次代の王決めのときに暗殺が横行したという。
(ただでさえ、リフィリアの捕縛にも失敗したというのに……!)
一度は離宮を制圧したと報告を受けたが、その実、リフィリアの姿が見つからない。
城の敷地内から出ることはないだろうが、離宮の裏手にある森を捜索させてもいまだに発見できない。
彼女は切り札だ。
ライアスの手綱を握ることはもちろん兄ルベリウスに対してもいい交渉材料となる。
サフィールはテーブルの下で拳を握り、なぜこうもうまくいかないのかと歯噛みした。
その時だった。
「サフィール!」
音を立てて扉が開く。
白髪の青年が会議室に入ってきた。
弟の補佐官だ。たしかゼノといったか。
彼のうしろに見知った顔を見つけてサフィールは席を立つ。
「ライアスっ⁉ なぜここに!」
さきほど弟たちを捕らえたペリードが城に戻ってきたと報告があった。
そのまま地下牢へと連れて行ったと聞いたが、まさか拘束を解いて脱走してきたのか?
サフィールはすばやく周囲に視線を走らせた。
唖然とする議会の面々。
五大侯爵家の当主全員の招集はできなかったが、代理を含めて一応全家はそろっている。
そのほかにも軍や内務の高官たち。
これだけの人数が集まっているのだ。
すべての顔を確認することはできないが、急に現れた弟に皆一様に言葉を失っている。
──これならば先手を打って出れる。
サフィールが口を開こうとして、しかし先にロイドが呼びかけた。
「ゼノ」
かけられた声に弟の補佐官──ゼノが振り向く。
「! それ、貸してください!」
彼はロイドに駆け寄ると、その手に握られていた書類を奪った。
「こら、いきなりなにを……」
ロイドの制止を無視して書類に目を落としたゼノは血相を変えて紙を破った。
「こんなもの!」
「なっ──」
「なにをする! 貴様!」
サフィールの隣で太った男が怒鳴った。
ビスホープ侯爵。自分の後見人だ。
派手好きで趣味は合わないが、使いやすいのでそばに置いてやっている。
ビスホープ侯爵が外の兵士に向かって怒号を飛ばす。
「なにをしている! さっさと捕らえんか!」
だが、動く気配はない。
気絶しているらしい。
廊下の見張りを任せていたはず兵士たちの腕が、弟の足もとに垣間見える。
ゼノが声を張り上げた。
「やり直しを要求する! ライアス王子はピナートの件に関わってはいない!」
一瞬の静寂のあと、サフィールは唇を強く噛み、ゼノに指を向けた。
「なにを根拠にそのようなことを!」
苛立ちが頂点に達する。
急に声を荒げたサフィールにまわりも驚いているのだろう。
目を丸くして自分を見つめているのが分かる。
だが、知るか。
いまはあの男が憎い。
サフィールは構わず叫んだ。
「ライアスがイナキアから魔石を買い集め、ピナートの反乱分子へ流していたことは判明している! 当然その取引現場も確認済みだ。やつらが夜な夜な集まる貧民街の酒場。そこに白髪の男と幼い少女が入っていたとの証言も出ている。それは貴様だろう! 第四王子の補佐官ゼノ!」
言い放つと、ゼノは目を見開いて真横に腕を振り下ろす。
「誤解だ! 確かに貧民街の酒場には行ったけど、魔石の取引場だったなんて知らないしっ、そんなのはただ言いがかりだ! 大体証拠なら──」
「おちつけ、ゼノ」
「王子……」
弟の手が補佐官の前にスッと伸びる。
制止するように一歩前に出て、ライアスは静かに口を開いた。
「サフィー兄上。残念ですが、捕まるのは兄上のほうです」
冷淡な瞳。
感情というものがまるで見えない。
恐怖という名の悪寒が背筋を駆け抜け、サフィールは拳を強く握った。
「ライアス……なにを根拠にそのようなことを言うのだ」
「それはのちのち分かるでしょう。それよりも、兄上はイナキアから魔石を買い、ピナートの者たちへ流した。国家転覆の手助けをしていたのは兄上のほうです」
「戯言を。それはお前だろう、ライアス」
「なぜ?」
「は?」
「仮に、余が反乱を起こさんと画策していたとして、その利はなんだ? 国を落として、なにかこの身にメリットがあるのですか?」
「──、それは、玉座を手にするためだろう! それ以外になにがある」
指を向けてそう言えば、ライアスはため息をついた。
馬鹿にしている。
サフィールがぎっと睨みつけると弟は無感情な声で返した。
「ならば、さっさと宝剣を見つけて王となればいい。父上がそう宣旨を出したようにな」
「ぐっ──」
「兄上。ひとつ忠言しよう。人をハメるときはもう少し策を練ることです」
呆れたような瞳を向けられ、かっと全身が熱くなる。
サフィールはわなわなと肩を震わせ、怒鳴った。
「貴様! それが兄に対する態度────」
「サフィール殿下!」
耳を突くほどの大声だった。
緑の髪。
突然の部下の登場に虚を突かれ、サフィールは驚愕して軍議室の入り口を見つめた。
「来たか」
白いフードを被った少女がライアスになにかを渡した。
そのうしろを歩くようにまっすぐな目で自分を見据える部下は、最近入った新人補佐官のペリードだ。
「ペリード、なぜお前がこいつらと一緒に……」
「申し訳ありません、殿下。やはり僕は、あなたが道を踏み外すところなど見たくはありません。イナキアとの怪しげな商売にこのような非道な行い。どうかお考え直しください」
真剣な面差しで、彼は頭をさげてきた。
──つまり、この私を裏切った、ということか?
サフィールは予想だにしなかった展開に思考が回らず、動きをとめた。
それを無機質な瞳で一瞥し、ライアスは議会に証書を提出した。
「ここに、魔石の購入記録と誓約書がある」
右手には受け取った証書を、左手には広場でサフィールから渡された記録書をかかげて、ライアスは各面々に訴える。
「同日に同数の魔石が動いておる。なんとも奇妙な話だが、むろん偶然だと言い張るのもよかろう。しかし知っての通り、魔石はフィーティアが管理するもの。城の記録は偽れたとしても、あちらが管理するものは誤魔化せん。よってこの証書をもって、フィーティアに確認を取ることを要求する!」
──終わった。
しーんと静まる軍議室を見てサフィールはぎりっと奥歯を噛んだ。
さきほどの喧騒が嘘のように一同、口を閉ざし、静寂がその場を支配する。
自分の後見人であるビスホープ侯爵は顔を青ざめ、他の侯爵家や軍の指揮官、高官たちも神妙な面持ちでみなサフィールを見ている。
「くっ……」
これでは自分が悪者だ。
弟を失脚せんとした非道な王子。
仮にこの場が収まっても、このあとの玉座への道は険しくなる。
貴族からの支持も、それどころか軍内部での自分の評判は地へ落ちることだろう。
(この私が失敗など許されない……!)
サフィールは剣を抜いて、ライアスに向けた。
「で、殿下! それはなりません!」
「うるさいっ! この私が王となるのだ。それを邪魔するやつはこのサフィールが斬って捨ててやる!」
制止する侯爵の声を無視をしてサフィールはライアスに斬りかかった。だが──
「させるかよっ」
弟と自分のあいだにゼノが滑りこむ。
杖のような槍のような武器で剣を受けとめ、サフィールの剣を弾き飛ばした。
「ぐっ──、この平民ふぜいがっ! 王族である私に刃を向けるか!」
「知るかよ。それより王子様だって言うならもっと臣下をいたわるんだな。──お前、ペリードに魔狂薬を渡しただろ」
後半を、低い声で言ってからゼノはサフィールの首筋に槍杖の刃先を当てた。
「あれは禁薬だ。どこで手に入れたのかは問わないけれど、自分の臣下に使うようなものじゃないだろ」
「はんっ、私の部下にどのような命をくだそうと私の勝手だ。貴様こそ、このようなことをしてただで済むと思うなよ!」
「……そうか。なら、まわりを見てみることだな」
──まわり?
言われてサフィールは、眼球だけ動かして周囲を見渡した。
「──────」
嫌疑と失望に満ちたまなざし。
禁薬とされた代物を、部下へと使ったのだから当然だ。
ゼノがこちらをまっすぐ見て、毅然とした態度で告げた。
「いいか、サフィール。臣下を使いつぶすような王には誰もついていかない。お前みたいな奴に、この国を統べる資格はないんだよ!」
言い放つと、再び広間が静まり返る。
そこに、沈黙を破る王佐ロイディールの声が重く響いた。
「ライアス殿下」
こうべを垂れて弟から書類を受け取り、
「このロイディール。王を補佐する者として、確かに証書をお預かり致しました。急ぎフィーティアへと確認を取りましょう。結果がわかるまで、両殿下には各私室にてご待機を申し上げます」
こうしてサフィールは、みずからの兵士に引きずられる形で私室へと押し込まれたのだった。




