37 『忠誠』と『妄信』は違う
相変わらず彼の話は長いので、要約するとこうだった。
ペリードは、魔導の家系であるベルルーク家の三男として生を受けた。
しかし生まれつき魔法の才が劣っており、ユーハルド軍の第三師団──通称魔導師団へ入ったものの、すぐに引退の形をとる。
本来であれば、師団長である次兄を補佐するはずだった。
しかし才能に恵まれない彼は副師団長になるどころか、一線で活躍することもできない。
それは彼の心に暗い影を落とした。
そんな折に声をかけたのが、第二王子サフィールだった。
サフィールは、彼に文官として国に仕えてみてはと提案する。
軍でなくても、魔導の知識は役に立つからと──。
「殿下には感謝している。最初はリフィリア様にお仕えする予定だったけれど、サフィール殿下のもとへ変わったと聞いた時は、君には悪いがそれはもう嬉しかったんだ」
「うん……その辺は省いていいから。それで? 結局サフィールの企てってなんだよ?」
あれから四十分が経過した。
刻々と語り出したペリードは、己の出生から今に至るまでをすべて話した。
王子がうしろで腕を組み、とんとんと指を叩いている。
あれは言うまでもなく不機嫌だ。
「企てか……すまない。それは正直わからないんだ」
(わからんのかい!)
王子の眉間にしわが増えた。
「……ただ、ビスホープ侯爵とはイナキアの商売について話されていたよ」
「商売?」
「いまあちらでは、遺跡の発掘が盛んでね。そこから出てくる珍しい魔導品——とりわけ魔動機が高値で取引されているらしい」
「魔動機……」
たしか、魔導品よりも大型のものの呼称で、大型の施設などに置いてあるものだ。
主な用途は水の浄化や研究機材など。
一般に出回ったところで、あまり需要は無いと思うが……。
「なんでそんなものを?」
「それはわからない。だけど、魔石の開発とやらにも興味を持たれているご様子で、怪しげな商会と取引しているのを見かけたことがある」
「魔石の開発……」
何のために?
ゼノは目線を下に向け、考える。
しかし、すぐに思考は中断された。
「──まあ、目的はどうせ異郷技術の収集だろう。より多くの功績をあげ、時期国王の座を有利に進める腹積もりであろうよ。それより、そこの。ついてまいれ」
あごで命じるように王子はきびすを返した。
ペリードがゆっくりと立ちあがる。
「王子、どこへ」
「城だ。急ぎ、証書を探す」
「証書?」
「誓約書のことだよ」
ペリードが王子の代わりに答える。
「ほら、宝石を買うと本物かどうかを示す品質証明書がつくだろう? それと似たようなもので、魔石の品質が書かれた紙があってね、そこには魔石を悪用はしないという誓いのサインをするんだ。それのことだよ」
いや、知らないし。
魔石も宝石も買ったことないし。
ゼノが顔をしかめると王子が淡々とつづきを話した。
「城の帳簿上では余の名前になっておるが、誓約書には直接購入した者のサインが書かれる。これはフィーティア機関が発行しておるものゆえ、嘘偽りは書けない」
「嘘偽りって、どうやって判断を?」
「買って数日以内にフィーティアから確認の連絡がくる」
なるほど。
それはよく管理が行き届いている。
魔石は各国で扱える量も決まっていると聞くから、個人間で独占しないようになっているのだろう。
ペリードいわく、二枚組の紙にサインを入れて、購入者とフィーティア側で一枚ずつ保管するとのことだ。
なんでも書類は合わせ絵になっているらしく、失くしてしまうと万が一のときに困るらしい。
「まあ、流石に本人の名では買わんだろうから従者の誰かの名であろうが十分だ。どうせ兄上の性格上、証書は捨てずに取っておる。購入の日付さえ合えば簡単に証明が取れる」
「確かに」
ゼノが驚いていると、同時にミツバも目を丸くした。
「ライアス、おまえ頭いいわね」
「普通です。姉上」
フィーがこくんと頷いた。
(急いだほうがいいな)
空には赤みが差している。
いまから城に戻っても夜になるだろう。
よし行くか、とゼノが足を踏み出したところで王子がリィグに視線を向けた。
「ところで、ゼノ。そのものは誰だ?」
「え、コイツ……は」
困った。
本人は星霊だと言っていたが、そのまま伝えれば頭がおかしいと思われる。
ゼノが答えに窮していると、リィグが片手をあげて笑った。
「リィグだよ。さっきマスターに拾われた猫だよ」
「マスター?」
「猫?」
ゼノとミツバの声がそろう。
ちなみに「猫?」と言ったのがミツバだ。
「うん。君とは契約したからね。まだ仮だけど、マスターって呼ぶことにするよ。それから猫ってのはちょっと待ってて──」
突如、ボンっと白煙が舞って、金色の猫が「みゃおー」と言って現れた。
「「猫!」」
またしてもゼノとミツバの声が重なる。
「ふむ。なるほど化け猫か」
王子は納得したように頷くと、「行くぞ」とひとことだけ言って来た道を歩いていった。
(え、それだけ?)
淡白すぎる彼の反応には驚くも、でも王子だしな……と謎の納得感を覚えてゼノは横を向いた。
目を輝かせたミツバがリィグに詰め寄っている。
「ど、どうなってるの⁉」
「おっと、これはなかなかの美人さんだね」
「傾国の美少女って呼んでいいわよ!」
「傾国の美少女」
……これは、何の会話だろうか。
半分呆れて見ていると、リィグはゼノに尋ねてきたように「ねぇ、君。僕とどこかで会ったことある?」とミツバに聞いていた。
そんなふたりを一瞥して王子が『さっさとつれてこい』と視線で命じてきたので、ゼノは木のツルでペリードを縛りあげた。
「…………」
ひどい顔だ。
魔狂薬の影響もあるだろうが、ずいぶんと影の差した顔だった。
「あの薬、サフィール殿下にもらったのか?」
「……」
ペリードはなにも答えない。
まあ、さきほどの話から彼がサフィールにどれほど心酔しているのか察することはできる。
おおかたあるじの役に立ちたくて、それが身を滅ぼす禁薬だと知っても彼は受け取ったのだろう。
そして躊躇しつつも使った。
「あのさ。お前がサフィールに恩義を感じていることはわかった。だけどな。仕える主が誤った道に進もうとしてるんだ。だったらそれを正すのが臣下の務めだとオレは思うけど」
「それは……」
「言っておくけど、オレは怒ってるんだからな。こんなやばい薬に手を出して、危うく死ぬことだったんだっ! あるじに忠誠を誓うのはいい。だけど、妄信だけはするな!」
「ゼノ……。──……すまな、かった」
ペリードは目元を手のひらで覆うと小さく返した。
「証書探しは僕がやる。君たちは殿下の元へ急いでくれ」




