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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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35 その明るい音は、懐かしいキミの声だった。

 ──ねぇねぇ、あなたはどっちがいい?


 楽しげな声。弾けるような少女の声だ。

 黒い視界にぱっと光が入り、うっすらと映ったものも黒いものだった。

 つややかな毛並み。隣に眠る子犬が見える。

 やがてその子犬は誰かにすくいあげられた。


 ──よし! じゃあ今日からキミの名前は……




「くるよ!」


「──っ!」


 かけられた声に、ハッと前を向けば、雄たけびをあげたペリードが自身の眼前に迫っていた。

 横一閃。

 左から来る剣戟を槍杖(やり)でいなし、ゼノは彼の横に回る。

 くるりと柄を回転し、その横腹を殴った。


「くっ」


 よろめいた彼の隙をつき、ぱっと距離をとる。

 そこに上空から火が注がれた。

 ぼうっと紅蓮の壁が、ペリードとゼノを遮るように燃えさかる。


「ちっ、相変わらず厄介な火!」


 せめて、いっときでもあの竜を足止めできれば。


「ねぇ、君!」


 叫ぶリィグの声に右を見る。


「僕は上空の竜をやるから、君は眼鏡の彼をどうにかして」


「分かってる! だけど、火が邪魔で近づけない」


 まるで結界でも張るかように、ペリードを中心に円を描くように炎が一周している。

 その真ん中で、剣を地面に突き刺し、悶え苦しむ姿が目にうつる。


「イメージは、風に優しくなぶられる静かな水面だよ!」


「はい⁉」


「水の魔法! 魔法を使う時は、その情景を想像するといいんだってさ」


「情景……? いや、でもオレは──」


 水魔法なんか使えない。

 そう叫ぼうとして、リィグの声が重なる。


「さっき君と契約してあげたでしょ。多分、前よりは魔力の制御がしやすいと思うよ」


 そう言うと、彼は上空に向けて氷矢を放った。


「やってみなよ。そのくらいの時間は稼いであげる!」


 凍てつく矢が火竜を散らす。

 四散(しさん)した炎はうねりをあげて再び竜の形へと構築される。

 そこにもう一射。

 無駄なあがきだと言わんばかりに火竜の口から炎が放たれた。


「………」


 苦しむ同僚を一瞥し、ゼノは目を閉じた。

 やるしかない。


(水、水、水……)


 大きな水。

 海は知らないから、川を。

 だけど川は静かじゃない。


 夜の湖畔を心に浮かべた。


 昔、シオンに連れられて行ったあの場所。

 波ひとつなく穏やかなあの湖。

 ときおり吹く風がゆったりと水面を揺らす──


水精ウィスカよ」


「……っ!」


 リィグの息をのむ音が聴こえた。

 瞬間的にゼノの後ろへ身を引いたらしい。

 後方からの気配に目を開け、その理由に自分でも驚いた。


 ──剣?


 水で出来た無数の剣。

 それが宙に浮いていた。


「うはぁ、すごい剣の量。やっぱりキミも相当な魔力を持ってるみたいだね」


「な……に? 祈りも、ないのに、魔法を……」


(正気に戻ったのか!)


 苦しげな声だが、ひとまずホッと安堵の息をついてゼノは思い出す。

 そうだった。

 いつもアウルの腕輪を介してだったから、すっかり忘れていた。

 魔法を使う時は必ず『祈文(きぶん)』という呪文を口にする必要があるのだ。


「祈り……」


 確か、精なるものに捧げる言葉。


「──清麗なる水精ウィスカよ」


 左手をかざし、続ける。


「力を貸し、敵を(ほふ)れ。水の剣(クラウアクア)!」


 その瞬間、火竜とペリードめがけて剣が飛び交った。

 くるくると回転し、降り注ぐ剣舞の雨。

 ペリードは瞬時に頭を腕で覆うが、彼のひざに剣が突き刺さる。


「ぐあっ────」


 続いて、刃が彼の腕をかすった。

 血のしぶきが円を描く。

 ずたずたに破れる衣装からは血がにじみ出し、殺さず活かさず、絶妙な塩梅(あんばい)だ。

 いっぽう火竜のほうは空中で四散し、再生するもまもなくその火片を打ち消されていた。


「すごっ」


 あまりの勢いに愕然としていると、まわりに光蝶(スピル)たちが集まってきた。

 いつもよりも光を発している。

 こんな時だがなんとも神秘的な光景だった。


「まだ、だ……」


 ペリードはひざから崩れ落ちて、焼けた大地に手をついた。

 次第に色づく森色の髪。

 白髪が緑髪に。

 伸びていた髪も、元の短髪へと戻っていく。


「まだ勝負は──」


 そこまで言ってペリードはぱたりと倒れた。

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