表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/115

32 戦闘開始/カトラリー

「はぁ……はぁ……、王子! ミツバ! フィー! 誰かいるなら返事をしてくれ!」


 遺跡を出て森の中を走る。

 ちょうどあのあと出口が見つかり、外に出られたのだ。

 木の根に足をとられながら駆け回るも、やはり彼らの姿はどこにもなかった。


「クソッ、どこ行った⁉」


 行く手を塞ぐように生い茂る木々に視界をとられて先が見えない。

 こうしている間にも追手が迫ってくるはずだ。その証拠に後ろから段々と足音が近づいてくる。


(──ってあれ? なんか近くないか?)


 距離にしてわずか。ゼノは振り返る。


「──ねぇ、そんなに大声で叫んだら、敵に見つかるんじゃない?」


「うわっ!」


 リィグがいた。

 なぜここに? 隣に追いつき、ぴたりと張りついた。


「え、なに? なんでついてきた⁉」


「なんでって、君が僕の眠りを邪魔したから?」


「怖っ! なにその邪霊的発想! よくも眠りを妨げたな、祟ってやるってやつ⁉」


「違うよー。なんでそうなるのさ」


「じゃあ、どうしたんだよ⁉ 帰り道がわからないとか⁉」


「帰るっていっても憶えてないし、たぶん家もないと思うよ? 僕、星霊(せいれい)だから」


「はあ?」


 星霊? なにを言っているんだこいつは。と思えば、リィグは上を向いたまま会話を続けた。

 どうでもいいが、よく転ばないなと妙なところで感心してしまう。


「気がついたらあそこで寝ててさ。記憶がすっぽり抜けてて困ってるんだよねぇ。君はなにか知らない?」


「知らないよ! つか、星霊ってなに⁉」


「神秘の存在のことだよ。妖精とかたまに言ってくるやつもいるけど『星霊』だから、そこだけは間違えないでほしいかな」


 ダメだ。話が通じない。

 自分で星霊だの妖精だのと言っている。

 こういう奴は十中八九あたまがイカれていると相場決まっている。

 ゼノは顔を引きつらせて前を向いた。


「ごめん。オレ、そういうの信じてないし、急いでるから」


「そうなの? おかしいなぁ、わりと一般常識なのに~」


(なにも聞こえない)


 無視して茂みの中を抜けると、今度は大樹の前に出た。

 あの場所だ。忘れるはずがない。

 ここは前にシオンと一緒に来た大木前だった。

 古びた祭壇にはしなびた花が置かれている。


「この木、無事だったんだな。……良かった」


 むかし森の半分を燃やしてしまった。

 だからてっきりここも消えているだろうと思っていたけれど、大丈夫だったらしい。

 おそらくここより先に行くと、緑の無い荒野が広がっているのだろう。


 樹を見上げるゼノの横で、リィグがふわりとあくびをした。


「ねぇ、止まってていいの? はやく進まないと、追いつかれちゃうんじゃない?」


「分かってる。サフィールたちが追いつく前に王子たちを探さないと……」


「王子? さふぃーる? それって誰?」


 首をかしげるリィグに、ライアス王子は自分が仕えている人で、サフィールは政敵だと教える。

 簡単な説明だったが、彼は手をぽんと合わせると大きく頷いた。


「なるほどねー。いつの時代も人の国は大変だね」


「うん……そうだね」


 適当に話を合わせておいた。


「もう昼か……」


 まだ日は高い。

 暗くなる前に王子たちと合流できればいいが……と考え、ふと思う。

 サフィールが王子を捕らえにきた。


 では、あの妹姫はどうなるのか?


 療養中、怯えながらもときおり様子を見にきてくれた青髪の少女。

 ユーハルドの王位の継承は男児優先だが、王が剣を見つけた御子に継がせると宣言した以上、この争いに巻き込まれることとなる。


 もしかしたらいまごろ離宮もサフィール軍に包囲されているかもしれない。

 サフィールはライアス王子を敵視しているのだ。

 その妹である姫にもなんらかの封じ手を仕掛けている可能性は高い。


(まあ、さすがに手荒なことはされないだろうけど……)


 おおかた離宮の一室に軟禁、といったところか。

 この状況がどう転ぶか分からない以上、はっきりとは言えないが、捕まっているのなら助け出さないと。


 そんな考えがぼんやりと浮かんだところで、ガサっと茂みを揺らす音がした。


「っ⁉」


 兵士かと思い、槍杖(やり)を構える。

 しかし、茂みから出てきたのは予想とは異なる人物だった。


「緑……か?」


「緑っていうな!」


 毎度決まったやりとり。それはいい。


(なぜ、ペリードがここにいる?)


 彼は文官で、戦場に出張ってくるような立場じゃない。

 ゼノは思考をめぐらせて、すぐに答えに行きついた。

 その鮮やかな緑の髪がなによりの証だ。


「そうか……ベルルーク家は確か魔導の家系だったな」


「そうさ。僕の家は代々ユーハルドの魔導師団に名を連ねていてね。僕はサフィール王子の補佐官だからと入団こそしていないが命を受けた。ライアス様を捕らえるようにと」


 ペリードが両腕を広げる。


「美しき火精ティーナよ」


 目を閉じ、祈るように彼の唇が動く。


(いにしえ)より我らを守護する赤き竜を召喚し、敵を滅せよ。──おいで、火の竜(イグニスドレイク)


 ゴウッとゆらめく炎。ペリードの頭上に小型の竜が舞い降りた。


「さて。ライアス様がどこに行かれたのか教えてもらうよ! ゼノ!」


 火竜が鋭いいななきをあげる。

 それが開幕の合図となり、ペリードとの戦いが始まった。



 ◇ ◇ ◇



 ノーグ城の敷地の北側にフローラ離宮はある。

 本城とは少しだけ離れた花の宮では、初夏の花が見頃を迎え、離宮から出ることを禁じられたリフィリアの心を慰めてくれた。


 そんな花々が、無慈悲にも踏みつぶされている。


 第二王子サフィールがこの離宮を制圧するよう差し向けた兵士たちらしい。

 リフィリアは、廊下の片隅で木箱の中からその様子を眺めていた。


 さきほどまで私室でケーキを食べていたら、急に外が騒がしくなって、慌てて廊下に出てみれば、この状況。


 兄になにかあったのか。


 リフィリアはフォーク(護身用)を持って木箱の中に隠れていた。

 すると、急に上から光が差して頭上に影が落ちてきた。

 ちりんと鈴の音も聴こえる。

 リフィリアは、幾分か安心した面持ちで顔をあげた。


「姫様、こんなところにいらっしゃったのですか。はやく逃げますよ」


「エリィ……無事でよかった」


「当たり前です。あんな素人などそこらの石と変わりません」


 訓練された兵士に対していささかひどい感想を吐いたメイドはリフィリア付きの侍女、エレノアだ。

 うぐいす色の髪を一本の太いみつあみに結った美人な女性。


 彼女はリフィリアの手を取って木箱から這い出させると、こっちですよと言って手を引いた。


「──いたぞ! リフィリア姫だ!」


「あら、見つかってしまいましたね」


「エリィが髪に鈴なんてつけているから……」


 兵士が抜刀して襲ってくる。

 しかしエレノアは手に食事用のナイフを持つと、綺麗な動作で投擲(とうてき)した。

 がすっと、兵士の首に刺さる。

 リフィリアは小さな悲鳴をあげた。


「だ、だめだよ、死なせたら。サフィール兄様の命令に従っているだけなんだから! それから食器(カトラリー)を投げてはいけません! テーブルナイフは食事に使うものです!」


「すみません、手元が狂いました。ナイフ投げるのとか、はじめてなので」


 ウソである。

 エレノアがテーブルナイフを刺客に向かって投げているところをリフィリアは何度も目撃したことがある。

 おかげで離宮のテーブルナイフの消耗が異様に早い。


「──くそっ、このアマ!」


「へえ、その状態で動けるなんてまあまあやるようね。けれど──」


 ──このままではまずい……! 

 隣でナイフを構えるエレノアよりも先に、わたしが対処しなければ!


 リフィリアは、えいっ、とフォークを投げた。

 兵士の利き手にゴスッと刺さる。

 驚愕に見開かれた目と、一歩遅れてやってきたらしい痛みに耐えるように兵士は膝をついてリフィリアを見上げた。顔が青ざめている。


「姫様だって投げてるじゃないですか、フォーク……」


「こ、これは緊急事態だったから!」


 彼を死なせてしまうよりはましだ。

 エレノアに命じて兵士を拘束してもらう。

 そのまま離宮の裏手から脱出するべくリフィリアは走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ