31 変な少年との出会い
天窓から明るい光が差しこみ、ひらひらと黄金色の光蝶たちが舞う、古びた庭園だった。
四方の壁はつたに覆われ、他の部屋と同様に寂れているが、最近まで整備されていた、という表現がきっと正しい。
その証拠に枯れた植物の中には鮮やかな花が揺れている。
「風……」
空がむき出しの窓からは、そよそよと風がふきこんでいる。
その風に乗るように、ふわりと甘い香りがした。
「蜂蜜の匂い……」
不思議に思い、身体を後ろへひねると花壇の中で眠る小さな猫がいた。
柔らかな金色の毛並みに、上下する腹。
集中しなければ聞こえないほどに静かな寝息。
(まったく気づかなかった)
近づいて、猫の側にしゃがみこむ。
「どこからか迷い込んできたのか?」
愛らしい猫の頭をひと撫ですれば、さらりとした感触が手に伝わってくる。
毛並みは上々。
腹の毛なんかはふわふわとして心地がよい。
しかし、温かくもなく冷たくもない妙な感覚に、ゼノは首を曲げた。
「変な感じ……」
猫から手をどけ、立ち上がる。
さらに奥へ行けそうな場所は、と探す。
どうやらここで行き止まりのようだ。
仕方がない。
面倒だけど戻るかとゼノがきびすを返したときだった。
「──こっちだ!」
足音が近づいてくる。
数は数人。やや重い走音から鎧でも着こんでいるのだろう。
すばやく周囲に視線を走らせて、ゼノは隠れる場所を探した。
「あそこ! ──わっ!」
太い木の根のうしろに移動しようとして、花壇につまずいて転んだ。
「いたぞ! 捕まえろ」
(あ、やばい)
完全に見つかった。
慌てて立ち上がり、羽ペンを槍杖へと変える。
敵の数は三人だ。これくらいならば倒せることはできなくとも切り抜けることはできる。
「観念してもらおう! 第四王子の補佐官殿──と、そっちの奴は誰だ?」
(そっち?)
訝しそうにこちらを見る兵士たちにふと横を見れば、
「やっほー」
金と銀の瞳が目を引く少年が立っていた。
「ひっ! 誰⁉」
「リィグだよー。それより、なんか増えたけど大丈夫?」
「え、あ──」
少年が指さす方向を見れば、ざっと十人近くの兵士たちが部屋の中に入ってきた。
驚いているうちに囲まれてしまう。
「う……これは流石に……」
キリキリと弓を構える者。
抜刀する者。
おまけに魔導師だろうか? 後方で杖を構えている奴も見える。
声の出ない状況に、少年がのんびりとした様子で首を向けた。
「なに? 君、追われているの? なにか悪いことでもした?」
見た感じ、どっかの国の騎士っぽいけれど、と少年が兵士たちを見てつぶやく。
「違う。濡れ衣だ! 別に何も──」
「ええい! なにをごちゃごちゃと!」
こちらのやり取りにしびれを切らしたらしい、兵士の誰かが叫んだ。
その声を皮切りに次々と矢が飛んでくる。
なんとか槍杖で弾いて矢を避ける。
「とりあえず出口まで走るか……。──おい、そこのお前も!」
そう叫んだところで、ふと、頬にひやりと冷たいものがかすめた。
(な——⁉)
氷で出来た弓矢を構えた少年が隣で弓を引く。
ヒュオンと甲高い音とともに放たれた一射は三つの矢に分裂し、兵士たちの足を射抜いた。
それを繰り返すこと三回。
この場に立っている敵は一名だけとなる。
ほかはみんな身体ごと氷結して息絶えた。
「残りひとりだけど、どうする?」
何事も無かったかのように聞いてくる少年にゼノが驚いて言葉を失っていると、彼は不思議そうな顔をして確認してきた。
「殺していいなら殺すけど。敵だっていうなら、情報とか吐かせたほうがいいんじゃないの?」
それはそうだけど。残ったひとりを見る。なにが起こったのかわからないといった様子で唖然としている。
「──まぁいいや。じゃあちょっと待ってて」
少年は兵士の前まで移動すると声をかけた。
「ねぇ」
「ひっ! くるな!」
兵士の顔が青ざめ、あとずさる。
こてんと尻もちをつく。
「ねぇ……ってあれ、なに聞けばいいんだろ。うーん、とりあえず人数とか聞いておこうかな。お兄さんたち何人で来たの?」
「うわわわわわ!」
「──あっ、行っちゃった」
悲鳴を上げて逃げ去る兵士の背中を見つめて少年は肩をすくめた。
(いまの、魔法……だよな?)
金と青銀のオッドアイ。
星明りの金髪。
肩につくやや長めの髪は、なぜか両サイドの上のほうでくりんと外側に向かって跳ねている。
年齢はフィーよりも上。
麻の上衣に膝までのハーフズボン。
見たところ軽装で、魔導品の類は所持していなさそうだが──。
「ごめんね。取り逃がしちゃった」
「……いや、むしろ助かったよ。ありがとう」
少年のまわりにはいくつもの死体が転がっている。
凍りついた矢傷からは血が流れることもなく、ただただ矢が肉深くに突き刺さり、身体全体を凍結させていた。
どういたしまして~、と軽い調子で少年は返すとあくびをしながらこちらに戻ってきた。
「そうだ。後片付け……って、そうか、今はカーくんいないんだった」
「カーくん?」
「そう、黒い毛並みの犬で火を……って誰だっけ? カーくんて」
「いや、オレに聞かれても」
「うーん……、まあいっか。ところで君の名前は?」
「オレ? ゼノ。ゼノ・ペンブレード。……えっと、リーグ? だっけ」
「リィグ」
「そっか。改めて礼を言うよ、リィグ」
「なんのなんの」
手をひらひらと振って少年──リィグは笑った。
「ねえ、君さ。男にこんなこと言うのはアレなんだけど、僕とどこかで会ったことある?」
「へ? ないと思うけど……」
「そっかー、だよねぇ」
リィグは頭のうしろで手を組むと上を向いた。
ずいぶんと変わった子供だ。
死体が転がるこの中で、のんきにしている様子もそうだが、彼の瞳は珍しい。
オッドアイの人間なんて初めて見る。
異郷の血を引く子だろうか?
「──って、そうだった! あれだけ兵が来たってことは王子たちが危ない!」
おそらくサフィールは小隊規模の追っ手を差し向けている。
急いで王子と合流しなければ。
ゼノはじゃあなとリィグに別れを告げて先を急いだ。




