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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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30 森への逃走劇

 地鳴りに近い数十もの足音。突如多くの兵に囲まれる。


「な……」


 ゼノは言葉を失くし、その場に立ち尽くした。


「なんの冗談でしょう、サフィー兄上」


 王子が抑揚のない声で言った。

 兵たちが左右二列に並び敬礼する。

 その真ん中を、重々しく歩いてくる騎士がいる。

 第二王子サフィールだ。

 その後ろには彼の筆頭補佐官だろう、初老の男が付き従っていた。


「残念だ、ライアス。まさか我が弟が国家転覆を目論(もくろ)んでいたとはな」


 深い憂いを帯びた声。

 サフィールが唇を嚙みしめる。

 次第に民衆が騒ぎはじめたところを見計らって彼は片手をあげて指示を出した。


「例のものを」


 補佐官が一歩前に出て、ライアス王子に何かの紙を渡した。


「……これは」


 王子が珍しく眉をひそめている。

 なんだ? とゼノが思っているとサフィールが口を開いた。


「それは君がさきの春に使った金額だ。計上書といえばわかるか? 季節ごとに提出し、そこには買い求めた品々も記載される」


 サフィールは民衆にも見えるよう、写しだろう紙を高くかかげて声を張る。


「ここには購入した魔石の数が記されている! みなも知っても通り、魔石は高価だが、その使用用途は限られている。それをこのように大量に買い付ける理由はなんだ⁉」


 問いかけに誰もが顔を合わせて首をかしげている。

 その中を、まるで誘導するかのようにひとりの男が「あっ」と叫んでピナートの青年たちに目を向けた。

 サフィールは大きく頷く。


「そう! あろうことか我が弟は、大量に仕入れた魔石を彼らに流していた! ──そうであろう、ライアスよ!」


 ざわざわと更なるどよめきが広場に広がった。

 王子はなにも答えない。

 それを好機と捉えたサフィールが、兵士たちに捕縛を命じた、そのときだった。

 青白い閃光が広場を支配する。


「逃げるわよ!」


「──へっ? わわっ、ちょっと……!」


 あまりのまぶしさに目を閉じていたら急に誰かに勢いよく手を引かれた。

 ばたばたと、なにが起きたのかもわからずに、そのまま人混みをかき分け、広場を出た。


 背後からは敷石を蹴る音が響き、怒号が飛び交い、悲鳴までもがあがっている。

 しかし、うしろを振り向く余裕はない。


 駆けながら前を向けば、赤く長い髪が顔にかかってくる。

 それがミツバだとわかり、ゼノは静止の声をかける。


「おい、とまれ! いったい何が!」


「決まってるでしょ! 閃光石(せんこうせき)を使ったの! あのままじゃ捕まっちゃうもの、ひとまず逃げるわよ!」


「王子は⁉」


「フィネージュが連れてる!」


 短く答えて、彼女はそれきり口をつぐんだ。

 その後ろをゼノは必死についていく。


 途中、大通りの人々に何事かと凝視され、ぶつかった相手からは罵声を浴びせられる。

 それを無視してひたすら疾走すること南門までやってきた。


「とまれ、そこの者!」


 門兵が立ちはだかった。


「くそっ! こうなったら力づくで」


「邪魔!」


 ミツバが兵たちに飛び蹴りをくらわせた。


「そこの者、とまりな──」


 ばきっ。


「とま──」


 どかっ。


「待──」


 ばちんっ。


「………………」


 開いた口がふさがらないとは、まさにこういうことを言うのだろう。

 飛び出してきた門兵たちはことごとくミツバに蹴り倒された。

 その様子に頬を引きつらせ、ご愁傷さま、と心の中でゼノは手を合わせた。


 ◇ ◇ ◇ 


 噴水広場の前でサフィールは、こみ上げてくる笑いをなんとか堪えて部下たちに指示を飛ばした。


 これで一歩、王座に近づいた。


 あとは適当な理由をつけてピナート辺境村をつぶしてしまえばいい。

 国内でくすぶる反乱分子を一掃した才気ある王子。

 それが自分だ。

 その勢いで味方を増やしつつ、派閥を広げ、ゆくゆくは第一王子である兄ルベリウスを打倒する。


 なに、なにも殺すわけじゃないのだ。


 兄のことは慕っているし、数年ほど幽閉したら自由にさせるつもりだ。

 もしも兄が望むのであれば、自分を補佐する王佐の役目だって与えてやってもいい。

 彼は有能だ。

 きっといい王佐になってくれるだろう。


「殿下! フローラ離宮の制圧はさきほど完了いたしました!」


「よし。だがくれぐれもリフィリアには傷を負わせるな。兄上の耳に入れば厄介だ」


「殿下! ライアス王子の行方ですが──」


「ニアの森に逃げたか」


 臣下たちの話では、南の小門を抜けたあと、そのまままっすぐ南下したそうだ。


「どういたしますか?」


「むろん追う。すぐに隊を編成せよ」


「はっ!」


 広場内を武装した兵士たちが慌ただしく駆け回る。

 それを横目で見ながらサフィールは、ふんっと鼻を鳴らした。


 しょせんは第四王子だ。


 王位継承とは縁遠く、誰も支持していない、取るに足りない存在だ。

 だというのに宝剣を欲するとは気にくわない。


 どこの馬の骨かもわからぬ女の子供など、王座につけるわけがないだろう、バカめ。

 しかもこの自分と王位を争うだと? ふざけている。

 競う以前に同じ土俵に立つことすらありえない。

 そんなものは尊き身である自分への冒涜(ぼうとく)だ。


 古来より、王家と五家の血を引く御子が国を統べるのだと決まっている。

 そうでなければ、この国の繁栄は続かない。


 その点、自分は五大候爵家のひとつ、ローズクインの姫君を母に持つ。

 兄ルベリウスそうだ。

 だからいずれの王子が自分たちのあるじになるのだと、臣下たちも信じて疑わない。


 彼らの期待に応えるため、なによりこのサフィール様こそが王冠をいただくのにふさわしい。

 あんな不出来で血統の卑しい弟は、反乱分子と共に(ほふ)ってあげようではないか。


 サフィールは上機嫌で最近入った補佐官の名前を呼んだ。


「ペリード。おまえもライアス討伐部隊に加われ。それから──これを持っていくといい」


「それは……」


「私の役に、立ちたいのだろう?」


 にっこりと笑ってそう言えば、補佐官は小さく頷いた。

 赤い丸薬を彼の手のひらに落として、サフィールは城へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「こ……ここまでくれば大丈夫か?」


 王都を出て、息つく間もなくやってきたのは騎士学校時代に訪れた〈ニアの森〉だった。


(し……しんどい)


 頭がぐらぐらする。

 大きく息を吸って酸欠状態から脳を回復させる。

 あたりにはミツバの姿はない。

 途中ではぐれた……というよりも速すぎる彼女に置いていかれた。

 獣並みの走りだった。さすがはイノシシ姫。


「あいつのことはともかく王子を探さなきゃ……」


 フィーがついているから問題ないとは思うが、やはり心配だ。

 ゼノが周囲を見回せば、けっこう森の奥まで来ていたらしい。


 生い茂る木々たちが行く手も退路も塞いでしまって、どこから来たのか分からなくなる。


 近くの岩壁に右手を()わせて歩いていると、何かに触れたらしい。

 シャッと音を立てて壁が動いた。


「旧時代の遺跡か?」


 驚いて横を見れば、灰色の扉が開いている。

 一歩さがって見上げると、全体をこけで覆われた古い施設のようだった。


 ──旧時代の遺跡。


 大陸各地には、現代技術では到底為しえないような不思議な建物がわずかだが点在している。

 ユーハルドにもあるとは聞いていたが、まさかこんな近くの森にあったとは。

 以前来たときには気づかなかった。


「お、わりと歩ける」


 入ってみると、中は荒れているものの、思ったよりも状態は良かった。

 窓から木の根が入り込み、壁をつたって天井まで伸びている。

 床にも太い木の根っこ。

 気を抜くと転んでしまいそうで危ないが、幸いあちこちに光石が輝いているから視覚には困らない。

 ゼノは注意深く進むことにした。


「はじめて見るけど変わった建物だな」


 壁をこつこつと爪で弾く。

 なんの素材で作られているのだろうか。

 木や石とは違う、硬く平らな白い壁。


 薄汚れていてわかりにくいが、ところどころに方向を示すようなシルシが描かれている。

 だからだろう。

 広いとはいえ、そう迷うような造りではなかった。


 小部屋が幾つもある様子から、診療所か研究所の類じゃないかと思うけれど、それにしても頭痛がひどい。


 どくどくと脈を打つ頭部。せりあがってくる吐き気。

 ここは、気分が悪い。

 よく考えれば、この森はあのときの場所だ。

 黒い獣にグシャリと落ちる肉と血だまり。

 助けを呼ばれたのに動けなかった。


「──は……とりあえず進むか」


 いまのところ兵たちが追ってくる気配はない。

 はやく王子と合流しよう。

 彼もこの森に逃げたはずだ。


 横を飛び交う黒い光蝶(スピル)を一瞥してゼノが足を早めると、ふいになにか熱いものが心をくすぐった。


 なんだろう? 

 首をかしげつつ、奇妙な感覚を頼りに歩いていくとひらけた部屋に出た。


「ここは──」

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