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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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29 旧国ピナートの主張

2024/9/25 ピナートまわりを一部見直しました。

 噴水広場につけば、例の演説が始まっていた。


「我々はピナート国の人間だ! 祖国を奪ったレオニクスを断罪し、公国を取り戻すことをここに宣言する!」


(うわー……)


 演説の主は若い青年だ。

 十代後半か、少し上くらい。

 腰には長剣をさげ、一般的な庶民の格好をしている。


 彼の周りには同様に、若い男たちが数人と、彼らを見に来た人だかり。

 それを巡回の兵士たちが遠巻きに眺めている。


「そっか……流石に捕まえるまではできないのか」


 そう、街中での私闘(正当防衛以外)は禁じられている一方で、単なる見世物には干渉しない。


 過度なものこそ注意はしても、すべてを禁じてしまっては、それこそ広場につどう芸人たちが職を失ってしまう。


 だから、基本的には傍観のスタンスをとっているのだ。


「ユーハルドの民たちよ! 我が祖国ピナートは四十年前、東の竜帝国ハルーニアが起こした大陸戦争に苦戦し、このユーハルドの庇護下ひごかに入った。それから数十年。農牧地として、貴公らとは苦楽を共にしてきた。しかし!」


 青年は拳を握り、強く熱弁した。


「十年前のあの日、我らが故郷に再びハルーニアが攻めてきたのだ。家畜を殺され、家を燃やされ、それでも剣の代わりにくわを手に取り、簒奪者さんだつしゃどもを追い払うべく、諸君らと共に戦った!」


 一息。青年の顔が憎悪の色を帯びる。


「だがっ! あろうことか、レオニクスは金欲しさに我らが公国をハルーニアへ売り払ったのだ! これは裏切りであるっ。断じて許されていいものではない!」


「そうだ、そうだ!」


 高く拳をつきあげる青年に合わせるように、彼の仲間らしき男たちが叫んだ。


「レオニクスは悪魔だ!」


「心無き王など、王ではない!」


「断罪すべきだ!」


 次第に加速するレオニクス王への憎しみの声。

 それを大多数の人間は冷めた目で見ている。


 中には野次を飛ばして面白がる連中もいるが、ここは王都だ。

 王の膝元たる場所で演説したところで避難の声しか上がらない。


 案の定、多くの者たちが眉を潜めるなか、青年たちへ怒りの言葉をぶつけた。


「ふざけるな! レオニクス王は立派な王だ! お前たち裏切りの民とは違う!」


「そうだ! それ以上ウチの王様罵倒するなら、許さないぞ!」


 あちこちで、「帰れ!」「出ていけ!」と、人々が口にする。

 流石に青年たちもその圧に気圧され、少しばかり戸惑う様子をみせた。


(まぁ。だよなぁ)


 それだけ王は民から信頼されている。

 ゼノは人だかりの外から、王子たちと共に事の次第をうかがっていた。


「流石はお父上ね! みんなから愛されているわ!」


「うむ。あのような演説ごときで、揺らぐほど御父上への信は薄くはないからの」


 胸を張るミツバに、心なしか誇らしげに王子も頷いた。


「まぁ、そもそも無理がありますよね。歴史書には、大陸戦争時にユーハルドの庇護下に入った、じゃなくて、普通にウチに負けて領地になったわけですし」


「そうだの。あの地はハルーニアと隣接していた。ゆえに国境くにざかいの警備から、戦火で焼かれた土地の復興。農場地として立ち行くまでの支援。当時の状況をかんがみれば、手厚い対応をした。感謝されこそ文句を吐かれるいわれはない」


「そうですね」


 四十年前。弱冠じゃっかん十五才という若かさで王座を継いだレオニクス王は大陸間で長年続いた大戦に終止符を打つ。


 そして十年前。再び戦を引き起こさんと画策するハルーニアの皇帝相手に元公国領を多額の賠償金と引き換える形で譲渡した。

 その後、村人たちとそこで飼われていた家畜のすべてをグランポーン領内に新たに用意した土地へと移したが、当然ながら辺境村の者たちからは避難の声があがった。


 なぜ、戦わない。

 あのままほこを交えれば、奪われた土地を取り返すことが出来たのに。

 それをあまつさえ、金と引き換えに、憎き相手に売り払うなど。

 いつか再び公国として息を吹き返すはずだったのに──。


 しかし、そこは現王だ。


 ──弱きが淘汰されるは自然の摂理。旧公国領を取り返したくば余に頼らず自らの手で成し遂げてみせよ。ユーハルドは強者の国。弱者は要らぬ。


 そんな嘆願などばっさり切り捨て、城へと帰還したそうだ。

 さすがはシオンが話していた通りの強者脳である。いまだ続く演説にゼノはそっと息を吐いた。


「さて、どう収めるか……」


 王子がわずかに思案顔で広場を眺めた。そんな彼にゼノはひとつ提案をした。


「ひとまず彼らを刺激しないように、説得するのはどうですか?」


「無理だの。話し合いで納得するような連中なら、そもそもこんな演説はすまい。それにこれだけ大勢の前に出ては目立つ。迂闊なことは出来ん」


「そうよ。お前バカなの?」


(うるさいな。穏便に済むようにと思っただけだっての!)


 呆れた瞳を向けてくるミツバに腹を立てつつも、ゼノは王子の言葉に『確かにそうだな』と思う。


 現状、民衆たちと青年たちが怒号を交わしている。

 もしここで王子が出ていったとして、好機だといわんばかりに青年たちに捕まりでもしたら……考えるだけで寒気がする。


 それになにより──


(──魔石……か?)


 彼らが肩から垂らす鞄には、手のひら大の大きさの石が、いくつか詰め込まれていた。

 ひし形の水晶。琥珀色に光っているが、あれは魔石だろうか。


(随分と大きいな。あんな大きさなんか見たことないけど……)


 大抵の魔石は小さい。

 なぜなら、魔導品には装身具そうしんぐが多いからだ。

 そこに付けるとなると、大きくとも硬貨程度。

 あれほど大きなものは、魔獣が持つ魔石くらいか。


 あまり刺激すると、何をしでかすか分からない以上、王子の言う通り迂闊うかつな真似は控えたい。


「なるほどの。そういうことか」


 王子がぽつりとつぶやいた。


「……? なにがです?」


「お前たちが言っておったろう? 貧民地区で魔石を集めている輩がいると」


「あぁ」


「おそらく彼らのことであろうよ。正規の経由ルートでない以上、当然偽物や粗悪品も多く集まる。質の良いものは自分たちで使い、その他は住民へと配る。そうすることで、荷物になる分を処分しておったのだろう。なにせ、珍しいものだ。みなも喜ぶしの」


「それで……」


 あの場所は裏取引が盛んだ。

 一般的には出回らないものに出会うこともある。

 だけど代わりに偽物も掴まされるのだ。

 彼らとてそれは回避できない。


 ならばせめて有効活用を……と考えたのだろう。


「ふん、こそこそした連中ね!」


「そりゃあ、大々的には集められないだろうし……でもあれって高いものだから、そんな大金、あいつらが用意できるとは思えないけど……」


「それはこれから聞く」


 王子は人々の中に割って入り、ずかずかと進んだ。

 その後ろをフィーが人混みに流されないよう、器用についていく。


「え、ちょっと!」


 先に行く王子。手を伸ばすも彼は青年たちの前に出ると足をとめた。


「そこの者。余はユーハルド王国、第四王子ライアス。そなたたちの演説は聞いた。しかしその内容には根拠がない。よって、我が父への侮辱罪ぶじょくざいとし、罰することとする。兵たちよ、彼らを捕えよ」


「…………は、はっ!」


 いきなり現れた王子に、兵たちは口をぽかんと開けている。

 数秒経ってから、我に返ったらしい。

 兵たちは慌てて青年たちを囲んだ。


「王子! なんで前に出てるんですか!」


 ゼノはすぐに王子の側に駆け寄り、声を絞って抗議した。


「さっき、説得はしないって言ったのに!」


「だからしておらん。単に捕えることにした」


(どっちも一緒だよ!)


 こんな風に堂々と民衆の前に出ては、目立つというものだ。

 おい、さっき迂闊なことはできないって言ってたよな? 

 本当はそう言いたかったが、ゼノは口をつぐむ。

 周りがざわざわと騒ぎはじめたからだ。


「ライアス様だって?」


「第四王子か!」


「へぇ、噂通りぽっちゃりしてんなぁ」


「あの銀髪の娘、やべぇ、かわいいぞ!」


 民衆が思い思い意見を述べた。

 これは早く彼らを捕まえて退散したほうがいいだろう。

 王子を止めるのをやめて、ゼノは事の顛末を見守ることにした。


「くそ! はなせっ」


「抵抗するな! おい、そっちも捕まえろ」


 兵が青年たちの腕をひねりあげる。

 当然ながら彼らは抵抗し、揉み合いになった。

 その最中さなかで、魔石の入った鞄が落ちて、ごろんと魔石が転がる。


 それらを蹴散らすように暴れ、先ほど演説を行っていた青年が兵の手から逃れた。


「捕まってなるものか!」


 腰に下げた剣を鞘から引き抜く。

 その瞬間、彼の手から緋色の炎がほとばしった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「黒い剣⁉ まさか──」


「いや、あれは偽物だ」


 声を張り上げたゼノに、王子が冷静な声で返す。


「よく見ろ。柄の装飾が違う」


「装飾?」


 目を凝らしてみたが、よく分からなかった。

 青年が剣を高く掲げる。

 刀身に古代語らしき文字が浮かび、剣のまわりを炎がゆらめく。

 青年が告げる。


「この場にいる者たちに危害を加えられたくなければ、仲間を放せ! いますぐにだ!」


 青年の言葉に兵たちが顔を見合わせ、ひとりが青年をおさえようと前へ出た。

 そこに、


「ぎゃっ!」


 ごうっと、火柱がのぼった。

 兵と青年を隔てる火壁ができた。

 激しく燃えさかる炎に兵は(ひる)み、数歩うしろへとさがった。


 途端、広場はパニックになる。

 あちこちからあがる悲鳴と逃げ惑う人々。

 それらを捕らえるように、再度火の手があがり、青年が怒鳴った。


「動くな!」


 民衆を逃がさないとばかりに、炎が広場を囲う。


(どうする、この状況……!)


 迂闊に動けば、この場ごと焼き払われかねない。


「大丈夫ですか!」


 炎に驚き転んだらしい老婆に、誰かが駆け寄った。

 そこで老婆の前方の、広場の噴水が目に入った。

 青年は剣をかかげながら、噴水近くまでやってきた。


「……! よし!」


「ゼノ⁉」


 ミツバの声を背にゼノは走り、ざぶっと噴水へ左手をつっこんだ。


 瞬間、腕輪が光り、風と共に水霧が舞う。


「なに⁉」


 焦ったような青年の声。炎は静まり、勢いが弱まった。


「今だ、フィー!」


「んっ!」


 叫べば、ゼノの横を駆け抜け、フィーが青年の顔を蹴り飛ばす。

 風のように流れる動作。いつもながら驚くほどに速い。


「くそ……」


 青年がよろめき、手から剣が離れる。

 からんと石畳に転がり、剣についている輝石がぴしりと音を立てて割れた。


「これで詰みだ。おとなしくしてもらおうか」


 フィーに背後から鎌を突きつけられ、動けない青年へゼノは言った。


「ぐ……」


 彼は青ざめ、ずるずるとその場にへたり込んだ。

 腰を抜かしたらしい。

 合わせるように、首をあてられた刃も下がっていく。

 それを見た青年の仲間たちも悔しそうに顔を歪めた。


「よくやったの」


 王子がゼノの隣に歩いてきた。見れば手には魔石の入ったかばんを持っている。いつのまにか確保していたらしい。


「あとはこれで──」



「──総員ライアスを捕らえなさい!」

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