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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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28 療養を経て

 あれからひと月以上が経ち、怪我もほとんど良くなった。


 包帯もとれたから、もう普通通りに動いても問題ないだろう。


 しかし油断は禁物だ。無理をすれば、また折れかねない。

 ゼノは隣に視線を向けた。


 姫が水差しからグラスに果実水をそそいでいる。

 今日は見舞いに来てくれたらしい。

 おずおずとグラスを渡してくれた。


「あの……お飲み物を……」


「ああ、ありがとうございます」


 グラスを受け取ると、ぱっと離れる姫。


(慣れない子だなぁ……)


 ここに長くいたこともあり、多少は話す仲になったとはいえ、彼女の心の距離はまだ遠い。


 人見知りの猫と同じく、こういうことには時間が必要だ。


 ちなみに、彼女は自分のことを『ゼノくん』と呼んでくる。年上なのに。


「お体はどうですか」


 姫が距離を取りながら聞いてくる。


「順調です。ときおり身体も動かしたりしてましたし、もう通常業務に戻れます」


 笑顔でそういえば、安心したように姫もふにゃっと笑った。


「良かったです。本当は怪我を治せる魔導師様がいてくれたら、よかったのですが……」


「流石にそれは難しいでしょう」


「はい……」


 残念そうにしゅんと肩を落とす姫君に、どう言葉をかけていいものか悩む。


(怪我を治す魔法か……)


 戦闘に特化した魔法はあっても、治癒魔法なんてものは存在しない。

 手をかざし、傷がみるみるうちに治っていく。

 そんな夢のような魔法など、所詮はおとぎ話の中だけだ。


 大衆向けの書物には出てきても、実際にはない。


 だからこうして怪我をすれば、治療が必要であり、なによりも薬が一番重要になる。


「あ……、そういえばルナの葉……」


「ルナ?」


 薬で思い出した。

 ルナの葉が欲しいとロイドが言っていたのはいつだったか。

 確か怪我をする前に言われていたから、ひと月以上は経つ。


(しまった!)


 ゼノは頭を抱えた。


「あの……」


 姫がおろおろとしたようすで、心配そうに見てくる。


「あ、いえ。ちょっと王妃様の薬の材料が……。ロイディール様に頼まれてたんだけど忘れてて……」


 これはロイドに怒られる。

 温厚な彼のことだから、怒鳴ることはないだろうが、あれで痛いところを突く怒り方をする。


 何度かアウルが怒らせて、返り討ちにされていた。

 だから正直、対峙したくない。


(いや、でもこの前、見舞いに来てくれたときは、何も言ってこなかったし……)


 あちらも忘れていたのか、もしくは葉が手に入ったのか。

 いずれにしても次に会ったとき、それとなく聞いてみるか。


 見つめてくる姫をよそに、ゼノは内心で頷いた。

 そこに王子がやってきた。後ろにはフィーの姿もある。


「そろそろ動けるか」


「王子」


 手土産だろうか。王子が苺のタルトを渡してきた。

 赤く光る鮮やかな苺が、一面に敷き詰められたホールのやつだ。


(食えってか……)


 確かにうまそうではあるけれど。


 朝から摂るものじゃないだろ、と思いながら受けとり、ゼノは横の机に置いた。


「実はの、先週から城下で不穏な動きがあるらしい」


「不穏……? もしかしてまた辻斬りですか?」


 王子が首を振った。


「いや、違う。ピナートの連中だ」


「ピナート?」


 この前、ペリードと話したあれだ。豚肉が美味しい辺境村のことだ。


「ピナート村が、どうかしたんですか?」


「うむ。どうも旧公国の復興を求める演説が、王都の広場でたびたび行われているらしくての。演説くらいなら、まだ良いのだが……。やつらは演説に来たものへ、魔石を配り歩いているらしい」


「魔石? なんでそんなものを」


「おおかた賄賂みたいなものだろう。品質は粗悪品ばかりで、到底実用には使えんものらしいが、磨けば宝石代わりになる。売るなり、装飾するなりはできるからの」


「つまり、金品撒いて民を買収しようと……」


「そうだの」


 考えることが、王宮内のそれだ。ゼノ自身もよく目撃したことがある。

 思い出して呆れた。


「それってあれでしょ? 魔石を貧民街に持っていくと、高く買い取ってくれるってやつ」


「ミツバ」


 ミツバが部屋に入ってきた。

 あれ以来、彼女もこのフローラ宮に出入りしている。


 王からはリーナイツ領へ戻るように言われたそうだが、無視して居座っている。


 それで見かねたロイドが、城内に一室部屋を用意した。が、王宮は雰囲気が嫌だとか言って、たびたびこちらに来ている。


(自由すぎるだろ)


 普通は他の離宮へ遊びにはいかないし、各王子同士の交流はなるべく控える。


 命を狙われる危険が高いからだ。


 それは継承順位が高い順で警戒するが、彼女の場合は王女という立場上、あまり気にしないのだろう。


(でも国王の宣言で、いちおう王位争いの渦中に入ってるんだけどな、コイツも)


 本人にその気があるかは分からないけど……と、ミツバとその後ろで恐々している姫を見る。


(この子はどうなんだろう)


 大人しそうな姫だから、自分が、ということはなさそうだが、まわりが担ぎあげる場合もある。

 そうなったとき、王子はどんな判断をするのだろうか?


「──聞いておるのか、ゼノ」


「え?」


 王子に呼ばれて、話に意識を戻す。


「で、奴らを捕らえ行く。お前ももう動けるであろう?」


「動けますけど……」


 なぜそうなる。

 話を半分聞いていなかった自分も悪いが、ピナートのことならば、王やロイドが対応するだろう。


 きっとルベリウスかサフィールあたりに命じて、警戒態勢を敷くはずだ。

 そこに自分たちが出る幕はない。


「そういう大事は、両殿下がやるのでは?」


「それがの。ルベル兄上はパトシナとの外交で国を出ておられるのだ。おそらく当分の間は戻ってこないだろう」


「サフィール殿下は?」


「ビスホープ領へ視察に行っておる。もう数日すれば帰ってくるであろうが、ここは余が対応せよとロイドに言われた」


「なるほどそれで」


 ひと月近く、休んでいたものだから外の状況を知り得なかった。

 ルベリウス、サフィール両殿下がいないのであれば、こちらに回ってくるのも頷ける。


「と、いうわけだ。さっさと行くぞ」


「あ、はい」


 ベッドから立ち上がり、王子たちのあとをついていくところで、か細い声が掛かった。


「あの……ローブ……」


 振り返ると、姫が自分のローブを持ってきてくれたようだ。


 ゼノがありがとうございますと言って受け取ると、なにやら視線を感じた。


「…………?」


 何か言いたそうにまごつく姫。やがて口を開くと、


「あまり、無理をしないよう気をつけてください。治りかけが一番危険だと聞きました」


 危険?


(肝心、と言いたいのかな)


 言葉の選びはあれだが、純粋に心配してくれているのだろう。


 不安げに揺れる瞳に、なにか出来ることは、と考えて、ゼノの手は自然と姫の頭に伸びていた。


「ありがとうございます、リフィリア姫。でも大丈夫。王子たちもついていますから」


「ゼノ、早くしろ」


「あ、はーい! ただいまっ」


 廊下で王子が呼んでいる。

 急いで追いかけなければ。

 姫の頭から手を離して一礼し、ゼノは慌てて王子を追いかけた。


 ◇ ◇ ◇



 その後ろで、ゼノと入れ替わるように侍女エレノアが部屋を訪れた。


「ああ姫様、こちらにいて──、……?」


 ぽかんとしていた顔で、仕える姫が頭頂部に右手を置いて呆けている。


 なにかと思えば、一瞬遅れて、ぽぽぽっと白い頬が朱色に色付いていく。


「────っ!」


 突然わたわたとし出す姫。その場で行ったり来たりを繰り返す。


「?」


 エレノアは首をかしげた。

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