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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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23 帰宅中の会話

「あれ、王子がいない」


 城に戻ると、王子はどこにもいなかった。

 離宮に戻ったのだろうか。


「なによ、ライアスいないじゃない」


 ゼノの後ろからミツバがひょこっと顔を出す。


(なんでついてくるんだよ)


 あのあと彼女は「あたしも行く」と言って、ゼノたちについてきた。


「あの、ミツバ様」


「なに?」


「城へ来てもいいんですか?」


 なにせミツバはリミュエル宮の事件以来、安全確保という名目で、リーナイツ領で匿われているのだ。


 実質は軟禁だが、それでも城に入ってなにかあっては困るだろう。

 ゼノも一応は心配する。

 彼女はシオンの姉であり、幼なじみのような間柄でもあるからだ。


「あたしに指図しないで」


「はい」


 心配は無用のようだった。


「それよりおまえその話し方、なに? なんでそんなよそよそしいのよ」


 ミツバが睨んでくる。


(なぜコイツは、さっきから喧嘩ごしなんだよ)


 そう思うも、ゼノはつとめて平静に返した。


「オレはもう城の役人なので、姫様相手に馴れ馴れしくはできないです」


「気持ち悪い」 


 ナイフのようなひとこと。

 彼女の態度には溜息が出る。


「で、王子はもう戻ったのかな」


「ん……たぶん」


 机の上は綺麗に片付いている。

 入れ違いだったか、と肩を落としてゼノが執務室から出たところで、誰かが廊下を駆けてきた。


「失礼します! ライアス殿下に書簡をお届けに参りました」


 二十代くらいの政務官だ。

 書類を持ち、元気にはきはきと喋る。


「殿下に書類の確認をお願いしたく、御目通りをお願いできますか!」


「申し訳ありません。ライアス様はすでに離宮へお戻りになられました」


「そうですか……」


 その政務官はみるからにしゅんと落ち込んだ。


「急ぎですか?」


 聞けば、すぐに大臣に回さなければならない書類らしい。

 代筆でもいいというので、執務室へ戻り、黒剣をソファーに置いて、ざっと書類に目を通す。


(……豊穣祭、上納予測か)


 豊穣祭の時期は、いつもよりも商いが盛んになる。

 だから売上分から祭税(さいぜい)として徴収するのだが、これはその中間報告のようだった。


(あとは購入記録書? 絵画に魔石に、なぜテーブルナイフが百本……)


 ここ数か月で、王子が私的に買ったらしい物品の数々が載っている。


 ひとまず変な数字はないと思うが、金が絡むことを勝手に処理するわけにもいかない。


 これは王子案件だと判断し、「サインもらってきます」と言おうとして、ミツバに書類を奪われた。


「こんなのさっさと片付けなさいよ、まったく」


「おい、勝手に……」


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます!」


(なんてことを……)


 意外と綺麗な字で、王子の名前が書かれた書類を渡すミツバ。

 驚きもせず礼を述べる様子から、その政務官は彼女が第一王女であることを知らないんだなとゼノは思った。


「あ、そうだ」


 政務官は急に思い出すように言った。


「ロイディール様から伝言を預かっております」


「王佐閣下から?」


「はい! ルナの葉があれば分けてほしいとのことです」


「ルナ……ああ王妃様の薬か」


 ルナの葉は心を安定させる。

 王が病床についてからというものの、王妃──つまりルベリウスたちの母君にあたる第一妃は、心が弱くなっていった。

 いまでは国王以上に公の場に出ることはなく、城の自室に閉じこもっているらしい。


 おそらくロイドは城の医務官から薬の材料が切れたと報告を受けたのだろう。

 あの葉は仕入れるのに時間がかかる。

 そこで薬づくりが趣味な自分に駄目もとで聞いてみた。

 まあ、そんなところだろうなと、あたりをつけてゼノは頷く。


「わかりました。近々お持ちしますとお伝えください」


「承りました!」


 伝言を頼めば、政務官は嬉しそうに応じ、執務室から出て行った。

 それを見送ったあと、ゼノは横を見て渋面を作る。


「お前ね……」


「いいじゃない別に。どうせ最後はルベル兄様が見るんだし、適当でいいのよ。あんなもの」


 そういう問題じゃない。

 とはいえ、ミツバに何か言うと面倒だ。

 それ以上は口をつぐみ、例の剣を掴む。


 抜き身の黒い刀身。

 赤い持ち手には金細工が施されており、本に書いてあったものとよく似ている。

 本物にも見えるし偽物にも見える。どっちだ?


(うーん……、いいや。王子に任せよう)


 分からないので、王子に丸投げすることにした。


「じゃ、今日はこれで解散。お疲れさまでした」


「おつ」


 フィーが手を振って部屋を出て行く。

 黒剣は彼女が持っていった。

 ゼノは執務室に鍵をかけて帰宅した。


 ◇


「あー疲れた」


 城からの帰り道。すでに陽は落ちて、あたりは暗い。

 ゼノは人混みを避けるため、噴水広場の端を歩いていた。

 今日は祭りの最終日だ。

 みな早めに仕事を切り上げ、酒を飲んでは騒いでいる。

 あちこちに焚かれた篝火(かがりび)が、ゆらゆらと視界に入って心がなごむ。


「今日は変なやつらに会うし、ほんとついてない」


 かげった月を眺めながら、今日のことを思い出す。


(あの獣ような男はいったい……)


 あれは、普通では無かった。

 動きのそれが常人ではないし、なにより首を切られて動けるとは。

 あれだけの血を流して走り、痛みを感じないのか。

 理解できない光景だった。

 はーっと長い息を吐く。


「……あまり大きく事件にならないといいけどな──で?」


 ゼノはくるりと振り向いた。


「いつまでついてくるんだよ」


 うしろには赤毛のじゃじゃ馬姫、もといミツバがいる。

 ゼノは再度ため息を落とすと、何も言わない彼女に前へと向き直った。


 こつこつこつと、歩くこと三十分。

 家の近くまできた。

 この辺りは広場から離れているから比較的静かな場所だ。

 そこに、ひたすら自分とミツバの足音が響く。


(え、これほんとに、どこまでついてくる?)


 いつもよりもおとなしい彼女に恐怖すら感じつつ、少しだけうしろを確認する。

 まずい。目があった。

 そこでやっとミツバが口を開いた。


「ねぇ。今夜泊めてよ」


 ………は?


(今、なんつった?)


 今晩、家に泊めろと言ったのだろうか。

 聞き間違いでなければ、どういう神経での発言なのか、聞き返したかった。──いや、聞いた。


「なんで?」


「泊まりたいから」


「あ、そう」


 答えになっていなかった。

 ひとまず至極まっとうに「嫌だ」と断れば、ミツバは眉間にしわを寄せて口をとがらせた。


「なんでよ」


「だって、お前泊めたら棚とか壊されそうだし、絶対嫌だ」


 自分の趣味は薬づくりだ。

 ゆえに、多くの薬瓶が家には置いてある。

 それをうっかり壊して液体が混ざり、危険なガスが……なんてことになったら大変だ。

 くわえてなんらかの不注意で、貴重な薬草類を水浸しにでもされたら堪ったものじゃない。


(それに……)


 一応こいつは女で、しかも王女であり、親友シオンの姉だ。


 あとで妙な誤解をされて、国王から打ち首を言い渡されたら困るし、そもそも変なウワサを流さたら自分も嫌だ。

 だから断ったというのに、ミツバの声が不機嫌オーラを増してしまった。


「壊さないわよ、失礼ね」


「嘘だね。お前が城のドアノブ壊してるの何度か見てるもんね」


「あれは! ……老朽化のせいよ」


「いや、お前だよ。お前の馬鹿力のせいだから」


 ゼノの言葉にミツバが黙った。

 勝った。これで諦めてくれれば助かるが、と彼女の様子をうかがえば、


「なるほどね」


 にやりと嫌な笑みを浮かべてミツバは胸をそらした。


「そうよね! あたし美人だもの。同じ部屋に泊まったら、どっきどきよね」


 とりあえず呆れた。

 どっきときとは、変な言葉を使う。


(頭……大丈夫かな、コイツ)


 自信満々にのたまう彼女はこちらの呆れも知らずいい笑顔だ。

 この状況が長く続くのも御免こうむりたいので、ゼノは代替案を出した。


「城に泊まれば」


 そう言って、少しだけ後悔した。

 ミツバが一瞬泣きそうな顔をしたから。


 よく考えればリミュエル宮はもう無いのだ。

 ましてやいくら城に泊まるといったって肩身は狭いだろう。

 あの離宮にいた侍女も使用人も、あの事件で何人も死んだ。

 生き残った者も、ほとんどが職を変えたり、故郷へ帰ったと聞く。


 ぱちんと、かがり火の爆ぜる音が響いた。


「……悪い」


 気まずくなり、謝る。するとミツバがぽつりとこぼした。


「お金……持ってないの」


「金?」


 問い返せば、しばしの沈黙後、ミツバが顔を赤くして叫んだ。


「しっ、仕方がないでしょ⁉ 急に向こうを出てきたからお金なんか持っていないの! ここまでだってねぇ、途中で獣を狩ったり、鳥を落としたり……苦労して王都まできたんだから!」


 そうだったのか。それはまたなんというか。


(サバイバリィな冒険……)


 前提として、よく無事に王都にたどり着けたものだと感心する。


「うぅ……」


 ミツバは言いたくなかったのに、というような表情で地面を見つめた。


「………はあ」


 ゼノは懐から革袋を取り出す。

 昼間盗まれた財布だ。

 情けないことだが、あのあとフィーが金を貸してくれたので、ある程度の銀貨が入っていた。

 それをミツバへと放り投げる。


「ほら、それやるからどっかの宿にでも泊まれ」


「いいの? お前ケチなのに」


「…………いらないなら、返せ」


「い、いる!」


 渡した財布袋をぎゅっと握りしめ、「ありがとう」とミツバは笑った。

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