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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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22 路地裏での会話

「……ありがとうございます。ミツバ様」


「ふふん! もっと(あが)めなさい」


 目の前で、偉そうに豊かな胸を張るこの女はシオンの姉姫、ミツバだ。

 さいわい倒れた男たちの息はある。

 どくどくと血が溢れていて痛々しいが、ゼノは男たちから視線を切ってミツバに戻す。


(面倒な奴に会ってしまった……)


 無視してここから移動したい。

 だけどそれをやれば十中八九ミツバは怒る。

 ゼノはいちおう声をかけた。


「あの、なぜ王都に? リーナイツ領にいるんじゃ……」


「シラオウを探しに来たのよ」


「しらおう? 人ですか?」


「違うわ、笛よ笛。真っ白な笛でこう……サクラの花模様が描かれたやつ。おまえ何か知らない?」


(白笛に……サクラ?)


 そんな珍しいもの、一度見たら覚えていそうだが、あいにくと覚えがなかった。


「見てませんけど」


「──ちっ。使えない男ね」


 盛大に舌打ちされた。フィーがゼノの隣にやってくる。


「誰、これ」


「ん? あれ、フィーは知らないのか? この人はな──」


「ちょっと。誰とは失礼ね、異人(ことびと)


 説明しようとして、ミツバが遮った。フィーがやや不機嫌そうに返す。


「異人……じゃない。フィー」


(フィーがめずらしく怒ってる)


 異人とは異郷返りの蔑称(べっしょう)だ。

 フィーティア信仰もあって、異郷の血筋は神聖視されている。

 しかしときおり蔑んだ呼び方をする輩もいる。

 ミツバの言葉に、流石のフィーも腹を立てたらしい。

 眉間にしわを寄せている。


(なんだかよくない雰囲気……)


 ミツバが腕を組み、フィーを見下ろし、反対にフィーはムッとした顔で見上げている。

 まさに一触即発。

 そんな空気が漂っている。


(流石にまずいな)


 ゼノは仲裁に入った。


「第一王女ミツバ・ソラス・ユーハルド。シオン王子の姉姫だよ」


「第一……敵」


「なんでそうなるのよ! というかおまえ、ライアスのところの付き人でしょう? なんどか会ったことあるわよね。なんで知らないわけ⁉」


「フィー、興味ない……ひと、覚えて、ない」


(ああ……)


 ミツバが鬼のような、否、鬼そのものの形相になった。

 空気が読めないのか、読んだ上であえて言ったのか。

 真意は定かではないが、フィーは可愛らしく首を振った。


「く……ちょっと小さくてかわいいからって、おまえっ──」


「な! それはまずい! 子供相手にそれは駄目だから!」


 ミツバが手を振り上げる。

 ゼノはふたりの間に入る。結果、殴られる。痛い。


「なんでとめるのよ!」


「当り前だろ……」


 ぶたれた頬をさすりながらゼノは思い出す。

 彼女はなんというか、昔からとても活発な姫だった。


 ゼノがシオンと遊んでいると「あたしの弟を取らないでよ!」と突然殴ってきたり、「今日はクッキーを焼いてみたわ!」といっては、炭を食べさせられる。


 正直あまりいい思い出が無かった。

 ミツバはつりあげていた目を幾分かやわらげ、少し拗ねたような顔で問いかけてきた。


「……はあ、まあいいわ。それより、ここで何をしていたの? この辺は兵士崩れの連中が集まるのに危ないじゃない。さっきも襲われていたみたいだし」


「ちょっと探しものを」


「探しもの?」


「王子に言われて、黒い剣を持つ辻斬りを探しているんです」


「黒い剣って妖精剣のこと?」


「……まあ」


「ふーん?」


 地面に落ちた黒剣をちらりと一瞥してから、ミツバはゼノとフィーを見比べた。


「なんでおまえがライアスの従者と? たしかグランポーンにいるって聞いたけど」


「それは以前の話。いまは城でライアス王子の補佐官やってます。ほら」


 ゼノは自身のローブに描かれたシルシをミツバに見せた。


「……銀の、蝶?」


 銀の蝶は、ライアス王子の直属を表すマークだ。

 ユーハルドの王族は齢十五(せいじん)を迎えると、自身を象徴する紋章が作られる。


 第一王子ルベリウスが赤いネコ。

 第二王子サフィールが青いオオワシ。

 第一王女ミツバが紫のクローバー。

 第五王子ヒースが緑のヒツジ。


 現国王レオニクスは金色の獅子であり、ライアス王子の妹姫──第二王女リフィリアはまだ十五歳を迎えていないため持っていない。

 シオンも同様の理由で紋章はなかった。


 ミツバはゼノのローブを見ると声色を落として言った。


「……そう。つまりは他の派閥に尻尾を振っているってわけね」


「尻尾って……そういう言い方」


「なによ。間違ってないでしょ」


 不満。そう物語った顔で、ミツバがそっぽを向いた。

 めんどくさい。

 この顔をした彼女を放置しておくと、さらに機嫌が悪くなる。

 菓子でも渡せば多少機嫌を直してくれるだろうが、あいにくといまは持ち合わせがない。どうするか。


(いいや、ほっとこう)


 ゼノは近くに転がる黒剣を拾い、振り向いた。


「フィー、戻ろうか。軍に寄って誰か呼んでこないと」


 ミツバに気絶させられた男たちと、酒場の人たちの手当て。

 おそらくあの酒場の生存者はほとんどいないと思うが、助けに向かってもらわなければ。


 それから貧民街に現れるという人斬り魔。

 すぐそこで倒れている犯人らしき大男の引き渡しもしなければ。


 こちらの意図を汲み取ったらしいフィーがこくんと頷き、歩き出す。

 ゼノもあとに続く。

 すねたミツバは見なかったことにして。


「それじゃ、オレたちは失礼します。ミツバ様もお気をつけて」


「えっ? ──ちょ、ちょっと待ちなさい! ゼノ!」


(何も聞こえないー)


 ちょうど巡回の兵が近くを通ったので、経緯を伝え、現場へ向かってもらった。


 ◇ ◇ ◇


「行ってしまいましたね」


 路地の上、屋根にふたつの影が見える。

 ひとつは線の細い少年で、やや長めの赤い髪を、風にたなびかせている。

 もうひとりはフードを深く被った女だ。

 こちらは顔が見えない。

 彼らの目の先には、いましがたやってきた巡回兵がいる。


「まさかミツバ様の邪魔が入るとは、不覚でしたね」


「別に構わないのだわ。目的は達成できたわけだし」


 そう言って女は、懐から暗器を取り出すと兵士にあてた。

 その後、ひらりと路地へ降りると、床に転がる白い大男の側にしゃがみこんだ。

 大男の首からは、いまだにどくどくと血が流れている。


 女が「うげっ」とうめく。

 少年が続くように路地へと飛び降りた。

 転がる男たちを一瞥して、彼は吐息をこぼす。


「……やはり、手足の数本くらい折っておくべきでしたか」


「えー、お姫様の? それは流石に怒られるんじゃない? たしかに、あの格好でこれだけ暴れられたら迷惑なのもわかるけど……」


「いいえ。あの、白髪頭のほうです」


「ああ、そっち」


 女は、少年の物言いに目を細め、可笑しそうにぷっと吹き出した。


「それって私怨? まったく男の嫉妬は醜いのだわ」


「……違います。それよりお早く」


 少しムッとした声色で言ってから、少年はちらりと路地の奥を見やる。

 老年の男がこちらをうかがっている。


 あれは、サフィールの筆頭補佐官だ。


 その存在に女も気づいたらしく、ナイフを投げた。

 足元に落ちたナイフを見て男は逃げ出す。


「ま、これくらいでいいでしょ」


 女は路地の奥から下に視線を移すと、しゃがみこんで、倒れた大男の胸部を短剣で引き裂いた。

 ぶちぶちと肉の断つ音。

 その胸部──正確には心臓を、彼女は素手でわし掴みにする。

 引きずり出された深紅のそれを見て、少年は眉をひそめた。


「気持ち悪くはないのですか?」


「気持ち悪いわよ?」


 どくん、どくんと脈立つ心臓。

 赤く染まった女の手には、肉体を離れてもなおも動く肉塊が乗っている。

 そこからぐりっと、丸い宝玉のようなものをえぐり出した。


「回収完了。ほらどうぞ」


 女が少年に宝玉を投げた。

 それと同時に、さぁーっと白い灰が風に流れる。

 大男の身体が崩れ落ち、灰へと転じたのだ。

 少年がうっとおしそうに手で(ちり)を払った。


「じゃあね」


「お待ちを。どこへ行くのです、長殿」


「我らが光に報告してくるの。これでもあたし、まとめ役だから」


 ひらひらと手をふって女は言い、そして振り返る。


「そうそう、オウガくん。今度『(おさ)』って呼んだら殺すから」


 にこっと微笑むその姿は、どこか狂気じみている。


「……失礼いたしました、ロビン殿。──それと、例の件ですが、どうかお忘れなきようお願い申し上げます」


「分かっているのだわ。黒い刀を持ったお爺ちゃんを探せばいいんでしょう? 部下たちには見つけ次第、殺すように言ってあるから大丈夫よ」


「いえ、生かして捕らえてください。彼は我がフィーティアに席をおく者。その処罰はわたくしどもの手で行います」


「あっそ。なるべく死なないように努力するのだわ」


「ご協力感謝いたします」


 少年──オウガが一礼すると、女──ロビンは路地の奥へと消えていった。


「さて──」


 側には気を失った兵と、赤毛の姫に絡んだ男たちが倒れている。

 それにちらりと視線を向けたあと、オウガは屋根へと飛びあがった。


「私もあの方に報告しなければ」


 空には夜を知らせる星が光りはじめていた。

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