18 第二王子サフィール
「ペリード。少しいいか?」
青い軍服を着た、背の高い男だ。
ペリードが慌てて駆け寄った。
(……あれは。サフィール殿下か)
翡翠の瞳に、銀を帯びた金髪。
さらりと流れる短髪は、爽やかな王子然としている。
よく通る声でペリードを呼んだ彼は、本来ゼノが仕えるはずだった、第二王子サフィールその人だった。
「このあとパドリックが来る。同じ侯爵家の者どうし面識はあるだろうが、一応形式上、顔合わせの場として茶会を開く。一時間後に応接室まで来てくれ」
「はっ、承知いたしました」
サフィールは頷くと、きびすを返して、そこでぴたりと動きをとめた。
「?」
こちらに向けられる訝しげな視線。
サフィールは眉をひそめると口を開いた。
「お前はライアスのところに入った補佐官の……」
「──ゼノ・ペンブレード。僕の友人です」
(いつ友人になったよ)
ペリードの紹介に合わせて一礼する。
じろりとゼノを見て、サフィールは鼻で笑った。
「なるほど。お前が私付きの補佐官につくはずだった騎士アウルの息子か。話を聞いたときにはなんの冗談かと思ったものだが、兄上の妹想いもたまには役に立つ。こんな平民出の男を私の部下に向かえなくて済むのだからな」
(ええ……。急に煽ってきたよこの人……)
ゼノは心の底から引いた。
気まずそうな笑顔でペリードが説明してくれた。
「ほ、ほら、先日急に辞令が変わっただろう? あれはルベリウス殿下のご指示らしい。おかげで僕はサフィール殿下にお仕えできてうれしいけれど、君には申し訳なく思っている」
でも、感謝している。
とペリードは付け足して、あるじに視線をよこす。
サフィールはふたたび鼻を鳴らすと、
「ペリード。お前の交友関係に口を出すつもりはないが、友人は選ぶように」
そう言って、書庫を出て行った。
もろ口出してるじゃん、とは思ったが、ゼノは黙っておいた。
自分を褒めてあげたい。
「すまない。嫌な想いをさせたね」
あるじの背中を見送りペリードは小さく息をついた。
「なんかふだん見る姿と違うけど」
「そりゃあね。みんなの前では理想の騎士として振る舞われていらっしゃるからね。おかげで民衆や軍内部からは『青騎士王子』と呼ばれて厚く慕われている。いまのはまあ……ごく限られた側近にしか見せない、素のお姿ってやつだよ」
「ふーん」
青騎士王子といえば、騎士の中の騎士。
凛然とした佇まいの中にも気品を持ち合わせ、性格も穏やかで優しい。
おまけにその王子スマイルは、民衆たちの(とくに女性の)ハートをわし掴みにし、城下町では赤薔薇派と青騎士派で人気を二分化していると聞く。
ちなみに赤薔薇の王子がルベリウス。
そしてシオンいわく、サフィールは『小物王子』だそうだ。
「あの人は少し、血統主義なところがあるからね。うちの派閥も国内有数の貴族で固められているし、平民出の母を持つライアス殿下のことをよくは思っていないのさ」
「へえ……。ところでさ、緑」
「緑って言うな!」
お決まりの返しだ。
感じの悪いサフィールのことはさておき、ゼノはたずねた。
「おまえ、黒い剣の目撃情報とか知らない?」
「目撃? まさか君、宝剣を探しているのか?」
「探してる。城内のうわさ話とか、おまえ詳しいだろ?」
「確かに最近耳にした話はあるが……。しかしそう素直に聞かれると気持ちが悪いな」
「話す気がないならオレは行く」
「あぁ、待ちたまえ。いいだろう。親友の頼みだ、教えてあげようじゃないか」
いつのまにか親友に昇格していた。
「王都の北東区。あの地区に集まるよからぬ話は君も聞いているだろう?」
「貧民街だろ。盗品さばく店があるのは知ってるけど」
「なに? そんな店が……いや、今はいい。実は最近、そのあたりで黒い剣を持った男が人斬りを働いているそうだ。サフィール殿下が見つけ次第とらえるようにと指示されていた」
「こんな祭りの時期に人斬り?」
ぜったい目立つと思うが……。
「なんでも変わった格好をした男らしいよ。さすがに僕も、その男が宝剣を持っているとは思わないけれど、知っている噂といえばそれくらいなものさ」
「そっか。情報どうも」
「行くのかい?」
「一応な。盗品なら一般の市場に流れないから、そういう奴が持っていてもおかしくないし。ぱっと行って帰ってくるよ」
「そうか、なら気をつけることだ。あそこは治安も悪い。財布には十分注意したまえ」
「わかってる」
窓の外を見る。
このぶんなら急げば夕方までには城へ戻れるだろう。
ゼノは走って書庫を出た。
その一部始終を、扉の影に隠れていたサフィールが聞いていたことには気づかずに。




