17 宝剣クラウスピルの伝承
2025.9.24 星霊剣→妖精剣に呼び名変更。(星霊剣は古い呼び方なので後でまた出てくる予定です)
「勉強って……」
ゼノは城の書庫で本棚と対峙していた。
「えーと、宝剣……宝剣……」
広い書棚の前。宝剣に関する本を探して、手近なものから開けていく。
「ぜんぜん頭に入ってこない……」
基本的にゼノは学術的な本が苦手だ。
天文学に歴史。
星霊学に算学。軍略集。
どれもシオンの補佐官を目指すおりに一通り学んだが、勉強が大変だった。
「薬学書は面白いんだけどなぁ、図鑑とか──と、あった」
ちょうど開いた本に、例の宝剣に関する話が載っていた。
「えーと、なになに?」
文字に集中する。
だが、それはすぐに遮られた。
「やあ、ゼノじゃないか」
「うるさい。緑」
「緑っていうな!」
緑髪の青年が叫んだ。
「僕には、ペリード・ラン・ベルルークという立派な名前があるんだ。ちゃんと名前で呼んでもらいたいものだね」
「うるさい。ペリード」
「ぐっ……」
緑──いや、ペリードが押し黙った。
自分がしっかりとその名を呼んだからだろう。
深い森色の髪。
それよりも少し淡いペリドットの瞳。
眼鏡をかけた彼はゼノの同僚だ。
部署は違うが、よく話しかけてくるので相手をしてあげている。
ペリードの文官服のローブには、サフィール直属を表す『青い大鷲』の刺繍が施されていた。
「で、なに? オレ、いま忙しいから手短にどうぞ」
どうせまたくだらない話だろうなと思いながら、用件を聞いた。
視線はそのまま本に向けながら。
「──ごほん。別に君に用があるわけではないが、姿を見かけたからね。声をかけたんだ。僕はサフィール殿下から、小麦の収穫量の推移を調べるように言われてここへ来たんだよ」
「あ、そう」
「君も文官の端くれなら知っているだろう?年々、作物の出来が悪い。殿下は収穫量減少の原因を日々調査なさっている。民たちが飢えに悩まされないようにとお考えなのだ。いや、立派な御方だよ。先日も貧民街へと足を運ばれて、食事をお配りになられていた。正直に白状すると、僕はその光景につい顔をしかめてしまったんだ。だというのにあの方は、泥だらけの子供たちに囲まれても笑っていらっしゃった。感服したよ。僕も侯爵家の者として、そのお姿には見習わなければと思ったよ。それから──」
「…………」
返事をすることが嫌になった。
長い。そのひとことに尽きる。
「──というわけで、小麦の収穫量を調査している。君は何か知らないかい? 君のお母上はグランポーン侯爵家の姫君だろう」
「姫っつーか、そうだな……かなり元気な人だけど。それから養母な」
養父アウルの妻、ケイトは侯爵家の出身だ。
グランポーン、ベルルーク、ローズクイン、リーナイツ、ビスホープ。
各地方を治める五つの侯爵家は〈五大侯〉と呼ばれていて、王からの信頼も厚い。
その五大侯を父に持つケイトはアウルの亡きあとグランポーン領地へと戻ったのだが、よくゼノに農作物を送ってきてくれる。
あの地方は農業が盛んなのだ。
この前も大量にリンゴが届いてびっくりしたが、その際ついてきた手紙には、リンゴの取れ高が悪いと書いてあった。
ちなみにそのリンゴたちは城の食堂に献上する形で処分させていただいた。
「小麦は知らない。でも今年もリンゴの実りが悪い、ってケイトさんが言ってたな」
「そうか……。となると作物の種類ではなく、問題は大地のほうか……」
「知らない。土壌でも調べたら?」
「土壌か! なるほど君にしてはいい案だ。さっそく調査してみよう」
(ひとこと余計だよ)
相変わらず嫌味なやつだ。
緑の彼が横から本をのぞいてきた。
「ところで先ほどから何を読んでいるんだ、君は」
「クラウスピルの記録書」
「クラウスピル……ああ宝剣のことか。珍しいな、君でも本を読むのか」
「……読むよ、たまには」
邪魔だな、と思いつつ適当に答える。
「──宝剣、光蝶の剣」
ペリードがその名を口にする。
「通称、妖精剣。ユーハルドの初代王リーゼの剣であり、その刀身は夜闇のように黒く、ひと振りで山をも吹き飛ばすほどの威力を誇るという。宝剣は、代々ユーハルド王家の象徴でもあり、次代の王は剣が選抜する。中でも第二十九代目国王、ウェナン陛下は剣と会話ができ、そのカリスマ性で国を統治した。……何度読んでもすごい話だね」
「どうせ作り話だろ。フィーティアといい、こういうものは話を盛ってるのが相場だ」
「それはまぁ、否定は出来ないけれど。実際レオニクス王がお使いになったときは、ごく普通の剣だったと聞くからね。山を壊すことも剣が語ることもなかったそうだよ」
「そりゃそうだ。剣が喋ったら怖い」
ぱたんとゼノは本を閉じた。
「続きは読まないのかい?」
「あとで読む」
(ひとりでな)
少し残念そうな顔でペリードが腕を組んで書棚に背中を預けた。
「しかし……、賊に盗まれて以来、宝剣は行方不明だと聞くが……」
考え込む彼を一瞥して、ゼノは淡々と返す。
「三年前、偽物なら見つかったんだけどな」
「偽物……それはアウル殿の……」
「ああ、そうだよ。アウルが処刑される原因になった剣だ」
内心のむかつきをおさえ、ゼノはあの日のことを思い出した。
◆ ◆ ◆
三年前のあの日、アウルは死んだ。
多くの民衆と首つり台。王都の広場で行われた公開処刑だった。
リミュエル離宮の事件後、離宮の護衛長であったアウルは、王族の暗殺を防げなかったとして罪に問われた。
おまけに事件に加担した、とも糾弾された。
それはなぜか。
当時、離宮裏の扉が開いていたからだ。
焼け焦げた離宮の錠は、壊れることなく綺麗だったという。
つまり、内通者がいたのだ。
当然ながら、それがアウルだという証拠はないし、理由もない。
しかし、鍵の管理者はアウルだ。
ならば、彼が襲撃の企てをしたに違いない──と、つまらない話が持ち上がったのは、事件後すぐのことだった。
──こうなっちゃ、仕方ないなぁ。
アウルは笑っていたが、納得がいかなかった。
結局、元は栄えある『騎士』だった彼は、汚名返上の機会を与えられる。それが、
──盗まれた宝剣を見つけ出せ。
勅命だった。
王の命に応えるべくアウルは、半年かけて見事剣を見つけたのだ。
だけどそれは、単なる偽物だったらしい。
結果。任務失敗により罪状は加重し、アウルは処刑されることになった。
◆ ◆ ◆
「あれは、アウル殿が悪いわけではない」
ペリードがぽつりとつぶやく。
その顔はひどく悲しげだ。
「事件の日、あのかたは非番だったと聞く。だというのに、王族が暗殺された以上、誰かが責任をとらねばならなかった。罪は押しつけられたにすぎない」
「…………」
それだけじゃない。
ようは身分と政の話だ。
当時警備を任されていた責任者が五大侯爵家の子息だった。
愛する息子と自己保身。
言うまでもなく責任から逃れるため侯爵は証拠をでっち上げた。
そしてその矢面に立たされたのがアウルだった。
もちろんアウルの義父にあたる、グランポーン侯とて異を唱えたし、彼を守ろうとした。
だけどそこには開ければ複雑な宮廷事情が出てくる。
派閥ともいうか、つまるところ例の侯爵とグランポーン候は仲が悪かった。
「──はっ。政ってのは、ほんとうに面倒だ」
「ゼノ……」
吐き捨てるように言って、ゼノが本を棚に戻すと、誰かが書庫に入ってきた。




