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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/後『宝剣探しと青騎士編』

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15 ねこねこリーア

「……首が痛い」


 首に手を回しながら、左右にひねる。

 窓を見れば、いつの間にか朝を迎えていたようだ。

 太陽の光が目にささった。


「ふあ……眠い……」


 昨晩は日記をつけているうちに寝落ちしたらしい。

 机には書きかけの日記とペンが投げ出されてあった。


 それをぼんやりと手に取る。物語風に近い日記。

 意外とうまく書けたなと自賛しながら、ゼノは立ち上がった。


「さて、行くか」


 きのうあれからエドルを含めた賊を捕らえ、王子による怖い尋問のすえ吐かせた情報によると、誘拐事件の主犯は高位貴族。

 それも第二王子派の、バーグ伯爵とかいうわりと穏健派で通っている男の仕業だと判明した。


 軍により伯爵の身柄は拘束され、今ごろ牢屋の中でエドルたちと仲良くまずい飯でも食べていることだろう。

 なお、ゼノは面識がないので伯爵のお顔は存じ上げない。

 王子いわくモブ顔とのことである。


「……あ、そっか。まずは離宮に迎えに行くのか」


 今日からやっと正式な補佐官になれたからと、王子が住まう離宮への出入りが許されたのだった。

 適当にその辺にあったパンをくわえて外に出る。


 ◇


 王都の第二区、商業通り。

 その名の通り商業が盛んな区画であり、ゼノはその一角に住んでいた。

 一階は雑貨店で、その二階に部屋がある。


 ひとりで暮らすには少し広めの部屋だが、家賃は安く、城まで通いやすいからと気に入っていた。


「今日も休みか」


 階段を下りて、ちらりと横を見る。

 自宅下の雑貨店。

 ここは金持ちの道楽でやっているらしく、月に数回しか開いていない。


 この間もインクが切れて買いに行ったら、売り子の女性に「納品は半年後です」と言われた。

 流石に冗談だろうと思ったら、事実だったようで、うっかり取り寄せを頼んでしまうところだった。


 その店の扉に、なにやら手書きの紙が貼ってある。


「閉店しました。ご愛好ありがとうございました……?」


 潰れている。


(確かに対応とか最悪だったもんなぁ、この店)


 日頃のようすをかんがみれば、当然といえば当然だが、ここは珍しい薬草も取り寄せてくれるからと実は重宝していた。

 それだけに残念だ。

 新しい店を見つけないとな、などと考えているうちに城へとついた。


「えーと、執務室……じゃなくてフローラ宮か」


 ライアス王子が住む花の離宮。

 城の正門入口から入り右手側。

 廊下を歩いて庭を越え、さらにもうひとつ。

 庭を越えたところに建っている。


 なぜ、王子なのに城の中に住んでいないのか?


 それは単純に、三人の妃たちの住まう場所がそれぞれ分かれているからだ。

 正妃である第一妃は城に部屋をたまわっているが、それ以外は離宮をあたえられている。

 だから、第三妃を母親に持つライアス王子も離宮住まいだった。


(つっても、詳しくは知らないけど……)


 あくまでシオンから聞いた話であり、もっとも、彼のいたリミュエル離宮はもうない。


「ついた」


 離宮の入り口には、ふたりの警備兵が立っていた。

 ゼノは軽く会釈をし、事前に教えてもらった王子の部屋へ向かう。


「ん?」


 なんか視線を感じる。

 あたりをきょろきょろと見回すと、柱のかげからこちらをじーっと見ている少女がいた。


 リフィリア王女殿下である!


「お、おはようございます。リフィリア姫」


 すぐさまその場にひざをついて挨拶を述べる。


「……」


(……?)


 返事がないようだ。

 不審に思い、顔をあげれば、姫は赤い頬でうつむいていた。


「あの──」


「どうした、ゼノ」


「──っ! 王子!」


 言いかけて、後ろから声をかけられた。

 振り向けば、こちらに歩いてくる王子とフィーがいる。

 ゼノはそのまま挨拶をする形で、


「おはようございます、迎えにきました。さっそく城へ向かい──」


 刹那、ぴゅんっと耳元で風が鳴った。

 すべて言い終わらないうちに、音速で何かが真横を通り過ぎていった。


「──え?」


 驚いて、風の先を見れば、その『何か』の正体は姫だった。

 王子の背に、ぴったりとくっつき隠れている。

 ドレスの裾が、王子の両脇からはみ出していた。


「ええっと……姫?」


 姫は警戒した面持ちで、王子の背からこちらをうかがっている。


「どうした、リーア」


 王子が姫をがそうとその肩をつかむ。が、服がのびるだけで姫はまったく離れなかった。

 そのようすから、どうやら姫は自分を怖がっているらしいと判断し、同時に思った。


 猫みたいだな、と。


 猫は警戒心が強いから、人のことをじっと見ては、ぱっと逃げてしまう。

 しかし、遠くまでは逃げない。

 比較的に近い物陰から、こちらを観察してくるものだ。


 そんな様がよく似ていて、現に姫も、王子のうしろからおずおずと顔を出している。


「ふむ……相変わらずの人見知りだの、お前は」


 そう言うと王子は、妹の頭をひと撫でしてから、べりっと勢いよく剥がした。

 反動で姫がよろめく。

 その細い腰に、フィーが手を添えて支えた。


「さて行くぞ。ゼノ」


(この状況で?)


「に、兄さま……」


「お前は寝ていろ」


 か細い声をあげる妹に、ひとことだけ言い、王子は廊下へ歩いて行った。


(仲、あんまり良くないのかな……)


 その場に取り残されたゼノは王子を追いかけながら後ろを見た。

 顔を赤くしながら花をぼんやりとみつめている姫の姿は、とても儚かった。

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