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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第一章/前『第四王子誘拐事件』

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14 王佐を目指す理由

 エドルが鋭い眼光を向けると、男は怯んだらしく静かになった。


「ゼノ、お前に聞きたいことがある」


「なんだ?」


「お前は元々シオン様付きの補佐官候補だった。それもシオン様自らの推薦で、お前はあの方に選ばれた。なのになぜだ、ゼノ」


 こちらに剣を向けたまま、エドルは言った。


「騎士と文官。形は違えど、自身を必要とする主君が現れ、主に忠誠を捧げる。そんな物語のような騎士の姿に、当時の俺はお前を羨ましいと思っていた」


 感情を抑えた無機質な声。


「だからお前の行動が理解できない。ユーハルドの騎士にとって、主は生涯でただひとりのみ。たとえ主君を亡くしても、別の者に仕えることなどありえない。だというのに、なぜお前はここにいる? なぜ! ライアス様のもとへ来た!」


 エドルの独白。

 その声は、次第に怒りをはらんだものへと変わっていき──


「そんなにも、お前は王佐の地位が欲しいのか⁉」


 苦しそうな顔で彼は言葉を吐いた。

 自分はただそれを、静かに聞いていた。


(……そういえば)


 こいつは騎士に強すぎるほどの幻想を抱いていたっけ。

 剣は二星につかず。

 剣とは騎士を表し、星とは光り輝く王のこと。

 つまり、騎士はふたりの王にはつかない。古い、もう廃れたユーハルドの騎士の教えだ。


「……はあ」


 くだらない。

 何を言っているのやら。


 そもそも自分は騎士じゃないから、そんなご大層な騎士道なんて持ち合わせてはいない。


 さらにいえば、騎士学校で習った教官の言葉を、それもそんな古い教えを今時忠実に守る騎士などいないだろう。

 それを真面目にとらえるとか、やっぱり馬鹿だ、こいつは。


(……だけど、嫌いじゃない)


 ゼノは目を閉じ、小さくつぶやいた。


「約束を守るため」


 地べたについた手をゆっくりと持ち上げる。

 差し向けられた剣を掴み、そのまま立ち上がるとエドルが何か言葉を呑みこんだ。

 血が、ぼたぼたと足元へ落ちていく。

 ああ、熱い。

 刃を握った左手が、じくじくと痛みを叫んでいる。


「──おいっ! 馬鹿か、お前……!」


 エドルの焦った声を聞き流し、そっと剣から手を放す。


 正直に白状すれば、こんな男にいちいち説明をするのは面倒だ。

 誤解されたところで別に構わない。

 けれど——


 ゼノは流れる血を見ながら、静かに口を開いた。


「エドル。オレは騎士じゃないから、騎士道だとか言われてもよくわからない。それからお前が言う、忠誠なんてものも持っていないよ」


 シオンは主君じゃなくて友人だ。


「それと王佐の地位が欲しいかだって? いいや。どうでもいいね、そんなもの」


 だってそれは単なる飾りだから。


「面倒だからな。政なんて結局は貴族様どもの権力の見せ合いだ。それにいちいち振り回されるのはごめんだし、そもそもオレに腹芸とかは向いていない」


 苦笑する。


 そうだ。

 出来ることなら、王宮のごたごたなんかに関わらず普通の生活がしたい。

 いつだってそう思っている。

 それでも。


「ならばなぜ。お前はここにいる?」


 エドルの問い。

 それに笑って応える。


「それが、シオンの願いだから」


「願い……?」


「そ。あいつさ。前に言ってたんだよ。誰もが笑って暮らせる国が見たい。そんな国を作るから、いつか自分が王になったとき隣にいてくれって。……そう、言ったんだ」


 今でもよく覚えている。

 あの日、シオンが塔の上で語った夢を。


 本当に馬鹿だよなぁと思う。

『誰もが笑って』なんて無理に決まっている。

 当然シオンだって、それが夢物語だということくらい解っていたはずだ。


 それでもそんな風に言っていたのは、きっとあいつなりにこの国の闇をはらいたかったのだろうなと、いまならわかる。優しい奴だったから。


 そして、そんなシオンの姿がひどく眩しかった。


「……それは、理想論だ」


 エドルが目線を下にさげ、ぽつりと零す。


「国である以上、光もあれば闇もある。日陰のない国などありはしない。そのくらいお前だってわかっているだろう?」


「当り前だろ? シオンの夢なんて、所詮は馬鹿げた妄想だと思ってるよ」


「ならば」


「──だけど、約束したから」


 エドルの言葉を遮り、思い出す。

 あのとき握り返した手を見つめて。


「あの日。王佐を目指してやるって、オレはあいつに応えた。その夢を手伝うとあのときに決めた。例えシオンが死んだとしても、それは変わらない。だからここにいる。理由なんてそれだけだよ」


 手のひらをぐっと固く閉じて答える。

 エドルがなんとも言えない顔で深い息を吐いた。


「……なるほど。お前の言い分は理解した。だが、シオン様はもういない。仮にそれを実現したところで、あの方の喜ばれる御姿を見ることはできないと思うが。それでも、お前は王佐を目指すというのか? ……ライアス様のもとで」


「当然」


 はっきりと告げる。


「他でもない友人の頼みだ。あいつの夢はオレが引き継ぐ。そんでいつか、異郷にいるシオンに見せてやるんだ。ユーハルドはこんなにも、笑顔で溢れる国になったぞってな!」


 にっと不敵に笑ってみせる。


 死者は異郷へ渡り、生まれ変わりを待つ。

 この大陸で信じられているおとぎ話だ。

 だから、シオンも今頃は向こうでのんびり暮らしているはず。

 もちろん自分はそんな話を信じてはいないけれど。


 それでも、あの日の誓いをこめて。


「──そうか」


 エドルは一瞬寂しそうな顔をみせたあと、何かと決別するように剣を構え直した。


「まぁいい。どのみちお前にはここで引いてもらう。加減はしてやるが、腕の一本、駄目になっても恨むなよ」


「そっちこそ、せいぜい頑張って受け身を取れよっ!」


 その返答が合図となった。

 ゼノがバッと上空に腕をかかげる。


 直後、あたりに強い風が吹き荒れる。

 びゅうびゅうと音を鳴らし、大気が渦のように形成されていく。


「…………風?」


 エドルが驚き、目を見開く。

 次第に渦は姿を変え、竜巻に。

 この場にいる者たちを風の檻へと閉じこめた。


「待て! 腕輪はフィネージュ殿に渡していたはずだ。魔導品なしで魔法など……」


「──」


 そう、本来魔法は異郷の血を引く者しか使えないと言われている。


 その魔法を閉じ込めた物が魔導品であり、それを使えば誰でも魔法を扱える。


 だからいま、腕輪を所持していないゼノが魔法を使えるはずがないとエドルは驚いているのだろう。


 しかし、彼はやっと思い出しように蒼白顔で呟いた。


「違う……そうだ、お前は魔法が……」


「そ、使えるよ」


 ほとんど嵐のような音しか聞こえない中で、唯一ゼノの声だけが響く。


「──風の腕輪さ、あのとき壊れたんだ。だからフィーに貸したものはオレ自身の魔力が込められている」


「魔力を込める、だと? そんな芸当、聞いたことが……」


「さぁな。オレは拾い子だからよく知らない。──ただ!」


 走る。この状況に怯える男を蹴り飛ばし、王子の安全を確保する。

 そして、叫ぶ。


「ちょっとコントロール効かないからっ、全員歯ァ、食いしばれッ!」


 直後、ぶわっと風の塊が自身の後ろから押し寄せ、一気に渦の中心へと集まっていく。


 息ができない。

 目も開けられない。

 悲鳴も聞こえない。

 それほどにまで強く吹き荒れる風の檻。


 そこに、飛び込む小さな影があった。

 旋風の中で鎌を構えるその姿はまるで──


「──鎌狼(かまおおかみ)


 ゼノの声が吹き荒れる風の中を駆け抜ける。


「こんな旋風が吹く日、鎌狼が通るってあいつが言ってたっけ」


 次第に弱まる風壁の中で、鎖鎌を持った少女が賊どもの身体を切りつける。

 まるで風刃にでも傷つけられたようなキズ跡をその肌に残した。


「ナイスタイミング! フィー」


 かくして、ライアス王子誘拐事件は終幕を迎えた。



 ◇ ◇ ◇



「すみません! 王子。危ない目に合わせてしまいました」


 賊を捕らえたあとの街道で、ゼノは王子に向かって頭を下げた。

 賊の剣を向けさせてしまった失態と、エドルの思惑に気づかなかったことに対しての謝罪だ。


「いや、構わない」


 どうやら王子は気にしていないらしい。

 相変わらず表情が読めない顔で「ところで」と彼は切り出した。


「先ほどの話は本当か? 王佐になるため、余の補佐官になったと」


「え? まぁ……」


(ライアス王子の補佐官なのは偶然だけど)


 それは言わないでおいた。


「ふむ……。そなた兄上の従者だったのか」


「違います」


 即座に否定する。

 従者と言われるのはなんとなく嫌だった。

 王子が問う。


「それで、王佐になってお前は何がしたいのだ?」


「なに、ですか」


 そういえば、具体的に考えたことはなかった。


 何をしたいか。

 それはつまり、『どんな政をしたいか』という問いだ。


 正直よくわからない。

 自分の役目は王を支えることであり、政を決めるのはその王であるからだ。


「そ、うですね……」


 答えに悩む。

 そんなときだった。



 ──みんなが笑って暮らせる良い国にしましょう。



 聞こえてきた、その言葉を。


 誰もが夢や希望を持ち、笑顔で暮らせる国。

 それはどんな王でもなしえることができないだろう、無理難題だ。


 シオンの父であるレオニクス王にもできなかったことであり、それを成し遂げたいとシオンは言った。

 ならば答えは決まっている。


「えっと……、誰もが笑顔で希望に満ちた国作り、ですかね?」


「そうか」


 王子はいつものように無感情な声で告げた。


「合格だ」


「え?」


毎朝(まいちょう)九時半。明日から離宮まで余を迎えに来い。一分足りとて遅れるなよ」


 それだけ言って、王子は倒れている馬のもとへと歩いて行った。


「あの! 待ってください!」


 いま、合格と言ったか? しかも離宮の出入りを許された?

 ゼノは王子の言葉を聞いて思わず目を丸くした。


「正式な補佐官にしてやる、といった。なにか不服か?」


「い、いえ! そうじゃなくて、その……いいんですか、本当に」


「構わぬ。ちょうど退屈していたところだしの。お前のその、ケーキのように甘い夢想話に余もつきやってやろう」


(ケーキって……)


 たとえがだいぶ変わっている。

 いや、それよりも急にどうしたのか。

 急な心変わりに戸惑っていると、王子が馬を撫でながらぽつりと呟いた。


「——兄上は」


「え?」


「シオン兄上は、余にゴモクを教えてくれたのだ。退屈しているのならどうかと言ってな」


「はあ……」


 王子の背中を見つめる。

 言葉の意味がよくわからない。


 ユーハルドの王族は、同じ母親以外の兄弟姉妹とは距離を取って暮らす。

 もちろん多少の会話くらいはするだろうが、シオンが他の王子たちと親しかった話は聞いたことがない。


(でも……)


 なんとなくその寂し気な背中に、この人でもそんな表情を見せることがあるんだなと、関係のないところで思った。


「そろそろ帰るぞ」


 王子の視線の先を辿れば、遠くであがる土埃(つちぼこり)が見えた。

 サフィールの部隊だろう。

 いつのまにかいなくなっていたフィーが彼らを先導しているようだった。


(まぶし……)


 エドルたちを追っているうちにこんな時間になってしまった。

 赤い、燃えるような夕陽が不思議と心を落ち着かせた。

 目を細めながら、空に誓う。



 見ていてくれシオン。必ず、その夢を叶えるから。



 大陸歴一〇二二年、ベルティーネの月。

 美しい花が咲き誇る、春の季節にゼノはライアス王子の正式な補佐官へと就任した。

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