132 そうして思い出す感覚は
泉の前。白霧の中から現れたのは、黒髪の少年と緑髪の娘だった。
フィーティア機関の連中だ。
少年──カヴァスが憎悪の瞳を向けて言った。
「そんなところに隠してあったとはな。道理で探しても見つからねぇわけだ」
彼が右手を差しだす。
「さぁ、それをよこしな。大人しく渡せば、今回はなにもしないでおいてやるよ」
「……っ、剣を、よこせだと? いきなりなにを言って……」
まだ頭痛がする。
痛みをこらえるように眉を寄せれば、ミツバがゼノの前に手のひらをかざして制止した。
「おまえはカヴァスよね? この前も会ったけれど、直接話すのは初めてね。ごきげんよう。あたしはミツバ。そっちのカマトト女を連れて、何の御用かしら?」
「カマトトって……ひどい……」
緑髪の娘──メルディスが少しばかり抗議の瞳をミツバに向ける。しかし彼女は気にしないといった様子で話をつづける。
「まさかとは思うけど、ユーハルド王家の象徴たる宝剣を奪いに来たのかしら。残念ですけど、これはおまえたちみたいな薄汚い連中が触れていいものではないわ。さっさと巣穴に戻りなさいな」
「はっ、噂に違わず高慢な女だな。そんなんだからウヅキに『神樹の笛』を奪われんだよ。おかげでこっちまであいつを追わなきゃなんねぇし、まったく使えねぇ女だぜ」
「なっ! おまえ、母様の笛のこと知って……!」
ミツバが叫ぶとカヴァスは鼻を鳴らして「当り前だろ」と返した。
「あれは歴代のサクラナの巫女の持ちもんだ。巫女が不在のいま、あれを管理するのはおれの役目なんだよ。お前に預けてやっていたのは、次の継承者として力を開花させるための準備のようなもんだ。わかったか? じゃじゃ馬王女」
「はぁ⁉ じゃじゃ馬ですって⁉」
「カ、カヴァス……。喧嘩しに来たわけじゃないんだから……」
メルディスが止めると、あらためてカヴァスがこちらに顔を向けた。
「まぁいい。ともかくその剣を渡せ」
「断る」
「そうかい。なら──」
カヴァスが前方に手をかざす。
「力づくで、奪うまでだ!」
怒号とともにカヴァスの手のひらから炎の弾が放たれた。
リィグが前方に出て、水のシールドを展開する。
炎が衝突して四散する。
カヴァスは舌打ちするとメルディスに命じた。
「メルディス、お前がリィグの相手をしろ。俺じゃ相性が悪い。お前が足止めしている間に俺があいつから剣を奪いとる」
「わかった」
メルディスがリィグに向かって走る。
いつのまにか装着したらしい、鋭いかぎ爪を振りかざして、リィグのシールドを斬り破る。
「リィグ。少しの間だけ、ワタシと遊んでてくれるかな」
「もちろん可愛い子の相手なら喜んでするけど、キミとはちょっと戦いたくないかも」
繰り出される斬撃をひらひら避けて、リィグが氷の弓を顕現させた。
一射、二射。
空中から放つと、メルディスは腕を振るって矢を叩き割る。
ぐんっと一気に距離をつめて、着地するリィグめがけてかぎ爪を振るう。
「っ……!」
「リィグ!」
轟音とともにリィグの身体が後方の木にぶつかる。
ゼノが手を伸ばせば、そこに炎の弾が放たれた。
「危ない!」
クレハがゼノの前に立って、シャベルで炎の弾を斬った。
「へぇ、そんなオモチャでいまのをしのぐとは、なかなかの腕前だな。だが──」
カヴァスが腕を振ると燃える弓矢が現れた。
弦を弾くと、ひとつの矢がみっつに分散してクレハを襲う。
悲鳴をあげるクレハの手を取り、ミツバが横に倒れると、地面に炎の矢が突き刺さる。
「女に守ってもらうなんざ、情けねぇなぁ?」
嘲笑じみた声を乗せて、幾重もの火矢の雨が降る。
ゼノは木の下に隠れてやりすごすも、頭痛がひどくて顔をしかめた。
頭蓋の奥底を叩く脈動。
どくどくと早鐘を打ち、頭が割れるような痛みに思考が鈍る。
炎ならば水を、それで対処ができるはず。
魔法の相性を考えれば、こちらに分があるというのに呼吸が苦しい。
ミツバが叫んだ。
「ゼノ! なにをしているの! 魔法でさっさとやっつけなさい!」
わかっている。
「うう……ちゃんと剣、持ってくればよかった……」
半泣きじみたクレハの声が聞こえてくる。
痺れを切らしたらしいミツバが木の影から飛び出すさまが視界に映る。
クレハが彼女をサポートするように連携を取り、カヴァスに一撃を入れようとしている。
左に視線をずらせば、少し先でリィグとメルディスが戦っている。
(どう、すれば……)
ゼノは宝剣に目を落とした。
クラウスピルの宝剣。
たしか一振りで山をも削る威力を持つという。
相手はフィーティアの幹部がふたり。
いまは王子がいないから、自分がしっかりしなければ。
ゼノは宝剣の柄を掴んで、引き抜こうと力を入れて、ぴたりと手を止めた。
(違う、これは……)
自分が使うものじゃない。
ゼノは頭を振って、立ちあがる。
「水よ。矢となり、敵を撃て『アルク・アクア!』」
右手を前に突き出し、呪文を唱えた瞬間、数本の矢がカヴァスに向かって飛んでいく。
炎の壁に拒まれ、いとも簡単に水の矢は消失する。
だが、狙いはあいつの目をくらますことだ。
たちまち濃霧が立ち込めて、ゼノは声を張り上げた。
「ミツバ、クレハ!」
ミツバが跳躍して、クレハが地を蹴り、カヴァスに飛びかかる。
「獲った!」
好戦的なミツバの声。
しかし、そのあとすぐに爆風が吹いて、クレハが木の幹に叩きつけられる。
「な……に、が……」
唇を切ったらしい。
口からぽたりと血がこぼれて、クレハが上半身だけ起こした。
「ちょっとお転婆が過ぎるんじゃねぇの? お姫様よ」
霧が晴れていく。
首を掴まれ、持ち上げられるミツバの姿。
足をばたつかせてカヴァスから逃れるよう身をよじるも、苦しさのあまりか、すぐに勢いも途絶えた。
「ミっちゃん!」
クレハの叫びとともに、ミツバが地面に落ちた。
カヴァスがミツバの腕を踏みつけるように片足を乗せ、ゼノに向かって告げる。
「いつまで木のかげに隠れてやがる。さっさと来ねぇと、こいつの腕をへし折るぞ」
「やめろ! ミツバから離れろ!」
木のうしろから這い出て叫べば、カヴァスがこちらを見て笑った。
「へぇ……? お前がそんな顔するとはな。このお姫様がそんなに大事か? ……ああそれとも、この赤い髪にやっと思い出したか?」
「赤い髪? なんのことだ?」
警戒しつつ聞き返せば、カヴァスは吐き捨てるように言った。
「本当にのんきなもんだぜ。あるじ様のこと捨てて何してんのかと思えば、女ども侍らせて旅行とか。しかも、なんだ? いまはあの青髪の子供に仕えてんだって? ──っは、毎日楽しそうで反吐が出るぜ」
カヴァスはミツバから足のどけると、こちらに向かって歩みを進める。
「いいぜ、教えてやるよ。お前は、──っ!」
ミツバが手を伸ばし、カヴァスの右足を掴む。
「行かせ、ないわ……、クレハっ!」
注意がそれたカヴァスにクレハが襲いかかる。
しかし殴りかかると同時にカヴァスが身体をそらして、彼女の打撃を避ける。
そのまま流れるようにクレハの腕をつかみ、投げ飛ばしたあと、ミツバからも距離を取る。
カヴァスは木の上に移動したようだ。
枝がしなり、葉が落ちる。
その隙にゼノはミツバの側に駆け寄った。
「ミツバ! 立てるかっ」
「平気よ……、それよりクレハは……」
少し離れた場所に倒れるクレハがいる。
「だい、じょう……ぶ……」
態勢を戻そう上体を起こして、かくりと崩れる。
どうやら片腕を強打らしい。
苦悶の表情を浮かべてクレハは言った。
「はや、く……逃げ……て」
「──そうはさせねぇよ」
カヴァスが矢を放つ。
風を切る音にハッと真横をみると、火矢が接近してくる。
ゼノは羽ペンを槍杖に変えて、攻撃を弾き飛ばすと、彼女たちの前に立った。
「村まで行け。オレが足止めする」
「馬鹿! おまえ、またあいつに──」
「いいから早くしろ! クレハを連れて、ここを離れろ」
「──くっ。ライアス呼んでくるわ! それまで死ぬんじゃないわよ!」
ミツバがクレハの肩をかついで後退する。
ゼノはふたりの背を見送ると、槍杖を構え直して木の上に立つカヴァスに向けた。
「お前の相手はオレがしてやる」
睨みつけると、彼はゼノを見下ろして言った。
「仲間を逃がし、みずからしんがりをつとめ、敵を全員殺して戻ってくる。──相変わらずだな。お前の最も得意する戦法だ」
だが、と続けて、彼は炎の矢を放つ。
「そうそうおれの首を取れると思うなよっ!」
「────っ!」
ゼノの足元に火矢が突き刺さる。
その瞬間、炎が爆ぜて煙をともない四散する。
ゼノはうしろに飛んで、爆風を避けるも、背後に気配を感じて槍杖を振る。
小さな舌打ちとともに風が動く。
腰をおとして姿勢を低くしたカヴァスが、拳を突き上げてくる。
瞬時に右に顔をそらすも頬にチリっと熱い痛みが走った。
「この……っ!」
カヴァスの足を蹴り飛ばす。
ぐらついた彼の横腹を狙って、槍杖を叩きこむと、カヴァスはとんとんとステップを踏むように後退して、木の上に着地した。
ふたたび炎で作られた弓を向けてくる。
その姿は以前見たことがあるような気がした。
「──っ、お前……どこかで……」
ずきんと、頭が割れるように痛い。
ゼノは背中に手を回して、彼の姿を見つめる。
あれは、夕暮れだった。
茜色の空にうっすらと浮かぶ星々。
灼熱の痛みにこらえて、どこかの山中を走っていた。
(そうだ……たしか、誰かに追われて……)
彼の手に揺れる炎の弓。
よく見慣れた魔法だ。
彼が弓を引き絞り、自分を狙い撃つ。
──右だ。
左に身体をそらした直後に右の地面に矢が降り立つ。
次は左。
三本の矢が土に刺さった。
風を切る音を聴いて、避けて、時には槍杖で叩き潰して。
「……っ⁉」
カヴァスが息を呑む音がした。
そこでようやく自分が目を閉じていることに気づく。
ふっと薄くまぶたを開けると、焦った様子の彼の姿が映った。




