131 宝剣クラウスピルを手に入れた!
かつて、この一帯はもっと多くの緑に覆われていた。
それがいつしかヒトの手により山が切り取られ、森が減り、その代わりに人間たちの集落が出来た。
そうして人々は増え続け、争い、村が無くなり、また興る。
この大陸でも海を隔てた遠い地でも変わることのない、愚かなヒトの歴史。
その繰り返しを、何度見てきただろう。
「はあ……」
メルディスはグランベール山脈の絶壁に腰かけ、ポエミ村を見下ろしていた。
理由は偵察、監視。『彼』がこの地に向かったのだと、密偵から連絡があったとカヴァスが言っていた。
──おまえは先に行って、宝剣のありかを探れ。
正直寒いし、面倒だし、山に赴くのは嫌だったが、カヴァスが言うなら仕方ない。
(だって、言うこと聞かないとあとで面倒なことになるし……)
昔からあの少年は自分にだけたくさんお願いを言ってくる。
無視すれば、もれなく翌日のおやつを没収されてしまうので、聞かないわけにはいけない。
年下の男の可愛い甘えだと言えばそうだが、下に見られているとも言える。
その複雑さにメルディスはため息混じりに膝を抱えると、ふと、赤いものが視界を掠めた。
微風に揺れる、小さな緋色の花。
平地では春にしか咲かない花だが、星霊粒子の濃度が濃い高山では年中問わずに開花するのだと、遠い遠い──それはもう気が狂うほど遠い昔に、大切な友人が言っていた。
そして、その花言葉は『最愛』。
こちらも別の友人が──あの可憐な王が、嬉しそうにはにかんで、『彼』がそう教えてくれたのだと、大層愛おしそうに摘んだ赤い花を見つめていた。
「──ここにいたのか、メルディス」
「カヴァス……」
メルディスが振り返ると眉間にしわを寄せた黒髪の少年が立っていた。
晩秋──いや、もう冬もはじまったというのに相変わらずの半袖とは。寒くないのかなぁ……とメルディスは思う。
「ねぇその恰好、風邪引くんじゃない? 見ていて寒いよ」
「はっ、んな軟弱じゃねーよ、人間様じゃあるまいし」
「そっか……そうだね。バカは風邪引かないって言うもんね……」
「おい、その憐れむ目をやめ──はっくしょい!」
「ああほら、やっぱり鼻水出てる……」
メルディスがハンカチを渡すと盛大に鼻をかまれた。
ぐちゃぐちゃの布地を返し、カヴァスはその場にしゃがんだ。
「まだ来ねぇのか?」
「うん。馬車で移動しているみたいだからけっこう遅いんじゃないかな」
「ノロマだな。んなもん、風でも使ってパパっとくりゃあいいものを」
「無理だよ、いまのあのひとじゃ……、それに時代も」
「ふんっ」
機嫌の悪いカヴァスに内心『もうひとりで帰ろうかなぁ』とメルディスはため息を吐く。
そのおり眼下の村──ポエミ村に近づく貧相な馬車が見えた。
屋根もない、広めの荷台の上に四人。
馭者台に二人。
人間たちが農作業を営む際に使う荷馬車だ。
むかし一緒に遊んだ金髪の少年が、旅の面子と荷台に乗ってカードゲームをしている。
あの怖い白髪の青年は、犬耳ローブを被った少女と並んで馭者台に座っている。
「やっとか」
カヴァスが立ち上がる。
メルディスは顔だけ上げると彼に訊ねた。
「行くの?」
「ああ──つっても、奴らが剣を見つけるまで離れて監視する。あいつは耳がいいからな」
それだけ言って踵を返し、小さな背中は遠ざかっていく。
メルディスは村に視線を戻し、ぽつりと声を落とした。
「なんだか、嫌な予感がするなぁ……」
もしもこれが同族の黄竜ならば、これから起こることが視えるかもしれないのに。
メルディスはゆっくりと立ち上がり、旧友たちに背を向けて歩き出した。
◇ ◇ ◇
シスタスの町を発って早二週間。
国境手前まで早馬を借りたことで、当初よりも早い行程でグランポーン領へと入ることができた。
先ほどポエミ村に到着し、ケイトとグラン爺さんの熱烈な歓迎を受けた。
その後、休息もそこそこにゼノたちはトトの泉へと向かった。
「こっちはまだ秋の景色だなー」
メルディアの月に入り、五日が経った。
今年は例年よりも冬の訪れが遅れたところで、この地方の木々の多くはまだ落葉することなく赤く色づいている。
美しい紅葉に迎えられながら森の中を歩いていると、うしろからクレハとミツバの笑い声が聴こえてきた。
どうやら今月末に行われる国王の生誕祭でどんなドレスを着るかの話で盛り上がっているらしい。
声を立てて互いに笑い合う様子はまるで旧来の友を見ているようだ。
(この前まではあんなにギスギスしてたのに……、随分と打ち解けたなぁ)
あれからクレハはミツバのことを『ミっちゃん』と呼ぶようになり、ミツバもそれを許している。
しかもミツバはミツバで、まわりに誰もいない時はクレハのことをひそかにクーちゃん呼び(クレハたっての希望で)しているのを知っている。
仲良きことは美しきかな。
ふたりの楽しげな声を聞きながら、リィグと並んで歩いていると、クレハに声をかけられた。
「ここにゼノ様のお父様のお墓があるの?」
「うん、そう。もう少し行ったところに小さな泉があるんだけど、そのすぐ側」
大きなシャベルをかつぐクレハに返せば、麻袋を背負ったリィグがぼやく。
「本当に墓を掘るつもりなの? なんかバチが当たりそうな気がするのはボクだけ?」
「大丈夫だろ。アウルの墓だし、そんなことでアウルは怒ったりしないよ」
「そんなことって、立派な墓荒らしだと思うのだけれど……」
ミツバの顔が青ざめている。
これから骨とご対面になるからだろう。
いちおう怪談嫌いな彼女には、ポエミ村で待つよう勧めたのだが、一緒に行くというので連れてきた。
ちなみに王子とフィーは後から来る。
今年の夏の魔獣被害、その後の報告をグラン爺さんから受けてからあとを追うと言っていた。
「まぁ、正直オレも気は進まないけどな。腐乱したアウルが出てきたら嫌だし」
「腐乱……」
「うわぁ……」
「馬鹿! 怖いこと言わないでよ。想像しちゃったじゃない……!」
「いや、だって」
どんよりとするふたりと、顔をしかめるリィグを尻目にゼノは足を進めた。
ぎゅむぎゅむと落ち葉の絨毯を踏みしめているうちに、木々の隙間から目的地が姿を現す。
相変わらず綺麗な泉だ。
森の中でも拓けたところにある泉の水面には、はらはらと枯れ葉が降り注ぎ、まるでひとつの美しい絵画を見ているようだ。
柔らかな太陽光を反射して、きらきらと輝く泉。ネージュメルンのベル湖が『輝く湖』と呼ばれているのなら、こちらはさしずめ『光の泉』だろうか。
「ついたな」
アウルの墓石が見えてきて、ゼノはかついだシャベルをおろした。
「クレハ、手伝ってもらえるか?」
「了解!」
クレハとゼノで土を掘り起こす。
ミツバとリィグは近くに立って、こちらの様子を静観している。
腕を動かすこと数分足らずで棺が出てきた。
黒い模様が走る木棺。
そこでゼノは首をかしげた。
(あれ……? こんな模様あったっけ?)
たしかもっと素朴な棺だったはず。
ごてごてとした装飾などなく無地だった。
それがなんだろうか?
絵筆を走らせたような染みが広がっている。
まあ経年劣化か何かだろう。
ゼノは深く考えずに蓋と箱の隙間にテコを入れて釘を緩めた。
そのまま棺に手を伸ばし、
「開けるぞ」
こくりとうなずく三人を一瞥してから、棺を開いた。
すると、中には骨となったアウルが入っていた。
くすんだ白い布で巻かれた遺品がアウルの腕の中で大切そうに抱えられている。
おそらくこれが宝剣クラウスピルだろう。
「よかった。骨だった……」
「いや、よくないわよ」
ゼノが安堵の息を吐くと、ミツバが顔をしかめた。
「さっさと剣をいただいて戻りましょう」
「そうだね。よっと──」
リィグが棺の中から宝剣を取ると、ミツバが「よく躊躇いもなくつかめるわね……」と呟いた。
クレハが骨に震えながら棺のふたをしめ、ゼノはリィグから宝剣を受け取り、巻かれた布を外す。
出てきたのは、赤い柄に金の竜の装飾が施された綺麗な剣だった。
鞘も赤い。
軽く引き抜いてみれば、夜のように黒い刀身が現れた。
クラウスピルの宝剣。
間違いなく伝承通りの特徴だった。
「本物……よね?」
ミツバがごくりと唾を呑みこみ、ゼノの手元をのぞきこむ。
クレハも近づいてきて興味深そうに剣を観察している。
「マスター? どうしたの?」
リィグが不思議そうに首をかしげる。
「この剣……」
どこかで見たことがある。
そう思った直後に刺すような痛みが頭部に走る。
「──っ」
ぐらりと視界がゆれて、思わず土に膝をつけると、ミツバとクレハの心配する声が聴こえてきた。
こちらになにか喋りかけている。
けれど、どうしても剣から目が離せない。
(黒い……剣……)
いや、違う。
本当はまぶしいばかりの金色だったはず。
それを手にする誰かがいた。
赤い、燃えるような緋色の髪をひるがえす少女。
顔は見えない。
声だけが、凛とした、懐かしい声だけが耳の奥に響いてくる。
『キミの名前はなんていうの?』
その時に答えた名はたしか────。
「──マスター! 誰か来るよ!」
緊迫した声とともに、空から炎が落ちてきた。
リィグが水の盾を展開して火の勢いを殺せば、すさまじい蒸気とともに、熱風が吹き荒れた。
「お前は──」
メレディアの月…12月




