130 盲点とはまさにこのことである(2/2)
「!」
発せられた名前にゼノは目を見開く。
アルスの話を引き継ぐ形でグレンが説明をする。
「男は小舟で湖を渡り、空の鞘だけ持ってベル湖の中島に上陸したそうだ。そのまま男は島から一本の剣を持ち帰り、その数日後にはベル湖は以前と同じ輝きを戻した。だからあの地では、湖島の洞窟に魔剣が刺さっていたせいで湖は呪われた。男はその呪いを解いた勇者だとして、ひそかにだが語り継がれているらしいぜ」
話し終えると、ふたりはゼノの顔をじっと見つめた。
アルスが口を開く。
「その様子。やはりきみの血縁だったか。ペンブレード、と聞いてもしやとは思ったが」
「え、ええ……まあ。養父なので血のつながりはありませんけど、でもなんでアウルがネージュメルンに?」
まさか宝剣を探すためにこんな北の地まで来たのか?
ゼノが目線を落として考えこむと、王子が「その剣の形状は?」とアルスにたずねた。
「赤い持ち手に美しき金の紋章が走り、夜のような闇の色をした刀身だった、と聞いている。あくまで男に舟を貸したとされる老人の話だがな。老人は相当年老いており、記憶もおぼろげのようだったと報告書には書かれていた」
「そうか、ではその剣こそが本物であろうな」
「ええ⁉ でも、偽物だったって話じゃ……」
驚いて、ゼノがそう言うと王子は首を左右に振って否定した。
そしてちらりと二人を一瞥すると、彼にしては珍しくやや躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「アウル殿は、父上の『鳥』だ」
「鳥? なんです、それ」
「…………」
呆れた眼差しを向けられた。
王子が深くため息をつく。
なんかもういいや、みたいな投げやりな感じで彼は話をつづけた。
「『鳥』とは王の影。国王指揮下の密偵部隊だ。そして、『アウル』とはフクロウを意味する。十中八九、彼は父上の鳥とみていいだろう」
(え……)
アウルが王の影?
ここへきて、まさかの衝撃の事実だった。
王子が言うには、暗部の面々はそれぞれ鳥の名前を冠した通り名を持っているそうだ。
普段からその名前を使う者もいれば、そうでない者もいる。
元々鳥の名を持つ一般人もいるから特定するのは難しいが、アウルの場合は間違いないだろうとの話だ。
なぜならアウルは元国王の騎士だった。
……いや、もしかしたら端から王の影として付き従っていたのかもしれない。
そのあたりのことは不明だが、ともかく。王子の説明にゼノは目を丸くした。
それはアルスも同様のようで、なるほどな、と呟き、「では」と切り返す。
「これはあくまで俺の推論だが、『宝剣が賊に奪われた』という話は虚言ではないかと思う」
「虚言?」
「ああ、考えてもみろ。古くより妖精剣はユーハルド王家を象徴する宝剣だ。それが簡単に持ち出されるなどあり得ない。よほど警備態勢がずさんか、事前に内通者がいたとしか考えられん」
「それはまぁ……」
賊に加担した者は間違いなくいただろう。
そうでなければ、アルスの言うように国宝が盗まれるとは考えにくい。
城のお偉方の見解では、盗まれた宝剣は裏の市場に流れたとされているが、どうやらアルスの考えは違うらしい。
「もし裏から流れて好事家たちの手に渡れば、どこからか『妖精国の宝剣を手に入れた』という噂が立つだろう。だが、少なくとも俺はそんな話を聞いたことがない。イナキアの商人どもが知らないということは、まず市場には流れていないとみるべきだろう」
「それなら単に、パトシナや竜帝国へ流れたってことは……」
「無い」
アルスが断言する。
「大陸中の商人と物が集まる場所がイナキアだ。商人にとって情報は命に等しい。ゆえに、どんな些細なことでもギルドに報告がいく。そして、その最たる立場のディーゼル殿が知らんというのだ。一般の者の手になど渡っていない。考えうるとすれば、それは──」
「各国の王侯貴族、あるいはフィーティア、というわけか」
「そうだ」
王子の言葉にアルスが頷く。
「だが、それも考えにくい。オウガはヒューゴ殿に偽の宝剣の製造を指示していた。開発はこちら任せ。本物を持っていれば同様のレプリカを作れと要求があったはずだ。それがなかったということは、フィーティアが妖精剣を持っている可能性は極めて低い」
「ふむ、ならばパトシナも無いの。あそこが手にしていればあの聖王のことだ。間違いなく、うちに揺さぶりをかけてくるだろうしの」
「ああ。同様に竜帝国の皇帝に剣が渡れば、伝承通りの威力を持つか、試してみたいなどと言い出すだろう。そうなれば、今ごろ帝国内の山が消失している」
「たしかに……」
ものすごく言いそうだ。
そして、山のひとつでも吹っ飛べば、ユーハルドにも噂が届くだろう。
「つまり、最初から宝剣は盗まれていない……?」
「あくまで仮説だがな」
アルスが珈琲を口にしながら相槌を打つ。
「それなら、剣はどこに行ったんだ……?」
ゼノがつぶやくと、グレンがぽつりと声を落とした。
「国王が、どっかに隠したんじゃねぇのか?」
「隠す? なんのために……」
「そりゃあ、次の奴に王を譲りたくないとか、宝剣をコレクションしたいとか、そんなんじゃねぇの? 知らねぇけど」
「コレクションって……」
たしかに珍しい剣ではあるが、そんな理由で隠されても困ってしまう。
ゼノが内心で困惑していると、グレンがぼんやりとした口調で続けた。
「だってよ。アルスの意見はもっともだろ? 仮に賊が盗んだにしても国宝級の剣だぜ? 大陸中まわってでも探すだろ、普通は」
「まぁ……」
「それがいまだに見つからないとか、上の連中が隠ぺいしてるとしか思えねぇし。なにより坊主の父ちゃんは国王の密偵だったんだろ?」
ケーキを素手で掴んで、もぐもぐと食べながら彼悩ましげに天井を見つめる。
「なら、国王が指示して、あとで父ちゃんが回収したって考えるのが妥当じゃね?」
「それこそ、なんのために? だったら最初から手元に置いておけばいいのに……」
「さあな。だが──」
王子が話を引継ぎ、仕切り直す。
「四年前にアウル殿が持ち帰った剣は間違いなくクラウスピルの宝剣だった。だが、当時それは偽物とされ、アウル殿は処刑された。その理由は不明だが──あるいは……」
「?」
途切れた言葉になんだ? とゼノが首を曲げれば、王子はあごに手をやってなにか考えこんでいる様子だった。
それを一瞥し、若干申し訳なさそうな声でグレンがぼやく。
「悪ぃな。本当は宝剣のありかでも分かればパパっと解決したんだろうが……、さすがにそこまでは調べがつかなかったわ」
「いえ! 十分な情報ですよ。すごく助かりました、ありがとうございます」
「なに、ディーゼル殿の件で世話になった礼だ。大した情報ではないが、少しは君たちの役に立てたのなら何よりだ」
「その本心は?」
「今後ともよきお付き合いを願おう」
グレンの合いの手に答えてアルスはケーキを小皿によそった。
お代わりである。
「余からも礼を言う。ひとまず、今後はアウル殿が手に入れたという宝剣がいまどこにあるかを探すところからだな。城に戻り次第、動くぞ」
話に戻ってきた王子が椅子から腰を浮かせる。
そろそろ屋敷を出る、という合図だ。
彼を見上げてゼノは言った。
「あの剣でしたら、アウルと一緒に埋葬しましたけど」
「なに?」
王子が眉をひそめて振り向く。
「いや、ですからあの時の剣なら棺の中に入れましたよ」
ゼノは王子にアウルの葬儀の話を語る。
アウルは処刑前に土葬を希望した。
だから亡骸を棺に入れて、グランポーンまで運ぶことになったのだ。
その際、ふたを閉じる前にケイトがアウルに剣を持たせていた。
それが処刑の原因となった剣だったから、ゼノはなんでそんなものを入れるんだ、愛用していた剣を入れてやれ、とケイトに抗議した。
だけど彼女はこれでいいと言って、棺のふたに釘を打ったのだ。
そのことを話すと、王子の顔色が変わり、アルスも目を見開いた。
グレンはいつもの調子だが、苦笑を浮かべている。
全員の表情を見てゼノもハッと気がついた。
「……え? もしかして? うそ?」
「もしかして、じゃなくて、どう考えてもそれだろー、坊主」
グレンが呆れたように笑えば、アルスも頷き、王子が顔をしかめた。
「なぜそれを早く言わない」
「や、だって、聞かれなかったですし……」
「そうだな。聞かなかった余が悪いな。トトの泉でアウル殿の墓を見たときに気づかなかった余が悪かった。──と、言うと思うか?」
「すみませんでした……」
反射的に謝れば、今日二回目の深いため息をつかれた。
「でも、なんで墓の中に?」
「そんなもの決まっておるだろう? それが、父上から受けた命だからだ」
「⁉」
ゼノがぎょっと目を剥くと、グレンが謎を紐解くように指先を動かした。
「──絶対に誰にも見つからず、奪われず。それでいて、有事の際にはすぐに手に入る場所。おおかた、そんな示し合わせでもあったんじゃねーの?」
アルスが頷き、話を引き継ぐ。
「棺の中ならば、よほど墓を荒らす者が現れない限り、掘り起こされる心配はない。文字通り肌身離さず剣を守っていた、というわけだ。見上げた忠誠心だな、君のお義父上は。そのために、わざわざみずからの命を差し出したのだから」
そう続いたアルスの感想に、グレンが「どっちかっていうと、骨身離さずじゃね?」と返すのを聞いてゼノは思う。
いくら国王の命令だからといって、死を選ぶだろうか?
もしそうだとすれば、アウルはなにをもってレオニクス国王にそこまでの忠義を誓うのだろう。
自分がもし、ライアス王子に同じことを命じられたとして実行するかといえば──
「案ずるな。余はお前にそのようなことは命じない」
「え?」
「顔を見ればわかる。くだらぬことを考えている暇があるならこのあと墓を開ける心づもりでもしていろ」
「こころづもり?」
「ほれ、坊主。棺を開けるってことは、腐乱した死体とご対面~ってな?」
「うわ……」
「大丈夫だ。四年も経っているなら骨になっている」
アルスのフォローになっていないフォローにゼノはげんなりするも、ひとまず宝剣のありかが分かり、ほっと息をついた。
これで次の王はライアス王子となる。
もちろん剣を確認してみなければ分からないし、たとえ本物であっても、四年前のように偽物だと断じられてしまえば意味がない。
でもきっと、大丈夫だろう。
なぜなら不思議とそんな予感するから──。
「待たせたな」
宝剣の話に区切りがついたところでヒューゴが戻ってきた。
書類を受け取り、王子が目を通し、細かな点を指示して直しを入れさせ(かわいそう)、話し合いは終わった。
ゼノたちはヒューゴの書状を手にし、ユーハルドへ戻る。
そしてこれから起こる出来事は、ゼノ自身と、ゼノと彼らの関係性を少しずつ変えていく、本当の意味でのはじまりだった。




