125 ミツバの悩みは解決する
(なんなのよ、あの子は!)
突然走り出したクレハを追いかけようにも、この街の自警団から今の爆発について事情を聴かれ、ミツバはいま見たことをありのままに話した。
すると、自警団いわく、爆発音こそあったとはいえ、小箱をまとう炎は不思議なことに熱くないとのことだった。
「つまり、触っても火傷をしない火薬を使っているということかしら……」
聞いたことがある。
錬金術士が作る火薬の中にはそういう特殊なものがあるのだと。
マークス・シール。
以前、リミュエル離宮で働いていた厨房見習いの少年が言っていた。
「……はあ、なんであたしがあの子のお守りなのかしら……」
自警団から解放されたミツバは通りの先を見る。
『これから一緒に行動することになったクレハだ。仲良くしてやってな』
あの日、ネージュメルンを出発する間際に紹介された栗毛の少女。『よろしくお願いします、ミツバ姫!』と元気よく挨拶をしてきた彼女にミツバは焦燥にも似た感情を抱いた。
綺麗な娘だ。
おまけに素直で、ちょっと抜けている。目が離せない。
ミツバでさえそうなのだから、幼なじみにとってもそうだった。
案の定、ちょくちょく声をかけては構っている。
おまけにすぐにまわりとも打ち解けて、ミツバとしては自分のテリトリーに土足で上がられたような不快感を覚えた。
それに、彼女はどこかおかしいのだ。
さきほどの人助けの嵐。
いや、それ以前にベリル砦でも敵の怪我を心配していた。
お人よしが過ぎるというか、なんというか。
しかも、彼女は絶対に『イヤ』とは言わない。
それどころか常に笑顔で、人が面倒くさがることも率先して引き受ける。
この道中、ミツバはずっと見ていた。
クレハはどんなに疲れていても全員分の食事を用意し、野営の準備も積極的に動き回り、見張り役にも手を挙げていた。
さすがにそこは交代制で行ったが、クレハはなにに置いても『自分よりも他人優先』ということが抜けない娘だった。
正直、気持ち悪いと思う。
だってそうだろう。
善人面した人間など、もっとも胡散臭いではないか。
だからミツバは極力クレハとは距離を取った。
ベリル砦で彼女へきつく当たってしまったのは、終始彼女と一緒でイライラしたからだ。
ダメだと言われて追ってくるクレハもそうだし、彼女のことを気遣うゼノにもモヤッとした。
ミツバにとってクレハはあらゆる意味で受け入れがたい相手だった。
「──って、はやくあの子のこと追いかけないと!」
ミツバはハッと顔を上げる。
また勝手に動かれても面倒だ。なにをしでかすかわからないし。ミツバはクレハを追って駆け出した。
◇ ◇ ◇
「こっちの方面であってるよね」
独りごちるクレハに頷くように、彼女の足元で子犬が「わん」と小さく鳴いた。
十五分ほど走ると寂れた区画に出た。
放棄された空き家。
ボロボロの屋根に、隙間風が寒そうな薄い壁。
そんな家々が何軒も立ち並ぶ中を、クレハは北に向かって走る。
ところどころ足場が欠けた石階段を下りた先、小さな一軒家が見えてきた。
古びた木造の家だ。
近づくと、クレハは壁沿いにしゃがみこみ、これまた割れたガラス窓からそっと室内を覗きこんだ。
予想通りボロい家。
おそらく廃屋となったこの場所を、賊の一派が根城にしているのだろう。
事実、中にはふたつの人影があった。
「実験は上々だ。途中、小せぇ犬には邪魔されたが、あれをあのまま街にばらまけばパニック間違いなしだ」
「そうか。やはり火薬を増やしたのは正解だったな。手に入れるのに苦労はしたが、金をかけた甲斐はあるというものだ」
「だな。これが成功すりゃあ、俺たちも金持ちの仲間入りだ。あとは適当に田舎に店でも構えてのんびり過ごそうぜ!」
ゲラゲラとふたりの男たちが笑う。
どうやら、人が集まる歓楽街に小箱をばらまき騒動を起こし、自警団をそちらにひきつけているあいだに宝石商へと押し入り、金品をせしめる。
その後は素早くシスタスの街から出てのんびり余生を過ごす、という算段らしい。
軽薄そうな男たちは『人間まじめに働いたら負けだよな』とかなんとか言って酒を酌み交わしているようだった。ダメな大人だ。
「自堕落ここに極まれり……」
クレハはぎゅっと眉根を寄せた。
そこへミツバがやってくる。
「クレハさ──」
「し!」
ぴしりと人差し指を唇に押し当て、クレハはミツバに制止のサインを送る。
すぐにミツバは口をつぐみ、クレハの隣にしゃがんだ。
「──そろそろ説明してくれるかしら?」
音量を落としたミツバの声に、クレハは短く頷き説明する。
「さっきの小箱。あれはうちの商会で作っていた子供向けの商品なんです。びっくり箱って言って、開けるとびっくりする箱なんですけど、中に火薬が仕込まれてて」
「子供向けの商品なのに?」
こくりとクレハは首肯する。
ちゃんと熱くない火が出る火薬を使っているから安心安全なんです、とミツバに話せば、意外とすんなり納得してくれた。
どうやら自警団のお姉様がたから事前に話を聞いていたようだ。
さきほどの男たちの会話も伝えると、ミツバは腕を組んで眉間に深いシワを作った。
「つまり、ただのオモチャがこれから犯罪に使われるってわけね」
「そうです」
「ふぅん。で? おまえはどうしたいわけ?」
「もちろん、止めたいです。うちの商品を犯罪なんかに使わせない!」
「なら、決まりね。行くわよ」
互いに頷き合い、先にミツバがひらりと窓枠を飛び越え、室内に侵入。続いてクレハも中に入り、男たちに木剣を向ける。
「宝石商強盗計画の話は聞きました。悪いけど、そんなことはさせないよ!」
凛然とクレハが言い放つと、突然の侵入者に唖然としていた男たちの顔が、すぐに下卑た笑みへと変わる。
それが、ミツバの怒りを助長したらしい。
ミツバは跳躍すると鋭い角度で敵に飛びこみ右ストレートをくらわせた。
茶髪の男が部屋に溜まったホコリを巻き上げる形で反対側の壁まで吹っ飛んだ。気絶。
残った黒髪の男がひるんだ隙に、クレハは木剣で男の腹を突く。
男は苦悶の表情を浮かべて膝を崩すと、腹を抑えてクレハをねめつけた。
「なにしがる! このクソアマ──ぐっ!」
男が罵詈雑言を吐く前に、ミツバの手刀が彼の首のうしろを襲う。
そのまま前に突っ伏す形で男は昏倒した。
「弱っちい奴らね。ま、いいけど。さてと──」
ぱんぱんと手を払うとミツバは机の前に移動する。
なにか見つけたらしい。
クレハが横からミツバの手元をうかがうと、それはびっくり箱の構造を記した図面だった。
中の仕掛けを作動させないよう安全に箱を開ける方法。
どうやら小箱の隙間から定規を入れて開くと、上蓋についた火薬が下に敷き詰められ雷石(パチパチと火花を散らす石)に着火しないらしい。よく調べ上げたものだ。
ちなみに火薬と雷石のあいだには、特殊な仕切りがある。
それを動かないよう定規で固定して、火薬を追加し、再びふたを閉じると威力倍増の改良型びっくり箱の完成、というわけである。
「だからさっきのびっくり箱はあんなに威力が強かったんだ……」
クレハが呟くと、ミツバは図面を懐にしまった。
「これは証拠品として処分しないほうがよさそうね。あとはここにある箱だけど──」
ずらりと棚に並んだ小箱。
数として五十個以上はあるだろうか。
改良もさながら、よくこれだけ揃えたものだとクレハは感心する。
あれは冬季限定の商品だ。
つまり昨年流れたものを、男たちはせっせと手元に集めたのだ。
ミツバはひとつ小箱を手に取ると、こつこつと指で箱の側面を弾いた。
「モノはけっこういいようね。思ったよりも細工がキレイだわ」
当然だ。
その入れ物はこの街の職人に特注したもので、父がとことんこだわり抜いた一品なのだ。
職人からは『あの、もういいですか?』と渋い顔をされ、商会の生産課からは『クオリティも大切ですけど納期守ってください』と苦言を呈されながらも何度もリテイクを重ねた至高の箱なのである。
クレハはぐるりと室内を見渡す。
気絶していたはずの男が立ち上がり外へと走る。
「あ! 待ちなさい!」
「うわ……、仲間を置いて逃げるとか最低ね」
軽蔑した視線を男の背中に送ってミツバが小箱を棚に戻す。
だが、入り口に目を向けたまま、小箱を置いたのがまずかったようだ。
彼女の手を離れた小箱は棚の角にぶつかり、床へと落下する。
そう、蓋が開いた状態で──。
◇
「しまっ……」
ミツバは目を見開く。
しかし時すでに遅し。まばゆい閃光が部屋の中を走り、同時に誰かが自分の腕を引っ張った。
──この桜の香り、あの子だ。
そう気が付いた瞬間に耳をつんざく爆発音とともに七色が視界を覆った。
花火がさく裂したのだ。
ミツバは外の芝生に倒れこみ、光の中に消えるクレハを見た。
(なんで……)
なんで、自分を庇ったの?
ミツバは頭が真っ白になる。
連動する小箱の爆発が、建物全体を揺らして壁やら屋根を破壊する。
「クレハさん⁉」
叫び、急いで立ち上がり、中へと入ろうとする。
しかし戸から漏れ出す硝煙に咳き込み、ミツバはうしろにさがる。
なるほど、あの少女ならこういう行動に出るだろう。
自己犠牲。
それはミツバが一番嫌いなことだった。
(母様とシオンと同じくあの子まで──!)
自分を逃がすために母は賊の前に立った。
それを守るように弟が間に入って賊に斬られた。
弟の利き手が吹き飛ぶその瞬間が、その光景が、鮮明な赤となってまぶたの裏に蘇る。
「はっ、は……! クレハさん、どこ⁉」
苦しい息を吐きながら、引火が止まった廃屋に入ると、クレハの姿はなかった。
かわりにあるのは無数の炎だけ。
確かに熱くない。
特殊な火薬だと言っていたから火傷の心配はなさそうだ。
煙を吸い込まないよう服の袂で口元覆いながら、ミツバは室内を見渡す。
穴を見つけた。
ぽっかりと、床に大きな穴が開いていて、その下からうめき声のようなかすかな音が聞こえた。
すぐにしゃがんでミツバが目を細めると、暗がりの中に仰向けで倒れるクレハを見つけた。
彼女の飼い犬が心配そうに彼女の頬をぺろぺろと舐めている。
「──クレハさん⁉ ちょっと、大丈夫⁉」
地下室、なのだろう。
もともと半壊していた建物だ。
いまの爆発で床が抜け落ちてもおかしくはない。
どうやらクレハはこの穴から下層に落ちてしまったらしい。
いてて、とつぶやき彼女が身を起こす。
尻の下にいる男を見て飛びあがっている。
ごめんなさいという小さな声も聞こえた。
この状況で敵の心配とかどれだけお人よしなのか。
ミツバは呆れを通り越して、つい笑ってしまった。
「……あ、ミツバ様! 無事ですか? すみません、けっこう強く投げ飛ばしちゃって。今そっちに行きますね!」
登れそうな場所を探しているようだ。
瓦礫を足で踏んで、登っても大丈夫そうか確認しているらしい。
元気なものである。
(あの子、ある意味運がいいわね……)
いくら熱くない火とはいえ、この爆発の最中だ。
倒壊した家の中で瓦礫に埋もれず無事だっただけで奇跡に近い。
しかも男を下敷きにしたおかげ(?)で怪我といっても軽傷だ。
現にいまも、たどたどしい足さばきでクレハが瓦礫をのぼってくる。
それを見下ろし、ミツバは思う。
(なんか、いろいろ考えているこっちの方がばかばかしいわね)
彼女の行動に裏はない。
善意も悪意も打算も。
そもそもそれ以前に本人はなにも考えていないのだろう。
加えてこの間抜けなほどの明るさだ。
自分以外の面子がすぐに彼女と打ち解けた理由もよく分かる。
あの白髪の幼なじみが、彼女に優しくするわけもよく解る。だって、
(昔からそうなのよね)
放っておけないのだろう。
見ていて危なかっしいというか、目が離せないというか。
幼なじみは何故だかそういう手合いに弱い。
だからつい構ってしまう。
それだけの理由だ。
「はあ……」
ミツバは右手を持ち上げ、クレハの顔の前に差し出した。
「ほら、掴まりなさい。そしてさっさと帰るわよ、……クレハ」
「──っ⁉ ……う、うん! 帰ろう、ミツバ様!」
いや、そこはミツバでしょうよ、と思いつつもミツバはクレハを引っ張りあげる。
柔らかな日差しが栗毛の少女の頬を照らす。
自分の手を握り返したクレハの笑顔はとても綺麗だった。




