124 仲良くなりたいクレハさん
ざわざわと、賑わいをみせる表通りをクレハは歩いていた。
「──それで? どうしておまえと一緒に探さないといけないわけ?」
「そ、それはじゃんけんで決まったからでして……」
隣には不機嫌オーラ全快の姫。
なんでこんなことになったのだろうとクレハは肩を落とす。
先刻、ゼノが毛玉あざらしのぬいぐるみを探しているというので手伝ったはいいが、まさかミツバと一緒に店を回ることになるとは思わなかった。
正直、気が重い。
クレハはミツバの横顔をちらりと盗み見た。
(綺麗な人……)
クレハも職業柄いろんな人と話す機会はあるが、彼女ほど美人な女性は滅多にいない。
ぱっちりとした長いまつ毛に桜色の唇。
すっとした小鼻。
凛とした空気を纏う彼女は、さすがは王族だなとクレハは思う。まさに高貴な美しさだ。
(まあ、でもちょっと話に困るのがどうしようって感じだけど……)
現にいまも会話が続かないどころか、ぎくしゃくしている。
ミツバはかなり勝気な性格だ。
お姫様だからと言われれば納得だが、クレハとしてはもう少し歩み寄りが欲しかった。
なにせ、話かけても素っ気ないし、たまに話が出来たと思えば、いまみたいに怒ったような口調……否、怒っているのだろう。
ひどく不機嫌で、そのたびにクレハは落ちこむのだ。
(どうやったら仲良くできるのかな……)
唇に指を押し当て灰空を見上げる。
仲良く並んで飛び立つ小鳥。
仲睦まじく囀りながらクレハの頭上を通過する。
あんな風にミツバとも親しくなれたらいいのに。
『言いたいことはハッキリ言ったほうがいいよ。そうじゃないと伝わらないから』
それは先ほど二手に分かれる際に、ゼノがこっそり耳打ちしてきた言葉だ。
彼も自分と彼女の不穏な仲を気にしているのだろう。
今後の移動にも支障が出る。
クレハとしても早急に解決したい問題だった。
「──ねぇ、聞いているのかしら?」
「えっ! な、なんでしょう、か⁉」
ハッと我に返り、慌ててクレハは笑顔で対応する。
まずい、まずい。
あれこれ考えすぎて、心ここにあらず。
こういう態度は相手に悪い。
気をつけなれば。
クレハがにこりと口角を上げるとミツバが眉を寄せて口を開いた。
「おまえ、ゼノのことをどう思っているわけ?」
「ゼノ様? どうって、どう?」
首をかしげると、ミツバの眉間のシワがさらに濃くなった。
「ずいぶんと親しげだけれど、あいつに気でもあるのかしら?」
「気? なんの気ですか?」
もっと深いシワになった。
「あ、もしかして魂の気のことかな? そうですね、ゼノ様はなんかこう……静寂をまとった『闇夜』って感じですよね!」
「………………」
的確に表現するなら、『こいつ、本気で言っているのか?』という顔をされてしまった。
やがて頬を引きつらせてミツバは額に手を置いた。
「……それで? 毛玉あざらし、だっけ? そのぬいぐるみとやらはどこに置いてあるのよ」
「あ、多分どこかのお店にあると思います」
「どこかっておまえねぇ──はあ……もういいわ……」
ミツバが文句を言おうとして口を閉じる。
すぐに前を向いてしまった。
大きな欠伸を噛みしめて、なんだか眠そうだ。
もしかしたらきのうはあまり眠れなかったのかもしれない。
でも美人はあくびをしても美人だなぁ、とクレハは思った。
そのままミツバと並んで歩くこと前方──通りの先。小脇にかばんを抱えて走り去る男のうしろ姿が見えた。
路上には老婆が膝をついて倒れこんでいる。
──ひったくりだ!
クレハは直感的に理解して走り出す。
そのあとを子犬が追いかける。
やや遅れて後方からミツバの狼狽する声が飛んでくる。
「……へ? は⁉ ちょっとおまえ、いきなりなにを走って──」
「待っちなさーいっ! シュバルツァー!」
「ぎゃんぎゃんっ!」
「うわっ、なんだこの犬!」
クレハの前を子犬が先行する。
男の真横にぴたりと張り付き激しく吠える。
男は怯んだのか足の速度がわずかに落ちる。
──好機。
腰の木剣を引き抜き姿勢を低く、クレハは一足飛びに路地を駆け抜けると男の脛のうしろを剣で突いた。
ぐぅっと、小さなうめき声が聞こえて男は路上に転がった。
「さあ、お婆さんの鞄を返してもらうよ! ひったくりのおじさん!」
「くそっ!」
いかにも小悪党っぽい顔つきの男がクレハを見上げてねめつける。
しかしすぐに集まってきたこの町の自警団に縄で縛りあげられ、男はどこかに連れていかれた。
ベレー帽にタイトなミニスカート。
黒の革張りジャケット。
手には鞭。
金髪の色っぽいお姉さんが『ご協力ありがとうね♥』とウィンク付きで去って行く。
あれはサーレ知事の趣味だと祖父が言っていた。
なんでも、人前でビシッとしていないといけない職業につく人ほどああいう隠された秘密があるのだと、義兄グレンが教えてくれた。
きっといろいろなことから解放されたいのだろう。
黒の網タイツから覗く白い美脚が眩しかった。
「おまえっ、いきなり走るから何かと思えば! ひったくりなら先に言いなさいよ、馬鹿!」
ミツバが老婆を連れて歩いてきた。
クレハはミツバに謝り、老婆にかばんを渡すと何度も頭をさげてお礼を言われた。
今度からは気をつけてくださいねと笑って返し、クレハはミツバと一緒にぬいぐるみ探しに戻った──と、見せかけて、
「あっ! 路地裏で女の人が絡まれてるっ」
「ええ⁉ ちょっと!」
「あっ! 窓から植木鉢がっ! そこの人、危ないよっ」
「待っ──」
そんな調子で次々と人助けに走るクレハ。
ミツバが子犬と一緒に息を切らしてついてくる。
やがて本来の目的を見失い、二人(と子犬)は町の中を奔走したあげく、迷子になった。
「あれれ? どっちから来たんだっけ……」
「くぅん……」
クレハは子犬を抱えてあたりを見回した。
その肩をミツバがガシッと掴む。
「あのねぇ……!」
そのあとは罵倒の嵐だった。
「さっきからなんなのよ! 走って走って走って走って!」
「あ、あの落ちつ──」
「うっさいっ! 人助け? それは結構よ! でもね⁉ こんな後先考えずに走り回ったら迷うのも当然よっ、ちょっとは頭を使いなさいな‼」
ぴしゃりと激しい一喝だった。
クレハはしゅんと首をすぼめると『ごめんなさい』と呟いて反省する。
いつもの自分の悪い癖なのだ。
目の前で困っている人を放っておけない。
それはクレハの美点でもあり短所でもある。
滅私奉公が常日頃の自警団。
半ば職業病のような習慣を差し引いても、彼女は超がつくほどお人好しだった。
ミツバが長いため息を吐く。
「……まあいいわ。過ぎたことを言っても仕方がないもの。それよりここからどう戻るのよ。さっさと案内しなさいな」
「それが……私も道が分からなくて……」
「なんでよっ──って、はあ……、もう怒ることさえ疲れたわ……」
二人でぐったりしながら路地裏を歩いていると、とつぜん子犬が駆け出した。
「嘘でしょ? アイツまでまだ振り回すつもり?」
「シュバルツァー、だめっ、戻って!」
ばたばたとふたりで子犬を追いかける。
路地から出て大通り。
子犬は速度をあげると小さな女の子めがけて飛びかかった。
「──シュ、シュバルツァー⁉」
クレハの制止の声も虚しく、子犬は女の子の腕に体当たり。
女の子が抱えていた白い小箱が地面に転がる──そのときだった。
パンッと乾いた音が鳴って、まぶしい閃光が目を焼いた。
クレハは思わず目をつむる。
やがてそっとまぶたを開けると炉端に落ちた小箱から、桃色の炎があがっていた。
「まさか爆弾……⁉」
遅れて到着したミツバがクレハの隣に並んで目を見張る。
女の子の泣き声と、爆発音を聞き付けた自警団のお姉様がたが直ちに駆けてくる。
まわりの通行人たちも動きを止め、ざわざわと、パニック寸前のどよめきが波のように押し寄せる、その中で──
「いまの人……、笑ってた」
群衆の奥、やや離れた場所からこちらを見て、にたりと笑う男がいた。
年のころはおそらく二〇代半ば。
黒いフードを被り、口元のみしか見えないが、その男は明らかにいまの爆発を楽しんでいた。
男はきびすを返すと大通り脇の細い路地へと入っていった。
単なる野次馬ではない。
クレハの直感が、彼女の足を動かした。
「クレハさん⁉ ちょっと──」
うしろからミツバの声が聞こえる。
申し訳ないが、振り返る余裕はない。
いまの男を追わなければ。
クレハは子犬を連れて、薄汚れた細い路地を全力で駆け抜けた。




