123 ミッション、毛玉アザラシのぬいぐるみを探せ
シリアスな話が続いたので、この章は息抜き回です。
「──あっ、しまった!」
露天商をのぞいていたゼノは唐突に叫んだ。
びくりと肩を震わせ店主が目を丸くする。
「おうっ、どうした兄ちゃん。急に大声なんか出して」
「まずい……、毛玉あざらしのぬいぐるみ買うの、忘れてた……」
「ぬいぐるみ? ああ、リフィリアちゃんへのおみやげだっけ?」
贈る相手もいないのに、なぜか装飾品を物色していたリィグが振り返る。
「そう、土産! 今から買いに行くぞ、リィグ!」
「え、いまから? シスタスバケッドは? パン屋さんはこの先だよ? この町のご当地パン食べるんじゃなかったの? 限定五十個だよ? せめて買ってから行こうよ──って、マスター!」
「──おい、坊主! 買わないんかい!」
「すみません、また今度で! リィグも急げ!」
ぐだぐたうるさいリィグの制止と店主の声に返してゼノは駆け出した。
慌ててついてくるリィグの足音が耳に届いてくる。
(まずい、完全に忘れてた……!)
冷たい雪が舞い散る中、ゼノは表通りを疾走しながら思い出す。
あれは秋に城を出た時のことだ。
リフィリア姫からイナキア土産に『毛玉あざらし』を所望された。
しかし、流石に生き物を連れて帰るわけにはいかないから、ぬいぐるみで代用しようと思っていたらすっかり買うのを忘れていた。
早急に店を回って探さなければ。
万が一ご所望の品を用意できないとなれば、きっと姫はしょぼんとしてしまうだろう。
カーテン越しにがっかりする姫の姿が目に浮かび、ゼノは足を早めた。
そうしてこのあと一日中、シスタスの都を駆けずり回る羽目になることを、今のゼノは知らない。
◇ ◇ ◇
「毛玉アザラシ? あー、雪海に生息する白いアザラシのことだよね?」
ゼノとリィグが通りの店を当たっていると、お洒落なテラスの一角でお茶を楽しむクレハを見つけた。
すぐ側にはアルス、それからグレンもいる。
もぐもぐとケーキを頬張るクレハはただいま十時のおやつタイム中だ。
「毛玉アザラシか……。そういえば今年の夏の流行品だったか」
「だな。『暑苦しい夏に涼やかな癒し♪』とか、なんとか言って、やたらとアザラシ推しだったよぁ、今年は。商都でも毛玉のやつをいたるところで見かけたぜ」
「毛玉なら、ますます暑いんじゃないの?」
アルスとグレンの会話にリィグが的確なツッコミを入れる。
クレハがフォークを口にくわえて「うーん」と唸った。
「流行品ってブームが去ると一気に店頭から消えちゃうからねー。シュバルツァーのぬいぐるみで良ければ、この町にもあると思うけど……」
「あるんだ、シュバルツァーのぬいぐるみ」
子犬が嬉しそうに『わんっ』と吠えた。
「いちおうネージュメルンでなら、まだこの時期でも毛玉グッズが飛ぶように売れるって話は聞いたけどね」
「そうなのか?」
「うん。お父様も毛玉あざらしのパジャマを出してるから。商都で余った在庫をネージュメルンに輸送してたし……あ、良かったらいる? たくさん在庫あるから、言えばタダでくれると思うよ」
「じゃあ、あとでオレの家に送ってもらえる?」
「もちろんだよ」
「いや、もらうんかい」
グレンが紅茶を吹いた。
その隣で何かを考えこむようにアルスが葡萄の皮をむく。
「そうだな……、クレハの言う通り、流行品というものは流行りが廃ると瞬く間に店先から姿を消す。おそらくこのシスタスにも置いてある店のほうが珍しいだろう」
ぱくっと葡萄を口に運び、指についた果汁をなめとった。
それを見たクレハがアルスに布巾を渡して立ち上がる。
「私も一緒に探すよ」
「いいのか? ふたりとお茶してたんだろ?」
邪魔してしまうのも悪いような気がしてそう言えば、クレハは笑って「全然」と答えた。
「多分、町中を探せばどこかにはあると思うし。そんなわけで、ちょっと出かけてくるね。シュバルツァー、行くよ!」
「わんっ」
子犬が愛らしく鳴いて、アルスの膝上から飛び降りる。
「日が暮れるまでに戻ってこい。間違っても裏通りには入るなよ」
「分かってるよ、アルス」
「それと、店主の口車に乗せられて変なもんを買わされねぇよう注意しろよ?」
「大丈夫。買わないよ、お兄ちゃん」
「ならばいい。それから異人狩りを見かけても近づくな。やたらと愛想のいい男にもだ」
「あと、包帯まいた子供にも騙されんなよ、クレハ」
「わ、分かってるよっ! ふたりとも、ゼノ様たちの前でそんなに言わなくても!」
次々と注意事項を口にするアルスとグレンにクレハは辟易した様子で叫んだ。
「すっごい過保護だね」
「だな……」
クレハをつれてゼノは場所を移動した。
◇ ◇ ◇
「どこから探すか……」
「うーん、とりあえず、小さい子向けのお人形屋さんとかかなぁ?」
「確かに。人形屋さんならぬいぐるみも置いてありそうだね~」
「それじゃあ、まずは人形屋に行くか」
ゼノたちは三人で細い通りを歩いていた。
シスタスは工芸品の町だ。
金銀細工に宝石細工。ガラスや陶磁器などの加工も得意としており、通りを歩くだけで店先に飾られた品々が目を楽しませてくれる。
上空から見て蜘蛛の巣状の形。
町の中央には観光客に向けた工芸品メインの店が集中し、食料や日用品などの住民向けの店は西側に多く立ち並んでいる。
南の区画は歓楽街。
さすがは古都と呼ばれるだけあって、歴史を感じさせる街並みをしている。
ゼノはクレハに案内されながら町を散策した。
「ここなんかどうかな」
クレハが指差す看板の扉を開くと、中は落ちついた雰囲気だった。
棚には少女向けの人形が並んでいる。
フリルたっぷりのドレス。
ウェーブのかかった長い髪。
瞳には宝石のような磨かれた石が嵌められており、若干怖い。
「ボクたちを見てるみたいだね」
「そういうこと言わないで」
怖いことを呟くリィグに返し、前にもこんな会話をしたなと思いつつ、ゼノは店内をぐるりと見渡した。
毛玉あざらしのぬいぐるみは、無いか……。
「いらっしゃい、人形をお探しで?」
気立ての良さそうな中老の男が店の奥から出てきた。
店主だろう。
彼はクレハを見て、近くの人形を手に取り、なにやら勧め始めた。
「どうです? こちらは最近入荷したミリーちゃんの人形でして、洋服のバリエーションもいくつかご用意がございますよ。お土産におひとついかがですか?」
「い、いえ……。私はもう人形で遊ぶ年でもないですし……」
「そうですか? でしたら、こちらの子犬のぬいぐるみはいかがでしょうか。そちらのワンちゃんと同じく可愛らしいと若い娘さんから人気ですよ」
「そ、それは……お父様の……」
たじろくクレハに店員が首を曲げる。
おそらく彼女の反応から察するに、それが例のシュバルツァーのぬいぐるみとやらなのだろう。
つぶらな瞳がうまく再現されている。
「ここには無さそうだな。次に行くぞ、リィグ」
「そうだねー」
ゼノは店の扉に靴先を向ける。
うしろで子犬のぬいぐるみを買わされているクレハにも呼びかけ、ドアノブに右手を伸ばす。
とつぜん扉が開いた。
驚いて、手をひっこめると扉の先に瞳を丸くするミツバが立っていた。
「ミツバ⁉ なんでここに──」
「おまえ……、まさかそういう趣味があったなんて知らなかったわ……」
「ちがっ! 誤解だ、誤解!」
ファンシーな店内を一瞥して眉をひそめるミツバに慌てて訂正すれば、うしろからクレハの声が聞こえた。
「ごめん、お待たせー。結局シュバルツァーのぬいぐるみ買っちゃった──って、あれ? ミツバ様?」
「クレハさん? ……ああ、なるほどそういうことね」
じとりと鋭い眼差しが飛んできた。なぜ。
「ミツバちゃんもお人形買いに来たの?」
リィグがたずねると、ミツバは若干焦った様子でつんっと横を向いた。
「違うわよ。暇だったからこのへんを散策していたら良さそうな店があったから中に入ってみようと思っただけ。べ、別に人形が欲しいとかではないわっ!」
最後のセリフを語気強めで言ってから、彼女はちらりとゼノの顔を見た。
「そうか。じゃあ、暇ならミツバも手伝ってくれないか?」
「……? 手伝う? なにを?」
「毛玉あざらしのぬいぐるみ探し」
ゼノが笑ってそう言うと彼女は『毛玉?』と首をかしげた。




