11 誘拐犯を追え!
「——ふざけるな! 軍を出せないだと⁉」
正門近くに建てられた軍の詰め所。
普段は城に常駐する兵たちだが、王都の治安を維持するため交代制で町の巡回などを行っている。
ここはその時に使う兵舎だ。
いちおう住民たちの嘆願を聞く場所にもなっているので、相談窓口なんかも置いてあり、ゼノはその窓口に思いきり拳を叩きつけ、叫んでいた。
「そう言われてもな。我々も急に配置を動かすわけにはいかんのだ」
「いやいや王族が誘拐されたんだぞ! ふつうは探すだろ、いますぐに!」
「仕方なかろう? ただでさえ祭りの警備で忙しいというのに街道の見張りもあるんだ。最近また森狼の被害が多発しているからな。街道の安全を確保せよと上からのお達しだ」
「だとしてもだ! 緊急事態だろうがっ!」
「わかっている。だからいま──」
受付の男はいかにもめんどくさい、といった様子で席を立った。
仕事をしろと言いたい。
あとその黒眉に金髪は合わないと思います。
「非番の者を呼び寄せ、捜索にあたる。貴様はさっさと持ち場に戻れ」
「は? 非番⁉ そんなの各地区に配置している兵を動かせばいいだけだろ!」
「無理だ。今はサフィール殿下が南街道に出ておられる。此度の指揮は殿下がなされているのでな。勝手に兵を動かしては怒りを買うやもしれん」
「なっ! おい──」
男はそのまま詰め所の奥へと引っ込むと、同僚たちと世間話を始めてしまった。
くそっ、あのヅラ野郎めが。
ゼノは心の中でしっかりと悪態をついてから兵舎を出た。
「しかしまぁ、まさかここまでひどいとはなぁ……」
ユーハルドを治めるレオニクス王には三人の妃がいる。
正妃以外はすでに亡くなりライアス王子の母親も数年前に他界したと聞いている。
その母妃は、平民どころか素性の知れない娘だったようで、宮廷からも軍からもあまり歓迎されていなかったらしい。
よって、今回の非協力的な姿勢もそこから来るものだろう。
だが、ことは王族の誘拐事件だ。
なのにこの軍の対応はありえない話である。
ゼノは兵舎の前でため息を零すと、連れの少女を探した。
「フィー、どこだ?」
いない。
通りを見渡す限り銀髪少女の姿はない。
──が、こちらを見ながらクスクスと笑って通り過ぎる通行人たちに、ゼノは首をかしげた。
「ゼノ、遅い」
「うわぁっ!」
下。地面。
ひざに泥をつけて四つん這いのまま見上げてくる少女にゼノは仰天した。
「え……、あの、何をしてるのかな?」
「ライアス、探してる。フィー、鼻、鋭い」
「そ、そっか……」
ドン引きである。
口数の少ない少女は一応これでもライアス王子の護衛長だ。
ふたりしかいない超精鋭部隊を率いる彼女の言動は、ほとんどが単語のみで構成されている。
けれど、会話が苦手というわけではなく、頭よりも先に身体が動くタイプなのだろう。
恥ずかしいので、フィーからちょっと距離を取ってゼノは通りの先を見つめた。
「困ったな……。あいつもまだ戻ってこないし」
さらわれた王子を追いかけたエドル。
彼からの連絡はまだだ。
ああみえて一直線……いや、愚直なところがあるからひとりで賊を追うような真似をしていなければいいが。
ゼノは短い息をついて、正門へと視線を切り変えた。
群衆の中に、馬にまたがる兵士を見つけた。
どうやら連絡用の早馬らしい。
おそらくは先ほどゼノが軍に伝えた内容を第二王子あたりにでも報せに行くのだろう。
兵士は検問所の役人に何か言うとその前を素通りした。
荷物の確認はしていない。
「…………あ」
そうだった。
観光客や商人の手荷物検査は行うが、軍や役所の人間は免除されるのだった。
いちいち荷物を調べていては政務が滞る。
だから基本は顔パス。つまり──
「王子を誘拐して逃走するなら役人とかに化けるのが一番楽だよな……」
賊にとってはそれが最も安全で、確実に、王都を抜け出す手段となりえる。
「──そうか!」
「?」
フィーが目を丸くして自分を見上げている。
急に大声を出したから驚かせてしまったのかもしれない。
そんな彼女に両腕を組んで、ゼノは得意げに言ってみせた。
「なぁ、フィー」
──検問しない荷車ってなんだと思う?
「わからない」
真顔だった。
「あ……うん。ちょっと話いい?」
こくんと頷き、フィーが立ち上がる。
気恥ずかしい想いに蓋をして、ゼノはこのあとの作戦内容を彼女に伝えた。




