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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第三章/前『死の商人編』

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95 どこの方言なんやろ

「さむっ」


 冬の夜は驚くほどに寒い。

 暦の上ではまだ秋だが、ここ、ネージュメルンは雪の町だ。

 星空から舞い降りる銀雪を眺めてゼノはほうっと白い息を吐き出した。


「フィー様、その服かわいいね。もしかしてうちで出してるシュバルツァーのローブかな?」


「……アルニカで、買った」


「ブティックアウロラ一号店だね! お買い上げありがとうございます」


 長袖の赤いジャケットに橙色のホットパンツ。

 そこからすらりと伸びたこげ茶色のタイツ。

 ドレスから着替えたクレハはゼノたちと一緒にネージュメルンの港に向かって歩いていた。


 なんでも港に『良さげな店』があるらしい。


 どう良さげなのかと言うと、すれ違いざまに宿へと戻ってきたリィグいわく、『女の子をデートに誘うなら絶対あの店』とのことだった。


 雪空レストラン。

 不凍港(一年中凍結しない港)の近くにある料理店だそうだ。


 べつにデートというわけではないけれど、ゼノたちはその店に向かって白い街路を歩いていた。

 その途中、隣に並ぶフィーに対して先ほどからクレハがあれこれ世話を焼いている。

 意外にも面倒見のいい彼女に弟妹きょうだいでもいるのかと訊ねれば、


「いるよ。一応は、だけどね。二年前にお父様と喧嘩して、真冬の夜に裸足で家を飛び出して行っちゃったんだ」


 との回答だった。

 どういう状況だ。裸足で逃走とか、家出の子細がとても気になる。

 だが、さすがに聞くのが憚れる内容だったので適当に相槌をうっておく。

 しかし、てっきり彼女は一人っ子だと思っていたから意外だ。


「──ところでさ。アウロラ商会って雑貨商だよな。武器とかも扱ってたりするの?」


「武器? うん、店舗には置いてないけどね。ほかの商会に卸すものなら作ってるよ。維持費や人件費。そのあたりを加味すると、けっこう自分の工房を持たない商会は多いからね」


「へー」


 王子から聞いている通りだ。もう少し探りを入れてみる。


「魔導品は? あれもアウロラ商会で作ってたりするのか?」


「作る? まさか。あれは遺跡から発掘されるものだよ? うちで扱ってるのも競りで落としたものがメインだし、流石に魔導品を作るのは無理じゃないかなぁ」


(まあ、だよなぁ……)


 ぽけっと首をかしげるクレハを見ながらゼノは心の中でつぶやく。


 魔導品(まどうひん)魔動機(まどうき)は、そのすべてが旧時代の遺跡から発掘される。


 遺跡を調査してそれらが見つかると、必ずフィーティアの鑑定が入り、一般市場に流れる『流通品』と、国家の重鎮相手に取引する『特別売買品』、破壊もしくは厳重保管の『封品(ふうひん)』の三つに分けられる。


 ちなみに魔導品と魔動機の違いはその造りにある。


 前者は、魔石の魔力を動力源とし、とりわけ装身具の形状が多い魔法の道具。


 後者は、大気中に漂う魔力。それを使って動く古代の機械からくりだ。

 比較的大型のものが多く、王都に流れる水道機構などはこれだと聞いた(死の商人が量産を画策している魔動砲もここの部類に入る)。


 ユーハルドをはじめとする各国では遺跡の調査とこれらの遺物の発掘に力を入れている。

 見つかれば、フィーティアの認可のもとで売買権利を得られたり、使用許可が下りるからだが、このあたりは長くなるので割愛する。


 ともかく、店で売られている魔導品類のすべては古代の遺物であり、作ることなど出来ないというのが、この大陸で広く浸透する一般常識なのである。


(それに普通に考えて、魔導品を作れる技師がいないもんな)


 錬金術士。

 古い時代に栄えた学問──『星霊学(せいれいがく)』から派生した、錬金術とかいう技術で魔導品類は作られている。


 けれど、錬金術士の存在は希少だ。

 昔は多くいたそうだが今では絶滅寸前。

 ゼノもロシェくらいしか知らない。

 よって、フィーティアの介入もだが、圧倒的に技師が足りないから作れないのだ。


「──あっ! ついたよ。あそこじゃない?」


 ゼノが思考の海に沈んでいると、クレハが向かいの通りに立つやたらとおしゃれな店を指して叫んだ。

 群青色の看板。

 キラキラと輝くイルミネーション。

 夜闇に浮かぶ色とりどりの魔石灯(ませきとう)が、まるでここだけ別世界だと言わんばかりに淡くぼんやりと箱型の建物を映し出している。


(うん。なるほど)


 ものすっごい、高級店!

 店の前にはシックな制服に身を包んだドアマンが。

 窓から見える客の姿は全員ドレスコード。

 正装だ。

 ぴしっとネクタイを締めてお堅いジャケットを羽織った男性が、これまた煌びやかドレスに身を包んだ女性相手に白い小箱を送っている。


 指輪だ。


 まさかのプロポーズの場面に遭遇してしまい、ゼノが『え、これからあの中入るの?』と足踏みしていると、その隙に玄関に控えるドアマンが、扉を開いて客を招いた。


 小太りの男と、赤毛の紳士。

 客たちが談笑しながら店に入ると扉は静かに閉められた。

 クレハが呟く。


「お父様?」


「え?」


「いまお店に入っていたお客さん、お父様と侯爵様だった……」


「侯爵ってもしかしてビスホープ侯爵?」


「うん」


 問い返すと、クレハはこくりと頷いた。

 言われてみれば、先ほど見た小太りの男。

 意地悪そうな顔つきの男はビスホープ侯爵によく似ていた。

 というか、本人だった。


 抱きしめ合う男女に店員さんたちが拍手を送るというたいへん感動的なシーンに気を取られていたため気付かなかった。

 遅まきながらゼノが『ああ』と声に出すと、クレハはぽんと両手を合わせた。


「そっか。今日お父様遅くなるって言ってたっけ。多分ここ、ネージュメルンで一番高級なお店だよ。接待とかで使われる店。どうする? 中に入る?」


 いまわたし手持ちがあまり……と、不安そうにクレハが耳打ちしてくる。

 ドアの前に立つ男性スタッフが、澄まし顔でこちらを一瞥した。

 これはまずい。

 ゼノはうしろへ足を滑らせ、撤退することに決めた。


「と、とりあえずいったん引こうか」


 このまま侯爵と鉢合わせることだけは避けたい。

 王子から、街で侯爵を見かけても泳がせておけと命じられている。

 それにどのみちこの服装では店にも入れない。

 所持金的な問題もある。


 なので、ゼノは潔く回れ右をして、そこでぴたりと足をとめた。


「なんや、ヒューゴ様んとこのお嬢やないの」


 かけられた声はやや高め。

 若い青年がこちらを見てきょとんとしている。

 その視線はクレハへ向かい、クレハもまた同様に口をぽかんと開けて言葉を返した。


「マークス様? 久しぶり! 商会辞めちゃったって聞いたけど……ああ、もしかしてお父様に会いに?」


「いやあ、俺はさっきまでここで、」


 そこでぱたり。青年は雪の上に倒れた。

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