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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第三章/前『死の商人編』

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93 宝剣クラウスピルと建国秘話

 そうして雪原をぎゅむぎゅむと踏みしめること約一時間。

 疲労と雪の冷たさが足の裏を襲う。


 あのあと、子犬を追いかけたはいいものの、やはりというべきか、商都でもそうだったが子犬の足は速い。

 たったかたー、と言わんばかりに先を行き、そのたびに追いかければ、姿をくらます。

 やっと追いついたかと思えば、この雪だ。

 こちらが深雪に足を取られているうちにどこかへ行ってしまう、その繰り返し。


「ほんとあの子犬、どこいった……」


「これは完全に見失ったな」


「フィー、寒い……の、苦手……」


 各々、疲労の色を滲ませ、ゆっくりと雪を踏む。

 前方は小吹雪。

 つまるところ、ゼノたちは遭難したのであった。


「この島、そんな広くないはずですけど……これ、やっぱり迷いましたかね?」


「まあそうなるだろうな。さきほどから歩いている場所がまったくわからん」


「前が……白い」


「と、とりあえず、どこかに避難をっ!」


 そう叫んで、ゼノはふと崖の下に穴を見つける。

 ふたりを誘導して近づけば、それが洞窟へと続く入り口だとわかった。

 中に入ると、診療所の大部屋くらいの空間が広がっており、奥には台座だろうか。

 氷霜が貼り付く台座の上で、子犬がすやすやと眠りこけていた。


「って、ここにいたのかよ……」


 近づくと、子犬はぴくりと身体を揺らして立ち上がった。


「わんっ!」


「うん……、見つかって良かったよ」


「ふむ、賢い犬だの。この吹雪でみずから洞窟を見つけたか」


「いい子」


 フィーが子犬の頭を撫でてやれば、子犬は彼女の腕に飛びこんだ。

 相変わらず自由すぎる子犬である。


「えっと……無事に保護できたのはいいんですけど、どうします? 戻るのにもちょっと天候が……」


「雪が弱まるまで待つしかないの」


「ですよねー……」


 仕方がないので、ゼノたちは洞窟内でしばし休息を取ることにした。

 焚き木に火を灯して暖を取る。

 いつも通り会話のない時間が過ぎた。

 フィーが子犬を抱えて火の側で寝ている。

 ゼノの対面には王子。

 気まずい。


(この人、ほんと喋らないな……)


 ちらりと前を見れば、切り取られた平石の上であぐらをかく王子。

 無言で台座を見つめている。

 反対に、ゼノは地面に腰を下ろしているが、いかんせん冷気で凍りついた床は冷たい。

 焚き火に両手をかざして息を吐く。


(毎度のことながら考えが読めない人……)


 ゼノが王子に仕えてから半年が経つ。

 しかし、いまだに腹を割って話したことがない……というよりも、信用されていないのか、本当に必要なこと以外は教えてもらえない。


 今回の件もそうだ。

 こちらが海霧事件を追っている最中、彼は単独でビスホープ侯爵の行方を探っていた。


 その中には当然アウロラ商会の会長であるヒューゴも調査対象だったそうで、わざわざアルスから教えてもらうまでもなく、彼はエオス商会の情報を掴んでいた。


 それを、答え合わせをするかのごとく、ゼノからの報告を聞いていたというわけだった。


(まあ、別にいいけど……)


 ゼノは小さくため息を吐いて、焚き木を追加した。


「──知っておるか?」


「?」


 なにが? と思って、ゼノは王子に顔を向ける。


「その昔、いずこの湖島の岩に、光り輝く剣が刺さっていたそうだ」


「剣が? へー、そうなんですか」


「……名を、光蝶の剣(クラウ・スピル)、といったらしい」


「クラウスピル? ──って! え⁉ それってまさか探している宝剣のことですか⁉」


「…………はあ」


 なぜか長いため息をつかれた。


「初代王リーゼの宝剣伝説は知っているな?」


「ええ、岩に刺さった剣を抜いたとかどうのっていう……」


 緋竜王(ひりゅうおう)の異名で後世に語り継がれるユーハルドの初代王リーゼの伝承には、不思議な話がいくつもあるが、その中でも妖精剣の逸話は最も有名だ。


 当時、一介の村娘に過ぎなかったリーゼはあるとき大岩に刺さる妖精剣を引き抜き、部族を束ねる王に選ばれる。

 それから、リーゼは剣に導かれ国を興し、蛮族どもの脅威から民たちを守った。

 その際、妖精剣があった場所が──


 王子がちらりと台座に目を向ける。


「ここ、ベル湖の島にある、小さな洞窟の中だったらしい」


「洞窟? オレが知ってる話は花畑に生えた大岩だったような……?」


「違う。誰から聞いた、そんな話」


「えっと、シオンから?」


「では、お前の単なる聞き間違いだな」


 ひどい決めつけである。しかし、


(珍しいな……)


 と、ゼノは思った。

 どこか愉しげに語る王子。

 いままでに見たことのない穏やかな表情だ。

 彼もこの手の伝承が好きなのだろうか。


(それにしても、洞窟の岩に刺さった剣……ね)


 シオンから聞かされた時にも思ったが、よくあるおとぎ話だ。


 得てして抜けない神器を手にする逸話というものは、英雄譚には付き物で、みんなそういう話が大好きなのだ。


 こんなことを言っては申し訳ないが、岩に突き刺さる剣とか、どれだけ硬い剣なのかと思う。

 仮に真実だったとして、抜けた時に相当刃こぼれしているに違いない。


「それで。そこの台座がそうではないかってことですか?」


 ゼノは台座を見やり、逸れた話の流れを戻す。

 王子の嘆息が耳に届く。


「ほう……、さすがにそれには気がついたか。そうだ。あの台座はユーハルドの地下祭壇と同じ形をしている。もっとも、大きさはこちらの方が幾分も小さいがな」


「地下祭壇……ああ、あれか」


 以前、サフィールを捕えるために潜った地下水路。

 そこで見つけた祭壇の間。王子はそのことを言っているのだろう。

 しかし、あの場所は立ち入り禁止区域だと確かロイドが話していたはずだ。


 まあ王子のことだから、どうせそのくらいは把握しているのだろうが……と、ゼノは王子の話に耳を傾ける。


「実のところ、岩に刺さった剣、などというのは後世の後付けに過ぎない。実際はこの地に祀られていた宝剣をいただき、今の土地で国を開いたと古い文献には記されておる」


「へぇ……。でも、なんでわざわざ向こうに? ここから王都までかなり遠いですけど」


「まあ、国を興すにも土地の豊かさなどを考慮する必要があるからの。そのあたりの事情は諸説あるが……おそらくは、当時リーゼ王に仕えていた魔導師の予言であろうよ」


「予言?」


「──未来永劫の繁栄」


 王子は岩から降りると、台座に触れて話を続けた。


「いまの地に国を興せば、少なくとも千年以上の安寧が続くだろう。初代大祭司(だいさいし)──いまでいう王佐の地位にいた魔導師による占見の結果だ。リーゼ王、ひいては古い時代の王の治世というのは、その大抵が神官たちの予言によって決まる。だから国を動かすには王よりも神官たちの長、大祭司の言葉が最も重要だったのだ」


「大祭司……」


 聞いたことがある。

 今でこそ、政のすべてを動かすレオニクス王ではあるが、ほんの二十余年前までは旧神官たちの長である、大司祭の決定に従っていたそうだ。


 大祭司の占見は時には王すらも引きずり落とした。


 だから歴代の王たちは、神官たちの機嫌を損なわないことを第一に国を動かした。

 そのせいで、王宮内部の腐敗は今よりも酷かったそうだ。

 金を握らせ、利便を図り、時には悪事すらも見逃す。

 罪を裁く神官たちを味方につけてしまえば怖いものはない。


 だから、現王は組織全体の改革を行った。

 神官制度の廃止。

 軍制度の見直しと、宮廷内の立て直し。

 腐敗を正し、規律を守らせ、黎明王(れいめいおう)たるレオニクス王の御代に相応しい基盤を作った。


 ──まあ、そのせいで、父上は元神官たちから何度も命を狙われたそうですけどね。

 とは、シオンの言だった。


「ふむ、少し雪が弱まってきたの」


 洞窟の入り口に目を向ける王子につられてゼノも外も見る。

 どうやら話し込んでいるあいだに天候が回復したらしい。

 ちらつく程度の穏やかな雪景色。

 これなら歩いて町まで戻れるだろう。


 ゼノは王子の言葉に頷き、フィーを起こして外に出た。

 その際、ちらりと後ろを顧みる。

 ザザザッと、耳障りな雑音ノイズと共に一瞬、何かが()えた。


(……?)


 王子が座っていた平石の椅子。

 凍てつく霜ではなく、緑の苔に覆われていた。

 天井に氷柱は無く、地面には白い花が咲いていた。

 それはまるで、冬ではなく春のような──……


「おい、なにをしている、行くぞ」


「あっ、はい!」


 ゼノは慌てて王子を追いかけた。

 つらぬく痛みに頭を押さえて。

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