09 青豚王子と妖精姫
2025.10.14 ヒロインの登場を早めました!
「ここかな?」
ノーグ城の敷地の端にあるフローラ離宮。
花の宮とも呼ばれる建物は、白を基調とした美しい館だった。
見張りの兵士どころか使用人すら見かけない静かな廊下を進んでいくと、やがて美しい庭園が見えた。
「はー、見事なもんだな……」
大小、色とりどりの草花。
ふわりと鼻腔をくすぐる柔らかな香り。
あたたかな陽気と透明な陽射し。
瑞々しい花の上を光蝶たちがひらひらと舞い踊る、幻想的な庭。
さすがは花の宮。
咲き乱れるきれいな春の花に目を奪われ、つい庭へと足を踏み入ると、ふいに誰かの声が耳に届いた。
「……あの」
鈴のような声。
声のもとをたどれば、ひとりの少女がそこにいた。
(女の子? それも身なりがいい……)
藍玉の瞳に青い髪。
太陽石をあしらった印象的な花飾りと、柔らかなドレス。
まだあどけない容貌の少女は、不安そうに瞳を揺らしてこちらを見ている。
そんな彼女の周りには、多くの光蝶たちが飛んでいて、花園の中に座っているからだろうか。その姿はまるで、花の妖精を連想させた──
「どなた……ですか?」
少女の言葉にハッとする。
しまった。
ぼんやりとしていた。
急いで名乗ろうと一歩前に出て、
「ん?」
背中になにか硬いものを感じた。
なんだろう?
首だけうしろにひねると、琥珀色の瞳と目が合った。
十歳前後。
きれいな銀髪を隠すように深くフードを被った少女が無表情のままこちらを見上げていた。
かわいい少女だ。
まだ子供だが、数年も経てばとびきりの美人になるだろう。
しかし、かわいらしいのは外見だけで、その手に持つものはまごうことなき凶器だった。
「ひぃっ⁉ ──か、鎌⁉」
すらりと伸びた銀の切っ先。
よく磨がれている。
らんらんと獲物を狙う鋭い鎌の先端にゼノが慄いていると、これまた無感情な声がかけられた。
「──正面から入ってくるとは堂々とした刺客だな。それとも考えなしか?」
さくさくと、庭を歩いてくる人物は鮮やかな蒼い髪をした少年だった。
ライアス・フィロウ・ユーハルド。
この国の第四王子であり、シオンの腹違いの弟だ。
白地のシャツにサーコート風の緑の上着。
ややぽっちゃり体型の少年は、確か先日十五歳の誕生日を迎えたばかりだと聞いている。
銀髪の少女になにか命じてから、蒼髪の少女の隣に並んだ彼を見て、『ああ』とゼノは察した。
(そうか。この二人、兄妹か……)
兄の服をきゅっと握りしめて、こちらを見ている蒼髪の少女。
リフィリア・フィロウ・ユーハルド。
ライアス王子の一つ下の妹姫だったと記憶しているが、なるほど確かによく似ている。
「────って! なんだこれ⁉」
下を見れば、身体に巻かれた鎖。
いつのまにかぐるぐる巻きにされている。
おそらく鎖鎌とかいう武器だろう。
細い鎖の先に繋がる小さな鎌。
どこか満足げな様子で額をぬぐう銀髪少女の手に握られた凶器である。
そういえば、適当に縛って城の堀にでも投げておけ、とかなんとか物騒な命令がさきほど聞こえたような気がする。
「リーア。もうすぐお前の侍女とやらがやってくる。余は城に行くが、気に食わぬようなら適当に追い出せ。ではな」
「あの!」
庭園から出て行く王子に声をかけたら、凍てつく視線が返ってきた。超怖い。
「お、オレ! 今日からあなたの補佐官になるゼノ・ペンブレードと申します!」
だからこれ外してください! と叫べば、ライアス王子は眉をひそめて少し考える素振りを見せたあと、ぽんと手を叩き、
「──ああ、お前が余の新しい補佐官か。話は聞いておる。ついて参れ」
彼が片手をあげると鎖が外された。
着任早々死ぬかと思いました。




