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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第三十九章 黒闇天、原爆葬
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黒闇天、原爆葬【Cパート】

 五回は両軍とも三者凡退に終わり、六回表、三度、鈴木(すずき)隆義(たかよし)に打順が回る。


「ねえ、キミは何ともなかった?

 転んで頭を打ってたようだったけど。」


 鈴木はマウンド上の直実(なをみ)に話し掛けた。


「うん、最近の記憶がね、ちょっと飛んじゃったみたい。」


鷹ノ目(たかのめ)さん!」


 馬鹿正直に答える直実を羽野(はの)が制した。


(こんな球を投げられるピッチャーが去年まで何の実績もないなんて考えられないなぁ。

 だとすると――)


 鈴木はバントの構えを取った。


(正体は素人(しろうと)でしょ。

 さて、素人にバント処理、出来んのかなっと?)


 羽野はインコース高めにミットを構える。

 直実は(うなず)くと、ダイナミックなモーションに入る。

 そして鉄腕ラリアットから放たれた剛球は羽野のミットに向かって一直線に突き進む。


 ピキッ!


 鈴木の木製バットにヒビが入る。

 そして打球は投手(ピッチャー)正面に転々と転がる。


「鷹ノ目さん、捕って投げて!」


 羽野が一塁を指さして指示を出す。


「わかった、取って投げるんだね!」


 ボールを捕らずに一塁へ走り出す直実。

 そして、鈴木の正面に立つ。

 衝突を避けるべく、思わず立ち止まる鈴木。


「走塁妨――」


 一塁塁審がコールを言い掛けた時には、直実は瞬時に鈴木のバックを取り、ジャーマン・スープレックスの体勢に持ち込んでいた。


「――っ!?」


 身体(からだ)を引っこ抜かれながらも暴れる鈴木。

 この為、原爆固めジャーマン・スープレックスの姿勢は崩れ、両者とも後頭部を地面に打ちつける事となった。

 その衝撃は(すさ)まじく、気絶した直実と鈴木は担架で運ばれていった。


 ● ● ●


 この後、退場した直実に代わって加藤がマウンドに立ち、その回を何とか(しの)いだものの、七回、八回と失点してしまう。

 宮町中は七回裏に太刀川のソロアーチが出たが、反撃はそこまで。


 この試合、2-3で宮町中は敗れ、準優勝となった。


 ● ● ●


「んっん~っ‥‥」


 意識の戻った直実はおもむろに目を開ける。

 そこには見た事のない天井が映った。


「意識が戻ったか、鷹ノ目。」


 三浦の声がした方向へ顔を向ける。


「先生? 私はいったい‥‥?

 たしか、ボールで転んで‥‥えーと‥‥」


「お前はその後、試合中、相手チームの選手をジャーマンで投げて、その時にまた頭を打ったんだ。」


 次の瞬間、頭の中に失われていた三ヶ月間の記憶が津波のように一気に押し寄せてくる。

 サンドバッグにボールを初めて命中させた時の衝撃。

 鉄腕ラリアットを羽野が初めて受け止めた時の感動。

 田上に対してラリアットを向けた時の怒り。

 地区大会での八幡中との激闘。

 そして闇鍋の味。


「そんなの、八幡との練習試合の『二の(てつ)』ってヤツじゃないですか!?

 ‥‥本当に私がそんな事を?」


 直実は三浦に驚きの表情で見つめる。


「お前、思い出したのか!?」


「思い出した?

 なに言ってるんですか、忘れようったって忘れませんよ。

 あはは!」


「いや、思いっきり忘れていたんだが‥‥。」


「はい?」


「お前は一時的にだろうが、ここ三ヶ月間の記憶を失くしていたんだ。」


「ええっ!?

 ‥‥記憶と言えば、ボールで転んでから、さっき起きるまでの記憶がないんですけど。

 試合‥‥そう試合です!

 試合はどうなったんですか!?」


 直実は思わずガバッと上半身を起こした。


「試合は2対3で負けた。

 関東大会には行けるが、出来れば優勝したかったところだ。」


「‥‥準優勝、ですか。

 すいません、私の不注意で。

 明日っからは、もっと気合入れて練習しますから!」


 直実はガッツポーズを取る。


「いや、頭を強く二回も打って、記憶まで喪失したんだ。

 精密検査が終わるまでこの総合病院で入院だ。」


「そんなぁーっ!」


 その時、病室のドアが開いた。

 入ってくる宮町中野球部の面々。

 その中には捻挫を治療された松浦の姿もあった。


「鷹ノ目さん、目が覚めたんだね。」


 羽野(はの)が優しい笑顔で言った。


「うん! 野球部に入った時からの記憶も戻ったよ。」


 直実は元気いっぱいの笑顔を見せる。


「そっか、全部戻ったか。

 ――からかって悪かったな。」


 太刀川(たちかわ)がバツが悪そうな態度で直実に謝った。


「からかった?

 えーと‥‥なんの事?」


 きょとんとする直実。


「なんの事って‥‥そら、お前、その、何だ‥‥。」


 珍しく歯切れが悪い太刀川。


「ああ、ボールで転んでっから目が覚めるまでの記憶がないんだ、私。

 (なん)かその(あいだ)に私にイジワルした?」


「イジワルっつーか、何つーか‥‥ただ、からかっただけだ。」


 太刀川は頬を染めていた。


「だーかーらー、どうからかったかって聞いてんの。

 羽野くん、知ってる?」


「えーとね‥‥」


 羽野は隣りで『言ったら殺す』的なオーラを纏い三白眼で睨みつける太刀川をチラ見した。


「俺は知らない。

 親分なら知ってるんじゃないかな。」


 羽野は言いたそうにうずうずしている金森にパスを渡した。


「太刀川のヤツさぁ、自分の事を鷹ノ目の――」


 そこまで言ったところで太刀川は金森の口を手で塞ぐ。

 そして小声で、


「(お古だけどエロい本、いるか?)」


 その言葉に高速で(うなず)く金森。


「親分、続きは?」


 直実が小首を(かし)げて問う。


「ああっ、ダメだ、俺も記憶喪失だぁ~。

 思い出せねぇ~っ!」


 金森のとぼけた返答に、病室が笑顔に包まれた。

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