脱却【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「ダーツ‥‥ですか?」
昼休み、三浦に体育教官室まで呼び出された羽野は聞き返した。
「ただのダーツではない。
俺の教え子が務める工場に無理言って作ってもらった物だ。」
そう言うと三浦は特注品と思われる鉄製のダーツを一本手渡した。
「重いですね。」
「今日から三日間、お前は柔軟と手押し車が終わった後、弓道場へ行け。」
(‥‥手押し車は確定なんだ。)
「そしてキャッチングポーズのままダーツを的に当てろ。」
羽野に対し三ダースの特注品のダーツの箱が渡された。
● ● ●
「――という訳なんだよ。」
雨の日の野球部は中廊下で柔軟運動と呼ばれる筋力トレーニングメニューをこなす事になっていた。
グラウンドが走れない為、通常なら羽野は手押し車を免除されるのだが、今日は三浦の指示で体育館の中で直実と行っていた。
「一体、何の練習なんだろうね?
先生の事だから、きっと何か理論があるんだと思うけどさぁ。」
直実が小首を傾げながら羽野に尋ねた。
「うん、俺もそう思うよ。
――はい、終わり。」
羽野はノルマをこなして立ち上がるや否や、
「あれ?」
些細な点に気付く。
「どうしたの?」
「鷹ノ目さん、背ぇ伸びた?」
「そうかな?
三浦先生からもらった食事メニューをお母さんに作ってもらってるけどね、そぉんなに急には伸びないと思うよ?」
笑いながら直実が答える。
「俺の気のせいかなぁ。
――あ、じゃあ、弓道部んとこに行ってくるよ。」
羽野はダーツを入れた箱を持って体育館を後にした。
● ● ●
「やあ、君が羽野敦盛くんか。
話は三浦先生から聞いているよ。」
羽野が弓道場に着くと、初老の男性教師で顧問の五十嵐裕一が声を掛けた。
「お世話になります。」
羽野はぺこりと頭を下げた。
「一番左端の的を使って構わないよ。
どうせ廃棄処分する物だったからね。」
「ありがとうございます。」
弓道場に野球部の練習用ユニフォーム姿がいるだけでも違和感があるのに、それがダーツを投げるとなったら気にするなと言う方が無理な話だ。
「先生! なんで許可されたんですか!?
気が散ります!」
弓道部部長の吉岡が五十嵐に部員の代表として意見した。
「なるほど、気が散る、か。
たしかに弓道には集中力が必要なスポーツだ。
だからこそ、如何なる時にも心を乱さない鍛錬も必要だと思うがね、私は。」
「しかし‥‥。」
「弓は元は戦や狩りで使われていたものなんだよ?
心を乱さない静かな場所で使われていた訳ではないんだ。
――それに、この程度の事で乱れる程、精神の鍛練を疎かにしてきたつもりはないんだけど。」
五十嵐の理路整然な説得に、吉岡は反論が出来なかった。
「‥‥わかりました。」
羽野の練習が始まった。
予め三浦から軽く投げ方のレクチャーはされていたが、的に当たるどころか届かなかった。
二百三十七センチがダーツの的までの距離である。
それに対して弓道の的までの距離は二十八メートル。
ある程度の重さがある特注品のダーツとはいえ、そうそう届くものではなかった。
「羽野くん、手首のスナップだけでなく、テイクバック‥‥肘から先を効率よく使ったらどうかね?」
愚直に同じ動きを繰り返す羽野を見かねてか、五十嵐のアドバイスが飛んだ。
「見たところ、君の腕は尋常でないまでに鍛えられている。
肘から先だけの運動でも充分、的には届くと思うがね。」
「はい、やってみます。」
「素直で結構。
それにしても、見事な筋肉だねぇ。」
「まあ、毎日のように手押し車をしてますから。」
「ああ、なるほど。
練習は嘘をつかないという典型だね。」
五十嵐は羽野の腕をしばし見つめてから切り出した。
「私はこれでも若い頃、ダーツにハマっていた時期があってね。
どれ、少しコーチをしてあげよう。」
「ありがとうございます、お願いします。」
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