機動力野球の申し子たち【Dパート】
「ぐちゃぐちゃじゃないですか。
松浦さん、無茶し過ぎです。」
松浦の足裏の破れた水泡を見た希望は呆れ果てた。
「新しいスパイクにして気合入れてたのが裏目に出たな‥‥。」
「とにかく水道水で患部を洗って、破れた皮をハサミで切ります。」
「そんな事してたら試合に‥‥。
手っ取り早く消毒して絆創膏を貼ってくれ。」
「潰れたマメは消毒しません。
マメの中のリンパ液は自然治癒力となる成分が入ってるんです。
水道まで肩を貸しますから。」
「粟田さん、俺が松浦さんを運ぶよ。」
そう言うと、羽野は松浦をひょいとお姫様抱っこする。
スカ――ン!
その間、この回の先頭打者の太刀川はひたすら特大ファウルで粘っていた。
「何なんだ、コイツ‥‥。」
蛇の生殺しを味わっているかのように感じた黒鳥の口から言葉が漏れた。
(お前が戻ってくるまで何本でも放り込むぜ。)
敬遠級のクソボールをもファウルされ、黒鳥はマウンド上で半べそをかいていた。
もはや黒鳥には全力で立ち向かう気力は失われていた。
それを悟った指揮官の吉田はおもむろに立ち上がり、主審にタイムを申請した。
「ピッチャー交代をお願いします。
黒鳥に代えて白澤を。」
マウンドには二年生右腕の白澤が上がり、投球練習を始めた頃、応急処置を終えた松浦がベンチに戻ってきた。
和田が頭上に大きなマルを手で作り、太刀川にサインとして送る。
(やっとかよ。)
太刀川は口端を上げ、打席に立つ。
そして白澤が投げた初球、外角低めに入るスライダーを、
スカ――――――ン!
今までの鬱憤を晴らすかのように左翼スタンドに叩き込んだ。
● ● ●
松浦は六回2アウトの時点でマウンドを加藤に譲る。
「ストライーク! バッターアウト!
チェンジ!」
緩急を使い分けた加藤が九番に入った白澤を三振に仕留めた。
そして六回裏。
一死で三度、太刀川に打席が回る。
しかし、太刀川はベンチからの指示で敬遠で歩かされる。
「なになに、俺と勝負って訳?」
金森がやる気満々で左打席に入る。
初球、真ん中高め、わずかに外れてボールの判定。
二球目、外角低めを振らされて1-1。
そして三球目。
カキ――――ン!
走者がいると滅法頼りになる金森の一振りが、ライナーで右翼スタンドにボールを突き刺した。
これで五点、もはや勝負がついたかに思えた。
しかし、老将・吉田はまだ諦めてはいなかった。
七回表、この日、二安打の清水に三度、打席が回る。
コン!
あくまでも機動力野球に掛ける執念が、清水にこの日、三安打目を記録させた。
「三安打かぁ、やるねぇ。」
金森が清水に話し掛けるが、さすがに今回は無視された。
一度ならず二度までも騙されたのだから無理もない。
続く魚住への初球、すかさず二盗を決める清水。
この辺り、面目躍如といったところだ。
「タイム!」
土肥がタイムを取った。
「加藤、あの球は使い物になるか?」
「何の事だ?」
「とぼけんな、お前の決め球だ。
白鳳戦の後から密かに練習していたあの球だ。」
「なんだ、知ってたのか。
――まあ、七十%ってところだな。」
「充分だ。
次、あのバッターがバントしそうな時にはそれを使うぞ。」
「ん? ああ。」
その決め球を使うタイミングはすぐに訪れた。
魚住は送りバントの構えを取る。
土肥は加藤の新しい球種のサインを出す。
頷く加藤。
モーションに入ったと同時にスタートを切る清水。
清水のアクションからバスターを警戒し、前進守備に徹しきれない内野陣。
その中でこの男だけは猛然とダッシュしていた。
金森である。
加藤の投じたボールは不規則に揺れ、打者の手元で急激に沈んだ。
(この球は、パームボール!?)
正確には変則パームボールである。
パームボールは指を全く掛けずに投げるが、加藤の場合、中指だけわずかに掛け、リリースのタイミングでそれを上げる。
魚住は必死にバットに当てる。
だが、それは金森への浅いフライになる。
(捕られる!)
(捕れる!)
誰もがそう確信した。
清水は慌てて二塁へ引き返す。
だが、金森は想定以上の鈍足、捕れなかった。
ギリギリワンバウンドで捕球すると、迷わず遊撃手の星野へ送球。
星野は中途半端に戻っていた清水にタッチすると、間髪入れずに一塁のベースカバーに入っていた加藤に送球。
「アウト!」
3-6-1の併殺打が成立した。
「結果オーライ!」
金森がVサインを出して叫ぶ。
続く杉浦は変則パームボールにより3バント失敗でアウト。
浦和元町学園の攻撃が終了した。
加藤の身に着けた決め球は『バント殺し』とも言えた。
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