機動力野球の申し子たち【Bパート】
「それにしても広いねぇ。」
昼食を取り終えた直実は希望と球場内を散歩していた。
「ここは野球場だけでなくテニスコートもたくさんあって、やはり中学の県大会が行われるそうですよ。」
「そうなんだ。
よく知ってるね、希望ちゃん。」
「まあ、調べましたからね。
何事もリサーチですよ、先輩。
それに、母の実家がこの近くなんですよ。
よく夏休みにはこの辺りで遊び回ったものです。
――実は昨日、先輩のお誘い断ったのも母方の祖母の具合を見に来た訳で。」
「あれ、希望ちゃん?」
希望に声を掛けたのは春日部輝松のユニフォームを着た長身の中学生だった。
「えっ、義幹くん?
何でここに?」
「『何で』はこっちの台詞だよ。
俺、今、春日部輝松でピッチャーやってるんだ。
――って言っても二番手だけどね。
でも、来年には必ずエースになってみせる。」
義幹と呼ばれたややタレ目の甘いマスクの男が熱く語る。
「私は今、宮町中の野球部のマネージャーをやっているんだ。
――ああ、先輩、こちら母方の遠い親戚の竹本義幹くんです。
学年は私より一こ上ですから、先輩と同学年ですね。」
希望が竹本を紹介した。
「ども、鷹ノ目です。」
直実が帽子を取ってぺこりとお辞儀をする。
「どうも竹本です。よろしく。」
竹本も爽やかに挨拶を返す。
お辞儀から上げた顔、白い歯が輝いて見えた。
「でも希望ちゃん、宮町中ってあの彩央大附属をノーヒットノーランで破ったんだろ?
すっごいな!」
竹本は希望に話し掛けた。
「えっへん、その立役者がこちらの先輩です!」
「ええっ、マジで!?
この華奢な子がピッチャー?」
「一見華奢に見えるけど、脱ぐとジャッキー・チェンばりの肉体が。」
「ちょ、ちょっと希望ちゃん、あまりそういう事は‥‥。」
直実は頬を染めて希望を静止した。
「ああ、そろそろ試合の時間が近いし、俺、行くわ。
決勝戦で会えたらいいね。」
竹本はそう言うと、軽く手をあげ去って行った。
「先輩、そろそろ私たちも戻らないと。」
「なになに、希望ちゃん。
今の人が意中の人?」
直実がニマッと笑って問い詰めた。
「ち、違いますってば!
昔はよく遊びましたけど、そういうんじゃ‥‥。
それに親戚ですし!」
「ムキになるところが怪しいなぁ。
だって、背が高くて、顔もよくて、優しそうで‥‥。
まあ、希望ちゃんより強いかはわからないけど。」
確かにラスト一つを除けば希望の好みのタイプそのものだった。
「と、とにかく! 早く戻りましょう!」
赤面した希望が直実の背中を押して走り始めた。
● ● ●
午後一時、試合は始まった。
先攻は浦和元町学園。
一番センター:清水浩明(三年)右投右打
二番ショート:魚住拳(三年)右投左打
三番レフト:杉浦仁臣(三年)左投左打
四番ファースト:坂之上拓馬(三年)左投左打
五番サード:林武(三年)右投右打
六番ライト:美波川純吉(三年)右投左打
七番セカンド:山岸峰次(三年)右投両打
八番キャッチャー:島谷淳(三年)右投右打
九番ピッチャー:黒鳥洋一郎(三年)右投右打
浦和元町のスターティングメンバ―は全員が正レギュラーだった。
この辺り、彩央大附属を破ったダークホース的な意味合いから警戒しての選出だろう。
一方の宮町中は太刀川と土肥が復帰し、羽野がスタメンから外れていた。
一番ショート:星野勝広(一年)右投両打
二番レフト:鷹ノ目直実(二年)右投左打
三番ピッチャー:松浦健太(三年)右投右打
四番サード:太刀川教経(三年)右投右打
五番ファースト:金森徹(三年)左投左打
六番キャッチャー:土肥大輔(三年)右投右打
七番センター:和田純平(二年)右投右打
八番セカンド:岡田獅子丸(三年)右投右打
九番ライト:竹之内省吾(三年)右投左打
控えとして選ばれた者は、
加藤浩之(三年)投・捕・内・外野手/右投右打
藤本真(三年)外野手/右投右打
羽野敦盛(二年)捕・内・外野手/右投右打
伊藤和也(一年)投手/左投左打
長田弘(三年)内野手/右投右打
新井隼(二年)内・外野手/右投右打
コン!
松浦の初球をセーフティーバントで一塁線に転がす清水。
百メートルを十一秒台前半で走る快足は一塁ベースへひた走る。
松浦のバント処理は完璧だった。
マウンドを降りる速さ、ボールに追いつく加速、安定した捕球姿勢を取る為の減速、送球モーションの速さ。
しかし、それでも尚、清水がわずかに勝った。
「セーフ!」
「あっぶね、危ね。」
清水はオーバーランした分を戻りながらつぶやく。
「脚、速いねぇ。
どんな練習したらそんなに速く走れんの?」
金森が清水に話し掛ける。
「ガキの頃から速かったから特にコレってのはないな。」
清水がリードを取りながら会話に乗ってくる。
「ところで、よく振り落とされなかったなぁ。」
「ん?」
「お前さんのスパイクにくっついてるイモムシくん。」
「えっ!?」
清水がひるんだ一瞬の隙を土肥は見逃さず、牽制球のサインを出す。
次の瞬間、ミニ合宿最終日の練習試合で見た山添ばりの牽制球が金森のミットに収まる。
金森はすかさずタッチ。
「アウト!」
一塁塁審がアウトを宣告する。
「きったねー!
ムシなんか付いていねぇじゃねぇか!」
「ムシだけに無視出来なかった、と。
お後がよろしいようで。」
金森がおどける。
無死一塁のチャンスを潰した浦和元町学園。
続く二番、魚住は1-1からの三球目の外角低めのストレートを二遊間に弾き返す。
「二遊間は抜かせないッス!」
痛烈なゴロを遊撃手の星野がダイビングキャッチすると、グローブに入った状態のまま二塁手の岡田へトス。
そして素早いモーションで岡田は一塁手の金森へ。
「アウト!」
「くっそ!」
星野のファインプレイでアウトの宣告をくらった魚住が悔しがる。
「上手いね、あの一年ショート。
まるで牛若丸だ。」
浦和元町学園の指揮を執る吉田が賞賛した。
還暦間際の吉田は専属スコアラーが集めたデータの中から星野のものを抜き出した。
(星野勝広、元リトルか‥‥。
あの脚力といい、守備といい、野球センスの塊のようだ。
そんな彼がシニア入りしなかったのが不思議なくらいだね。)
「ウチにいてもおかしくない選手ですね。」
部長の島谷が吉田に言うと、老将は柔和《にゅうわ》な微笑を浮かべる。
「そうだね。
『脚にスランプなし』
――これは私の持論だがね、島谷くん、意味はわかるかね?」
「はい。
バッティングやピッチングは好不調の波がありますが、走塁にはそれがないという事かと。」
島谷は緊張した面持ちで返答した。
「その通りだよ。
だから私は脚力重視で君たちをスカウトし、そして鍛えた。
言わば君たちは機動力野球の申し子だ。」
コン!
フルカウントからセーフティーバントで三塁線に転がす杉浦。
しかし、太刀川が上手く捌く。
「アウト!」
「おっし!」
一塁塁審の判定にガッツポーズを取る太刀川。
「ナイスプレイ! 助かった。」
松浦が太刀川の背中をポンと叩く。
「おう!
三塁線は俺の庭だ。任せとけ。
――けど、レフトまで飛んだら覚悟はしておけ。」
太刀川はわざと直実に聞こえるように言う。
「なんだと、こらーっ!」
案の定、直実が怒って突撃してくる。
「黙れ、素人。」
太刀川は直実を挑発する。
「素人~っ!?
――うん、まあ、それは認めるけど。」
直実は素直に受け止めると、挑発した太刀川が拍子抜けした。
「――訂正、最強の素人。」
太刀川はそう告げると、帽子を目深に被り一塁側ベンチへと急いだ。
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