剛と柔【Gパート】
「タイム!」
白鳳の捕手、有綱がタイムを要請、マウンドに向かう。
「ここは全部ボールでいい。くさい所を突け。」
「でも有綱さん、それじゃ押し出しに‥‥。」
「このバッターには一発がある。
一点で済めば儲けものだ。」
そう告げると有綱は踵を返した。
「ボール、ロー!」
一球目、二球目とも太刀川は見送った。
(さすがに選球眼がいいな。
――だが、それがお前の弱点だ。)
「はいはい、そうですか。」
太刀川はそうつぶやくと、バットをくるりと回し、逆さに持って構える。
「なっ!?」
驚いたのは白鳳側だけではない、宮町中側もまた然り。
「君、ふざけるのも大概にしなさい!」
見かねた主審が注意する。
「ルールには違反してませんが――って、審判さんがルールブックでしたね。
こりゃまた失礼いたしました、と。」
バットを持ち直すと太刀川は、
「ピッチャー、ビビってる~♪
キャッチャー、ビビってる~♪
ルールルルッルー、揃ってノミ心臓~♪」
サザエさんのメロディで自らの心境を口ずさんだ。
(有綱さん‥‥勝負していいですか?)
鎌田は有綱の目を見つめた。
(わかったよ、お前の決め球で打ち取ってみろ!)
有綱はシュートのサインを出すと、鎌田は頷く。
その投じた三球目。
スカ――――――――ン!!!
軟球は右翼側の奥にある体育館の屋根を直撃した。
「ホームラン!」
一塁塁審は本塁打のコールをした。
がっくり膝を着く鎌田。
しかし、宮町中の反撃はここまでだった。
続く金森はサードゴロに倒れ、二十一対四のコールド負けとなった。
「あーしたっ!」
整列した選手たちの挨拶が終わると、直実は静の所へ駆け寄った。
思わず身構える白鳳一同。
「ねえねえ、私に投げたあの落ちる魔球、何ていうの?」
直実は開口一番、目を輝かせながら静に尋ねた。
てっきり仕返しか何かに来たと思い込んでいた静は一瞬きょとんとした。
が、すぐに鉄仮面を被り、
「‥‥シンカーだけど、何か?」
「どうやって投げるのかな? 教えて!」
チームメイトの前であっけらかんと訊いてくる直実を静は信じられなかった。
「いやよ、何で敵に教えなくちゃいけないの?」
「私の鉄腕ラリアットもこっそり教えるからさぁ、いいじゃん。」
「鉄腕ラリアット?
教えられたって投げられないわよ、あんなデタラメな球!」
静の鉄仮面がまた剥がれ落ちた。
直実の前ではどうも調子が狂う。
静は咳ばらいを一つ打つと、
「そんな事より、この勝負の続き、全国大会でしましょう。」
「ゼンコク~?
気が早いなぁ、吉野さんは。
地区大会もまだなのに。」
「あなたの球、みーくん‥‥景清さん以外に打てるとは思えないけど?」
「みーくん?
吉野さんは景清さんの事、みーくんって呼んでるの?」
「違っ‥‥!」
静は赤面した。
「何やらラブのにおいがしますなぁ。」
突然、二人の背後から丸い声がする。
試合を観戦していた山吹明美だった。
「アケ、いつの間に!?」
驚く直実を気にせず明美は直実と静の肩を背後から抱きかかえる。
「お互い敵同士だけどさぁ、試合が終わればノーサイドって事で。」
直実にも調子を狂わせられたが、明美には戦意を根こそぎ引っこ抜かれるように静は感じた。
しかし、
「私には時間がないのよ。
特例で中学までは野球が出来るけど、高校にはまだ特例がないから。
だから、慣れ合っている時間なんてないの。」
「私も野球は中学までだよ。
その後は女子プロレスラーになるんだ。」
「プロレスラー‥‥?」
突拍子もない直実の発言に目を丸くする静。
「そっ、プロレスラー。
だから私も時間がないっちゃあ、ないのかなぁ。」
「ねえねえ、ところでその『特例』って吉野さんが作ったの?」
明美がマイペースなタイミングで質問をした。
「違うわ。
私たちより一学年上の木曾北中の五島巴さんというピッチャーよ。
桁違いの才能に、中体連も認めざるを得なかった逸材‥‥。
もし彼女が公立でなく私立にいたら、去年の優勝旗は白鳳に来なかったかもしれない。」
野球の話に戻るや、静の顔に鉄仮面が戻った。
「おい、しず‥‥吉野、バスが出るぞ!
早く荷物を持って乗れ!」
いつまでも来ない静に景清が声を掛けた。
「へえー、二人はそういう間柄なんだぁ。」
明美がニマっと笑いながら静に語り掛けた。
「た、ただの幼馴染よ。」
鉄仮面が赤く染まる。
「私とアケも幼馴染なんだよ。
ああ、この娘、山吹明美っていうんだ。」
「ナココは黙ってて。
スポ根オーラでラブのにおいを掻き消しちゃうんだから。」
「ラ、ラブのにおいなんてしませんから!」
静はそう言うと肩に回されていた明美の腕を外し、一礼してバスの待つ方向へ向かって行った。
「先輩、三浦先生からの伝言です。」
背後からの声、今度は希望だった。
「伝言?」
「はい‥‥。
グラウンド三十周こなしたら上がれ‥‥だそうです。」
言いにくそうに伝える希望。
「忘れてた―――っ!」
直実の絶叫がグラウンドに響き渡った。
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