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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第十四章 剛と柔
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剛と柔【Fパート】

 直実(なをみ)の後を託された松浦(まつうら)健太(けんた)(しずか)の後を託された鷲尾繁樹(わしおしげき)は走者は出すものの要所を()め、七回まで無失点リレーを継続していた。

 そして迎えた八回表。


「この回からは加藤、金森のバッテリーでいく。」


「先生、俺はまだいけます!」


 ロングリリーフを覚悟していた松浦は三浦にアピールをした。


「勝つ事より大切なものがある。

 何だかわかるか?」


「‥‥選手の体調、でしょうか?」


 松浦は完治していない割れた爪を他の指でさすりながら答えた。


「それもある。

 特にお前は無茶をするからな。」


 三浦の言葉にギクリとする松浦。

 実のところ、指先の繊細な感覚が急激に鈍ってきていたのだ。


「――だが、チームとして見た場合、各個人の経験こそ一番の宝だ。」


「経験‥‥ですか。」


「言っておくが、俺はこの試合を捨てた訳ではない。

 地区大会を勝ち上がる為の(かて)としたいんだ。」


「‥‥わかりました。」


 一選手(いちせんしゅ)としてではなく、部長という肩書が松浦を納得させた。



 加藤は決して悪い投手ではない。

 もし、他の公立中に入っていればエースの肩書を得られたであろう。

 コーナーを使い分けるコントロール、同じモーションで付けられる緩急。

 白鳳の打者に対しても(ツー)ストライクまでは追い込める実力がある。

 だが、あと一つのストライクがどうしても取れない。


 カキ――――ン!!


 (せき)を切ったかのように打ち出す白鳳打線。

 気付けば九失点、加藤にとってそれは公開処刑そのものだった。


「決め球がないのが致命的だな、あの三番手のピッチャー。

 それに目を切って打球を追える外野手がいないのも致命的だ。

 そしてポロリの多いファースト‥‥長田(おさだ)と言ったか。」


 ほぼ勝ちが確定的となった白鳳の監督、滝口は雄弁に語った。


 三浦は加藤に代えて伊藤をマウンドに上げるも、白鳳の勢いを止める事は出来なかった。


 遊撃手(ショート)の星野のファインプレイで八回表の攻撃は終わったものの、得点差は実に二十一点。絶望的な展開だった。



「何とか俺まで回せ!」


 この試合、二安打の太刀川(たちかわ)が檄を飛ばす。

 白鳳のマウンドには一年生投手の鎌田(かまた)正市(しょういち)が三番手として上がっていた。


「プレイ!」


 主審のコール後の初球だった。


 カキ――ン!


 意外性の打者と呼ばれていた八番の竹之内(たけのうち)省吾(しょうご)遊撃手(ショート)の頭上を越えるヒットを放つ。


(あれくらい忠信(ただのぶ)なら捕っていたものを‥‥。)


 滝口は唇を噛みながらレギュラー陣と控えの差を心中で嘆いた。


「まさに口は災いの元、ですね。」


 静が滝口の心を見透かしたように続けた。


「お前は少し黙っていろ!」


 滝口は正座で試合を観戦させられている静を叱咤(しった)した。


「あはは、怒られてる、怒られてる。」


 静を指さして笑う直実(なをみ)もまた正座をさせられていた。


「鷹ノ目!」


「は、はい!」


 三浦の声に背筋が伸びた。


「試合が終わったらグラウンド三十周だ。いいな?」


「は、はぁい‥‥。」


 本当に口は災いの元である。

 ちらりと静を見ると、右(てのひら)で口元を押さえながら直実を見ていた。

 『鉄仮面』と呼ばれた少女は素の自分を抑えきれなかった。


 竹之内には代走で新井(あらい)(しゅん)が送られる。

 ハイタッチを交わす竹之内と新井。



 続く九番の伊藤はきっちり送りバントを決めて一死(ワンアウト)二塁となった。

 そして打順はトップバッターの星野に回る。

 この試合、太刀川の他にヒットを打っているのは、星野と金森、そして先程の竹之内だけだった。


 コン!


 星野は鎌田の二球目をドラッグバンド。

 一塁手の熊井忠(くまいただし)がボールを捕球した時には、俊足の星野は一塁ベースに到達する寸前だった。


「あいつ、上手(うめ)ぇな。」


 熊井が感嘆(かんたん)する。


「そりゃそうですよ。

 去年のリトルの全国大会では出塁率七割五分超えのバッターですから。」


「ああ鎌田、たしかお前もリトル出身だったな。」


「決め球が弱いって理由で硬式を落とされて軟式(こっち)に移ったんですが、まさか星野と当たれるとは思ってなかったですよ。」


「フッ、お前も俺と似た境遇だったか‥‥。

 とにかく、二番、三番を打ち取れ。太刀川まで回すな。」


「はい。」



 バントの名手、二番の岡田が新井と星野を進塁させて二死(ツーアウト)二三塁。


「頼んだぞ、和田。」


 仕事をやり終えた岡田が和田とグータッチする。


 続く打者は三番の和田。

 打席に入った和田はカット打法でフルカウントまで粘る。


(鎌田正市。身長百六十センチ、体重五十五キロ、右投げ右打ち。

 岩手(いわて)平泉(ひらいずみ)市出身。

 去年のリトルリーグ全国大会では準々決勝で敗退。

 MAX(マックス)スピード百三十五キロ。

 決め球はシュート。

 フルカウント時にシュートを投げるパーセンテージは七割二分八厘‥‥。)


 和田の頭の中にインプットされた鎌田のリトルリーグの全国大会出場時のデータが再生される。


(ただし、このシュートがボールになるパーセンテージは六割五分。

 だから自分は――)


「ボール、フォア!」


(敢えて見送る。)


 一塁へ歩く和田。

 博打に勝った優男(やさおとこ)のその両拳は硬く握られていた。


「よっし! 良く選んだ、和田ーっ!」


 親分の仇名を持つ金森が大きな声で和田を(ねぎら)う。

 そして満を持して打席には太刀川が入った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敗戦濃厚な展開でもあきらめない宮町中ナインがカッコいいです!
[良い点] データマンの和田がかっこいいです!
[良い点] 負け試合確定の点差なのにあきらめない宮町中の選手に感動した。
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