復帰【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「ナココーっ! おめでとう!」
受話器越しに丸い声が鼓膜に響いた。
「アケったら、そんなに大きな声を出さなくったって聞こえるってば、もう。」
「ああ、ゴメンゴメン。
それで県大会はいつからなの?」
「詳しい事はまだ決まってないみたいだけど、今月末あたりなんかじゃないかなぁ。
卓球部の方はどう?」
「女子は団体戦、県大会進出だよ!
個人戦は長谷川部長が優勝!
もう、他を寄せ付けないって感じ。
男子の方は‥‥言わぬが花ってヤツかな。」
「そうなんだ。
まあ、男子にはエースって感じの人、いなかったみたいだしね。」
「なんだよねぇ‥‥。
ああ、それからさぁ――」
明美がそこまで話したところで、
「アケーっ、お風呂空いたから早く入っちゃってぇ。」
明美の母の声が入ってきた。
「はあーい。
――ああ、じゃあナココ、続きは明日学校でって事で。
今夜はわざわざ連絡、ありがとうね!」
「ううん、もう少し早い時間に掛けられたらよかったんだけどさ、ウチで祝勝会みたいなもんを開いてくれちゃったりしたから。」
「そうなんだ。
祝勝会っていうと、ナココの好物のつくねとか、豚カツとか出た?」
明美の話はキリがない。
「うん、出た出た。
――って、お風呂はいいの?」
「あ、そうだった!
ゴメンね、ナココ。今夜はこの辺で。」
「うん、じゃあ。」
ガチャ。
(さあ、明日もあるし、今日はもう寝よっかなぁ。)
直実は大きく一回伸びをすると、自室に歩を向けた。
● ● ●
翌日の早朝練習から太刀川が合流した。
「太刀川教経、無事追試クリアしました!」
太刀川は帰還兵のようなポーズを取る。
「あんた、今度はカンニングなんかしてないでしょうね?」
直実が左眉だけ怪訝な感じにして指をさす。
「してねーよ!
実力だよ、ジ・ツ・リョ・ク!」
「その実力をもっと早く見せてくれたら、もっとラクに勝てた試合もあったんスけどね。」
今度は普段は太刀川シンパの星野が茶化す。
「うっせーよ。
それよか、俺抜きでよく優勝出来たな。
これも先生の手腕ってヤツか。
――って、今朝は先生、来てねぇのか。」
「‥‥ああ、実は昨日入院してな。」
松浦が伏目がちに告げた。
「マジか!? ‥‥やべぇのか?」
「いや、生命に別状はないよ。
腹痛と尿管結石が同時に来ただけだそうだから。」
今度は岡田が答えた。
「とにかく、俺たちには次の目標が出来た。
県大会優勝、その為には――」
「練習あるのみ、ですよね?」
直実が松浦の台詞を横取りした。
● ● ●
「鷹ノ目さん、優勝したんだって、野球部!」
「おめでとう! 県大会も頑張ってね!」
朝練が終わって教室に入ってきた直実はクラスの女子たちの歓迎を受けた。
「ありがとう!
もちろん、頑張っちゃうよ、この鉄腕ラリアットで!」
直実は右腕でガッツポーズを取ると、左手で景気よくパンパンと叩いた。
「ナココ! 優勝した気分と、県大会への意気込みをどうぞ!」
明美が丸めたノートをマイク代わりにして直実に差し向けた。
赤面する直実。
「ええっ!? それ言うの、私が!?」
「そりゃそうよ。
マイクパフォーマンスの一つや二つ出来ないと、女子プロレスラーになった時、困っちゃうんじゃない?」
明美は直実の心を動かすツボを心得ている。
「地区大会のチャンピオン、最高な気分だぁっ!
県大会も、このまま突っ走ってやるぜぇーっ!」
直実はそう叫ぶと机の上にジャンプで飛び乗り、テキサスロングホーンを作った右腕を突き上げた。
一斉に盛り上がる教室。
「コラーっ! 何を朝っぱらから騒いでいる!」
隣りの二組の担任女性教師、森下が扉を開けるなり怒鳴り散らした。
一瞬の静寂が流れた後、
「すいません‥‥。」
一同は頭を下げた。
直実は降りるタイミングを逸し、机の上から頭を下げた。
● ● ●
放課後。
雨となった為、中央廊下で柔軟運動を行う野球部員たちの前に三浦が現れた。
「ちわっ!」
各自、柔軟運動をやめ、立ち上がって三浦に宮町中運動部特有の挨拶をする。
「みんな、昨日はよくやってくれた。
地区大会優勝、まずはおめでとう。
これで我々は県大会のシード権を獲得した。
だが、県大会は地区大会とは比にならない強豪揃いだ。
慢心せず、一層の努力に励め。
――いいな。」
「はいっ!」
部員たちの声が中央廊下いっぱいに響く。
「先生、もう具合はいいんですか?」
松浦が三浦の身体を気遣った。
「腹痛の方は治まった。
まだ若いという過信がこのザマだ。
――石の方は出す時に痛みが走るが、尿管を柔らかくする薬をもらっている。
お前らが気にする必要はない。」
「あの、話は変わりますが、県大会の日程は決まったんですか?」
岡田が質問をした。
「いや、まだ連絡は来ていない。
だが、期末テスト週間前には行われるはずだ。
決まり次第、追って知らせる。
――他に質問がなければ各自練習に戻れ。」
「はいっ!」
各自、練習に戻る中、希望が直実に耳打ちしてきた。
「(先輩、二日目ですけど大丈夫ですか?)」
「(うん、思ってたより痛みはないよ。
でも、なんかゴワついて変な気分だね、座布団って。)」
「(まあ、それについては慣れるしかないですね。)」
「そっかぁ‥‥でも、しょうがないよね。」
直実はそう言うと、大の字に寝そべりダイアゴナルクロスを再開した。
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