剛と柔【Eパート】
無死走者一塁で試合は再開した。
ジリジリとリードを広げる景清。
「あの、先生。
鷹ノ目に牽制球、教えましたか?」
宮町中ベンチでキャプテンの松浦が顧問の三浦に尋ねた。
「一応はな。
問題はファーストの金森が鷹ノ目の全力送球を捕れないという事だ。」
「キャッチボールのスピードを捕るのがやっとですからね。
でも、それじゃ牽制死は狙えませんね。」
「刺せないだけではない。
下手にボークを取られるくらいならバッターに集中した方がマシだ。
――それに今の羽野のスローイングでは盗塁を刺せない。
暴投されるくらいなら投げない方がいい。
だから鷹ノ目と羽野には、当面ランナーは無視しろと伝えてある。」
三浦の説明に松浦は自分のリリーフが近い事を感じ取った。
「肩、作っといた方がいいですか?」
「爪の具合はどうだ?」
「行けます。」
松浦は爪型に切った絆創膏を気にしながら答えた。
「状況によってはロングリリーフになるかもしれないが、頼む。」
三浦の指示で松浦はユーティリティープレーヤーの加藤を連れてベンチを離れた。
走者を無視したバッテリーは、一つの三振を奪う間に二盗、三盗を決められてしまった。
「なんだよ、あのキャッチャー、独活の大木かよ!」
白鳳のベンチで金売がせせら笑った。
「まさか、ここまで即席のバッテリーだったとはな。」
滝口が腕を組み直してつぶやいた。
「ピッチャー、ビビってる~っ!
キャッチャー、ビビってる~っ!」
三塁側のベンチから一斉に野次が飛ぶ。
「誰がビビってるってぇーっ!?
今、言ったヤツ、出て来なさいよ、こらーっ!
ジャーマンとラリアット、どっちがいい!?」
マウンド上で直実が吠えると、羽野がタイムを要請する。
「鷹ノ目さん、プロレスじゃないんだから野次に返しちゃダメだよ。」
マウンドにドタドタと駆け寄った羽野が直実に注意する。
「だって、ムカつくじゃん、チキンハート扱いされて!」
「チキンハート?」
「臆病者って事!」
「ああ、日本で言うところのノミの心臓とか、いりこの肝ってやつだね。」
「いりこの肝?」
「まずは落ち着こう。
まだ点を取られた訳じゃないんだから。」
「そりゃまぁ‥‥そうなんだけどさぁ。」
「――じゃあ、頼んだよ。」
そう告げると羽野はキャッチャーボックスへと戻っていく。
「ピッチャー、チビってる~っ!
キャッチャー、デカいだけ~っ!」
尚も悪ふざけで野次る忠信。
彼を標的として捉えた直実の目が、愛嬌のあるタレ目から鋭く変わる。
その次の瞬間――
ビチ――――――ン!!!
忠信の額に軟球がめり込んだ。
「牽制球、逸れちゃった!
メンゴ、メンゴ。」
直実が目だけ笑いながら右手を立てて謝った。
(ウソつけ――――っ!)
宮町中、白鳳学院、全選手が心の中でツッコミを入れた。
「牽制球って‥‥まだタイム中だろ!
お前、ワザとやったな!」
嗣信がいきり立つ。
「やめて下さい、嗣信さん。」
制したのは静だった。
「鷹ノ目さん、ご無礼、お許しください。
先輩たちの‥‥そして、私の。」
そう言うと静は軟球をアンダースローで直実に投げ返す。
軟球は補球する寸前で沈むと、
ドボッ!
直実の腹に命中した。
「かはっ!」
鍛え抜かれた腹筋であったが、虚を突かれた為、息が詰まる。
――と、次の瞬間、
「馬鹿者!」
三浦と滝口が揃って両先発投手を叱咤するや否や、
ゴキン!
ビシッ!
直実の脳天には三浦の拳骨が、静の脳天には滝口の脳天唐竹割りチョップが降り掛かった。
「うちの鷹ノ目が失礼しました。」
三浦が滝口に詫びを入れる。
「いやいや、元はと言えばうちの野次が原因ですので。」
滝口も三浦に詫びを入れる。
その後、試合は続行されるも、両先発投手が退場となる異例の事態となった。
また、直実の自称・牽制球をもろにくらった忠信は白鳳のお抱えドクターの診療を受ける為に交代。
そして、直実がマウンドを降ろされた事で相棒の羽野も加藤と交代となった。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、誠にありがとうございます。