剛と柔【Dパート】
そして迎える五回表。
「えっ、バントですか?」
景清は滝口の指示に耳を疑った。
「残念ながらあの球に当てられるのはお前だけだ。
八幡の監督からは、鷹ノ目は野球を始めてから日が浅いという話だ。
バント処理が完璧に出来ない可能性がある。」
「でも、俺、セーフティバントなんてやった事‥‥。」
「ただのバントでいい。
転がすだけでいいんだ、三塁寄りにピッチャーが取るくらいの位置にな。」
セーフティバントは虚をついて一塁線に転がすのがセオリーだ。
しかし、滝口はそれを大きく覆す奇策を命じた。
「‥‥わかりました。」
景清は監督の指示に従うしかなかった。
「それからお前ら、いつまで野球観戦しているつもりだ!?
もっと声を出せ!」
控えの選手は元より、ベンチに入れなかった部員に対して滝口の檄が飛ぶ。
「は、はいっ!」
打席に入った景清が初球からバントの構えを取ると、羽野の警戒心は高まった。
(バスターか!?)
バスターとはバントの体勢から投手が投球モーションに入ってからヒッティングに切り替える打法である。
(動揺を誘ってるだけか?)
景清のスウィングスピードを目にしていた太刀川は前進守備を躊躇した。
(ランナーなしでバントって、こないだ教わったセーフティバントってヤツだよね。
だけど、おあいにく様。
ちゃーんと対処法、練習積んだもんね!)
直実は鉄腕ラリアットを羽野の構えたミットをめがけて投げ込んだ。
カン!
ボールを殺し切れていなかった。
軟球はボテボテと三塁手と投手の間に不格好に転がって行く。
セーフティバントどころか、バントとしても明らかな失敗であった。
だが――
「鷹ノ目、どけっ!」
三塁手の太刀川が猛ダッシュしてくる。
「やーだべぇーだっ、私が捕るんだから!」
初のバント処理に燃える直実も常識外の瞬発力で猛ダッシュしてくる。
その結果、二人は――
ドガッ!!
激突し転倒する。
ボールはカバーに入っていた遊撃手の星野が処理し、何とか二進は防いだ。
「いててて‥‥今のは俺に任せろってんだ、このド素人が!」
「はあっ!?
あんたこそ、私に譲んなさいよ、このイノシシ野郎!」
「俺がイノシシだと!?
なら、てめぇはブレーキとハンドルの壊れたダンプカーだな!」
「あっ、それ、スタン・ハンセンみたいでカッコいいかも!」
「‥‥誰だよ、それ?」
直実の一台詞で喧嘩の腰を砕かれた太刀川の怒りのボルテージは一気に下がり切った。
「あのピッチャーの送球をファーストが捕れないと踏んでいたのだが‥‥まさか、こんな展開になろうとはな。」
滝口は口端を持ち上げて語った。
「‥‥‥‥。」
静は鎬を削った投手戦がこのような形で終焉を迎えた事に失望した。
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