激闘・前篇【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「ルールは覚えて来たか、炎のストッパー女?」
地区大会準決勝、試合前の挨拶を終え、一塁側のベンチへ戻ろうとした直実を藤原が呼び止めた。
「当然!
今回は負けませんから!」
自信たっぷりに答える直実。
「そいつは楽しみだね、試合後の泣きっ面が。」
「泣くのはそっちだかんね!」
直実はビシッと藤原を指さした。
「まったく強気なお嬢さんだ。
でもまあ、ピッチャーはそのくらい気が強い方がいい。」
「残念でした、今日の私はレフトなんだよね!」
「おいおい、冗談はジャーマン・スープレックスだけにしてくれ。」
「鷹ノ目、何をしている!? 早くベンチへ戻れ!」
三浦の怒声が響く。
両校のスターティングメンバ―が発表される。
先攻の八幡中のオーダーは、
一番センター:佐々木一馬(三年)右投左打
二番サード:梶原元騎(三年)右投右打
三番ピッチャー:藤原義経(三年)右投右打
四番キャッチャー:武蔵保(三年)右投右打
五番ファースト:畠山重和(三年)左投左打
六番ショート:佐貫健一(三年)右投右打
七番ライト:曽我拓也(三年)右投左打
八番レフト:八代海尊(三年)右投右打
九番セカンド:牧秀幸(三年)右投両打
八幡中の先発メンバーは全員三年の正レギュラーだった。
「ここまでガチに勝ちに来ている試合、この地区大会ではまだありません!」
スコアブックを付けていた本人の石田が驚きを隠せない。
「それだけ宮町中の実力が脅威として認識されているという事だ。」
三浦は落ち着いて現状を語った。
一方の宮町中のスターティングメンバ―は前に告げられた通りだった。
マウンドに立つ松浦は落ち着いていた。
昨日の練習前に和田から傾向と対策を伝えられていたからだ。
松浦は頭の中で和田の説明を思い返した。
『一番の佐々木さんと二番の梶原さんは練習試合で見せつけられたように俊足がウリの選手です。
二人ともカウントが若いうちから盗塁を狙ってきます。
長打力なら佐々木さん、打率なら梶原さんが上ですが、どちらかが出塁すると得点が入る率、実に八割を超えます。
付いた異名が『埼北新幹線』。
あくまでデータ上ですが、佐々木さんは追い込まれると引っ張る率が、梶原さんは転がす率が上がります。
そしてもう一つ、佐々木さんは強気ですが高確率で初球、特に初回は球を見送ります。』
(行くぞ、羽野!)
この試合、松浦が配球を決め、ノーサインで羽野に投げるという策を取っていた。
初球、内角高めのストレート、二球目、外角低めギリギリに入ってくるカーブで早くも佐々木を追い込んだ。
三球目は外角にボール一つ外れるチェンジアップ。
佐々木のバットは既の所で止まった。
(この羽野とかいうキャッチャー、ただ頑丈なだけの壁かと思ったが、こんな短期間で‥‥。)
四球目、松浦は公式戦初のシンカーを内角に投げる。
(シンカーだと!?)
佐々木は器用にバットを合わせるが、癖もあってか強引に引っ張る。
結果、予めやや右寄りにシフトしていた岡田の真正面にゴロが疾駆する。
球は岡田から金森に渡ると、
「アウト!」
一塁塁審のコールが響いた。
「よーく研究してらぁ。」
二番の梶原はそうつぶやくと、ネクストバッターズサークルから右打席へ向かう。
「1ナウト、1ナウトーっ!」
立ち上がってバックに号令を掛ける羽野に、
「ちょっと見ねぇ間に随分成長したじゃねぇか。」
梶原が囁いた。
「ど、どうもです。」
梶原は初球の内角低めに入るストレートを三遊間に痛烈なゴロを叩き込む。
レフトへ抜けたと思った当たりを星野がダイビングキャッチ。
体制を整える間も無くファーストへ送球する星野。
(すんげぇプレイだ。
悔しいがタイミングは間一髪アウトだ。
――だが、残念だったな。
お前の矢のような送球、あのヘタクソな金森にゃあ捕れねぇ!)
星野の送球は案の定、ショートバウンドして一塁手の金森へ。
パシッ!
金森は無難に捌いた。
「アウトーっ!」
(捕った‥‥だと!?)
驚愕する梶原。
「ナイスプレイ、星野!」
金森の声が響くと、
「ナイスキャッチ、親分!」
続いて星野の声が響き渡った。
(次は藤原か‥‥。)
松浦は再び和田の戦力分析を回想する。
『ピッチャーの藤原さんはバッターとしても非凡な才能を持っています。
佐々木さん、梶原さんよりは劣りますが脚もあり、投・攻・走三拍子揃っています。
打順としては三番に入る事が多く、スーパーカートリオのような作戦も取りますね。
中距離ヒッターで一発はありませんが、外角は高めから真ん中は特に強く打率が高くなっています。
反面、内角‥‥特に低めは打率が下がります。』
初球、内角低めのストレートを見逃す藤原。
「ストライーク!」
(いやーなコース、突いてきやがる。)
藤原はフッと笑った。
続く二球目は明らかにボールとわかる外角高めのストレート、三球目はホームベースの角をかするかのように逃げていくカーブで藤原を追い込む。
(で、締めは内角低めってか。
教科書通りのリードだな、急造キャッチャーくん。)
藤原は自身の苦手コースの内角低めのストレートにヤマを張った。
そして藤原の読み通り、松浦は内角低めに百四十キロのストレートを投げる。
スカ――ン!
藤原の木製バットが弾き返す。
弾丸ライナーは直実の守る左翼へ向かってへ飛ぶ。
左翼線側へ走る直実。
(急造レフトに逆シングルでのダイレクトキャッチは無理だ!)
藤原は快足を飛ばす。
――が、
パシ――ン!
直実は走りながら逆シングルでそれをダイレクトでキャッチ!
そして走りの勢いが止まるや否や体勢を整え、
「うおおおおおおおっ!」
羽野に向かってクイックモーション版の鉄腕ラリアットを繰り出した。
バス――――――ン!
レーザービームのようなストライクが羽野のミットに収まる。
(なぜ逆シングルで捕れる!?
――ていうか、なぜバックホームする!?)
藤原はセカンド手前で呆然と立ち尽くした。
「いいぞ、ナココーっ!
なんでキャッチャーに投げたかわかんないけど、カッコいいからOK!」
日曜という事もあり、応援席には明美を始めとした友人や家族が応援に来ていた。
「みんなーっ、応援ありがとう!
最後まで楽しんでいってねーっ!」
調子に乗って直実が声援に応えると、
「早く戻ってこい、バカ者が!」
三浦の叱咤がグラウンドに響き渡り、声援が爆笑に変わった。
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