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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第二十二章 それぞれの役割
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それぞれの役割【Bパート】

「ふうーん、アレはそういう練習だったんだ。」


 その日の帰り際、羽野(はの)は練習の内容を直実に話した。


「それがなかなか難しくてね‥‥。

 俺、運動神経、よくないから。」


「うん、そうだねぇ。

 パワーと根性と頑丈さはあるけど、運動神経と身体(からだ)のカタさは問題だよね。」


 相変わらず直実(なをみ)()ストレートだ。


「あれ、羽野くんの家、反対方向じゃ?」


「今日はちょっと銀映(ぎんえい)の隣りのバッティングセンターに寄ってこうと思ってね。」


「特訓ってヤツ?」


「ははは、そんないいもんじゃないよ。

 どっちかって言うと居残り勉強に近いかな。」


「だったらさぁ、私も付き合うよ!

 一度行ってみたかったんだよね、バッティングセンターって!」


「バントばかりじゃつまんないよね。」


「そうだよ!

 私だって野球でもホームラン打ちたいし!」


「野球でも?」


「えっ‥‥? ううん、何でもない!

 ほら、言葉のアヤってヤツだよ!」


 直実は卓球部の最後の試合を咄嗟(とっさ)隠蔽(いんぺい)した。


 二人は(しゃべ)りながら夕暮れの街を星川方面へ進んでいった。


 ● ● ●


 星川沿いにあるバッティングセンターに直実と羽野は来ていた。


「ここにお金を入れると、あの穴から軟球が飛び出てくるんだよ。

 で、それを打つって訳。」


 羽野が簡単に説明した。


「バットはこの中から選べばいいのかな?」


「うん、自分に合った物を選んで。

 ああ、あと、注意点が一つ。」


「注意点?」


「ストライクじゃなくても振る事。

 というか、ほとんどストライクは来ないから、ここ。

 特に遅い球速のを選ぶとね。」


「じゃあ、一番速いのを選ぶよ。

 えーと‥‥百三十‥‥えっ、そんなものなの?」


「百三十キロは充分速いよ。

 高校野球の県大会で勝てるレベルかな。」


「そうなんだ‥‥。」


 直実は自分が投げていた球がどれくらい速いのかを何となく理解した。


「でもさぁ、羽野くんは鉄腕ラリアットを捕れるのに、何でもっと遅い球が打てないんだろ?」


「うん‥‥まあ、その謎を()く為に来たんだけどね。」


 そう言うと、羽野はミットをはめて百円玉を挿入した。


「それじゃあ、私も!」


 赤い金属バットを握った直実も百円玉を挿入した。


 チャラリラッタラー♪

「プレイボール!」


 独特のジングルの後、こもった音声が流れた。


 ● ● ●


 それは異様な光景だった。

 ミットをひたすら振る羽野と、素振りすらまともに教わっていない為、メチャクチャなバッティングフォームの直実。


「おい、見ろよ、あの二人。

 ウチの中学の野球部員なんだぜ、アレでも。」


「マジかよ。

 赤バットの方もひでぇけど、デカい方もひでぇ運動音痴だな。」


 二人はいつしか笑い者になっていた。


「ああっ、もうっ、どうしたらホームラン打てるの!?」


 直実が遂にキレた。


「基礎がなっちゃいねぇんだよ、基礎が。」


 背後からの声に振り向く直実と羽野の目に入ってきたのは、


「太刀川さん!」

「太刀川!」


 太刀川の姿だった。


「あんたも笑いに来たの?」


()げぇよ!

 毎日毎日、勉強勉強で、ストレス解消にここに来たらお前らがいたってだけだ。」


 太刀川は相当ストレスが溜まっているようだった。


「羽野、手打ち練習たぁ、随分と初心に帰った特訓してんじゃねぇか。」


「手打ち練習?」


 オウム返し的に羽野が(たず)ねた。


「バットにどうしても当たらねぇガキがやらされる練習だ。

 理屈言ったってわかんねぇだろうから、手本を見せてやる。

 百聞は一見にどうのこうのって、ヤツだ。

 ――ほら、ミットを貸せ。」


 羽野からミットを受け取ると、太刀川は百円玉を挿入した。

 再び流れるジングルとこもった音声。

 太刀川に投じられる百三十キロのボール球。


 フォン!

 バシッ!


 速いスウィングスピードでボールをキャッチする太刀川。

 そして次々にキャッチしては軟球を投げ捨てていく。


「わかったか?」


 全球クリアした太刀川がどや顔で(たず)ねた。


「あ、はい、なんとなく。

 ――ありがとうございました!」


 羽野が一礼する。


「次は鷹ノ目、お前の番だ。」


「あんたなんかに教えられたくないですよーだ。」


 直実がプイっと横を向く。


「あンだとコラ!

 こちとら、お前らに勝ってもらわねぇと三年の夏が終わっちまうんだよ!」


「だったら、『教えさせてください』、でしょ?」


「だぁーっ、ムカつく言い方だな、おい!」


「これ、あんたのマネしただけなんだけど!

 松浦さんに土下座させた上でこんな風に言ってたよね?」


「うっ‥‥そんな昔の話を持ち出すな!

 赤点常習犯のクセにナマイキだぞ!」


「カンニング野郎に言われたくないですぅ!」


 二人の言い合いはどこまでも続きそうな勢いだ。


「まあまあ、落ち着いて、二人とも。

 鷹ノ目さんはホームランを打ちたい訳だし、太刀川さんは県大会に出たいんですよね?

 利害は一致しているんだから、鷹ノ目さんはバッティングを教わってよ。」


 羽野が直実を説得した。


「羽野くんがそう言うなら‥‥。

 バッティングの基礎を教えて‥‥ください、太刀川‥‥‥‥さん。」


 直実が頭を下げた。


「お、おう。

 取って付けたような『さん』が気になるが、まあいいや。」


 太刀川も教える気を取り戻した。


「最初に言っておくが、軟球は潰れる。

 逆に言えばフルスイングしなくても飛ぶって事だ。

 これを頭に叩き込んでおけ。」


「だから裏拳(うらけん)打法でも、あそこまで飛んだのかぁ。」


「裏拳打法?」


「まあ、長くなるから早く教えて‥‥‥‥ください。」


「なんか、お前の丁寧語を聞くと(かゆ)くなるから、いつもの調子でいいや。」


 太刀川は左の親指の爪で首筋を()きながら哀願した。


「うん、わかった。」


「まず握り方はこうだ。

 両手の親指と人さし指の力を抜いて薬指と小指でバットがグラつかねぇくらいの力で支えろ。」


 太刀川は手本を見せた。


「中指は?」


「中指も支えるくらいだな。

 小鳥を包み込む感じって覚えろ。」


「ぷぷっ、小鳥だって。似合わないよ?」


「るっせー。

 ――で、下側の手でしっかり支える。」


 太刀川の握りを真似て直実はバットを握った。


「あとは飛ばし方だが、身体(からだ)の回転を使うんだ。

 要は腰の動きだ。

 お前、左バッターか。

 なら、左手でラリアットを振り抜く時の腰の感じって覚えろ。」


「あ、それならイメージしやすい!」


「あと、右脇はきちっと()める。」


 構えは(さま)になっていた。


「こうかな?」


「まあ、そんな感じだな。

 ――そしてボールをよく見てバットに当てたら、すくい上げる感じで打て。

 手本を見せてやるから、真似てみろ。」


 太刀川は再び百円玉を挿入する。


 スカ――――ン!


 太刀川の木製バットは軟球を捕え、ホームランの的に当たる。

 鳴り響く派手目だが音の割れたファンファーレ。


 太刀川は次々にホームランを連発する。



「的に当たったのは十五本だったが、残りも試合なら全部(さく)()えだ。

 ()()えず手本の通りやってみろ。」


「うん、わかった!」


 ● ● ●


「もう~っ、一本もホームラン打てなかった~っ!」


 (くや)しがる直実。


「はっはっは、素人(しろうと)が最初っからホームラン打てるもんかよ。

 ――でもまあ、当てて打ち上げられただけでも合格点だな。」


「そりゃどうも。」


「それと最後に、だ。

 ホームラン打ちたかったら、引っ張ってライト側のポール際を狙え。

 球場ってのは両翼(りょうよく)‥‥つまり端っこの方が狭くなっているかんな。」


「了解。ありがとね!」


 直実の真っ直ぐな笑みに太刀川は思わず目を逸らした。


「羽野の方はどう‥‥」


 太刀川が振り向くと、汗まみれの羽野がミットでボールを一心不乱に(さば)いていた。


「不器用だけど、素直で真面目なところがアイツの最大の武器なんだろうな。」


 太刀川はフッと笑いながらつぶやいた。

 その目はどこか優しさを帯びていた。

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[良い点] 太刀川が先輩らしくなっていていい感じです!
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