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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第十四章 剛と柔
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剛と柔【Cパート】

 二回表、初球、白鳳の先頭打者、景清(かげきよ)のバットが空を切った。


「ストライーク!」


(確かに全国大会(ぜんこく)で対戦したどのピッチャーよりも速い。

 ――だが!)


「うおおおおおっ!」


 鉄腕ラリアットが唸りを上げる。

 しかし景清は、直実の投球練習からのわずかな時間でその球筋を見切っていた。

 その野球センスは太刀川に勝るとも劣らなかった。


(狙い通り!)


 景清のバットが百六十三キロのストレートを捕える。

 が、次の瞬間だった。


 ピョ――――ン!


 聞き慣れない音がグラウンドを駆け抜けた。

 それは金属バットが割れた音だった。

 ボールは大きく上がり、レフトの竹之内(たけのうち)がほぼ定位置で捕球した。


(この俺が押し負けただと!?

 しかも、バット(あざ丸)まで割られて!)


 屈辱だった。

 この上ないまでの屈辱だった。

 景清とて決して十割打者ではない。

 当然、打ち取られる時もあれば三振もある。

 だが、明らかな力負けは『中学軟式最強の右打者』の名声を得てから初めての出来事だった。


(鉄腕ラリアットが打たれた!?)


 一方の直実にとってもレフトまで弾き返されたのは初めての出来事だった。


「タイム願います。」


 羽野は主審にタイムを要求するとマウンドへ駆け寄った。


「鷹ノ目さん、ナイスピッチン!

 金属バットが割れるとこ、初めて見たよ!」


「えっ、そうなの?」


 羽野のフォローに直実の動揺はどこかへ吹き飛んだ。

 この単純さが直実の長所であり、短所でもある。


「鉄腕ラリアットは飛ばされちゃったけどさ、レフトフライだった訳だし。

 ――ほら、刀を叩き折った上で首を取ったようなもんだよ。」


「そっかぁ、そうだよね。

 アウトなんだもんね。」


「そうそう。

 じゃあ、次も打ち取ろう!」


「うん! 任せて!」


 直実の元気な声を聞くと羽野の頬肉も持ち上がる。


 羽野の言葉に促されて気持ちを上手く切り替えられた直実は、後続を連続の三球三振で断ち、白鳳の攻撃を終わらせた。



 そして二回裏、先頭打者として宮町中の四番、太刀川(たちかわ)教経(のりつね)が打席に入る。


(来た球を打つ、ただそれだけの事だ。)


 太刀川が身構えた。

 彼は自身も成しえなかった鉄腕ラリアットを外野まで飛ばした景清を、直実以上に意識していた。


 静の投じた初球は外角低めに決まる縦割れのスライダー。

 太刀川はそれを見送る。


「ストライーク!」


 続く二球目はナックル。

 不規則な変化をするその変化球は、外角ギリギリのストライクゾーンをかすめる。

 が、それを見逃す程、太刀川は甘くなかった。


 スカ――――ン!!


 木製バットの渇いた音がグラウンドを突き抜ける。


「ファ――ル!」


 大空に弧を描いた打球は右翼線から大きく逸れてファウルとなった。


(あのナックルをあそこまで飛ばすなんて‥‥。

 あと少しでも甘く入ったら行かれていた。)


 静は額に滲んだ嫌な汗をアンダーシャツの袖で拭う。

 投げた当人が正確にコントロール出来ないナックルを静は嫌っていた。

 だが、受ける有綱(ありつな)源太(げんた)のリードは信頼出来る。


(有綱さん、アレを使います。)


 静は帽子の鍔を掴むと、三回左右に小刻みに揺すった。

 その途端、有綱が慌てて主審にタイムを要求する。

 マウンドに駆け寄った有綱は開口一番、


「何を考えてるんだ。

 こんなチームに使う球じゃないだろ、アレは。」


「いえ、このバッターにこそ、使う球です。

 お願いします。」


「去年の全国大会(ぜんこく)でさえ温存していたのに、か?」


「はい。

 ――さっきのスウィングスピード、景清さんと同じレベルでした。

 しかし、まだ軟式慣れしていないのでしょう。

 自分の予測を上回る変化球に対しては硬式の打ち方になってしまうようです。

 だからこそ、アレを使いたいんです。」


 正論だった。

 それに、静が言い出したら聞かない事は百も承知の有綱は折れるしかなかった。


「‥‥わかった。

 ただし、次の一球だけだぞ?」


「ありがとうございます。」


 有綱が定位置に戻ると試合は再開された。


(行きます! スウィート・マジック!)


 静の投球モーションがダイナミックに変わる。

 そしてその右腕も地面すれすれを通過する。

 放たれたボールには特殊なスピンが掛かる。


(これはシュート回転のムーヴィング・ファストボール?

 ――いや、それとも違う!)


 予想外にシュート回転が大きく、太刀川は自身に向かってくるような錯覚を感じた。

 直後、球は揺れながら沈み始める。

 何とかスウィート・マジックにバットを合わせるが、真芯からは大きく外れてしまう。

 次の瞬間、


 バキャッ!!


 バットは根元から折れ、打球は浅いレフトフライとなる。


「くっそ!」


 悔しがる太刀川を見ながら有綱は吐息をひとつ。


(肝が冷えたぞ、吉野。

 いつものフォームから投げられるようになるまで使用禁止だからな。)


 静も後続を連続で三球三振に仕留め、以降も女子投手同士の奪三振ショーが展開する事になる。

 ひたむきに覚えたての野球を楽しむ直実と、自身のプライドを掛けた情念で投げ込む静。

 どこまでも対照的な二人であったが、野球に対する真摯(しんし)さは共通していた。

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[良い点] 熱い直実とクールな静の投げ合いがひたすらカッコいいです!
[良い点] 息を飲む展開が熱いです!
[良い点] 意地で張り合う静がいい。
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