IQ野球をぶっ倒せ【Eパート】
一点は返したものの、その後、追加点とはならず、宮町中は一点ビハインドで六回裏を迎える。
そして遂に三浦が動く。
「選手交代。
レフトの鷹ノ目をピッチャー、ファーストの羽野をキャッチャー、キャッチャーの金森をファースト、レフトを加藤。」
「行くよ、羽野くん!」
マウンドに登ると直実がストレートの握りを羽野に見せつける。
「よっしゃ! 来ぃや!」
装備品を一式着けた羽野がミットを構える。
「うおおおおっ!」
投球練習の段階から百五十キロ台を投げる直実。
「あの女子がピッチャー‥‥いや待てよ、あいつ、テレビで観たぞ!」
「テレビって、もしかして『スポーツ一番』か!?
あの百六十キロを投げてた!?」
「か、監督、何か打つ秘策は!?」
緑ケ原学園の部員たちは皆、恐れおののいていた。
「あれだけの球、それほど続く訳がない!
とにかく粘れ! スタミナ切れを狙うんだ!」
だが、一番から始まる好打順も鉄腕ラリアットの前には手も足も出なかった。
わずか九球で緑ケ原の攻撃は終了する。
続く七回表、一回裏の仕返しとばかりに和田がカット打法で粘り、四球を選ぶ。
こうなれば宮町中の鉄板と言える岡田の送りバントだ。
岡田はきっちりと自分の仕事を決める。
そして一死二塁で加藤の出番となった。
(加藤浩之。
宮町中の控え投手であり、全ポジションをこなすユーティリティー・プレイヤー、か。)
自慢のスコアラー陣が取ってきたデータに木藤が目を通す。
「いいか、何でも出来るヤツというのは、得てして何も一流がないというものだ。恐れず行け!」
木藤はマウンド上の平賀に檄を飛ばした。
「うっす!」
平賀はベンチにそう答えると、初球のスライダーでストライクを取る。
(何も一流がない、か。)
データの通りだと加藤は思った。
直実の加入で投手は三番手に降格した。
太刀川の加入で正三塁手の座も奪われた。
否定する材料など一つもなかった。
「タイム!」
タイムをコールしたのは三浦だった。
三浦は加藤を呼び寄せる。
(‥‥代打を送られるのか、俺。)
「加藤、お前の強みは何だ?
言ってみろ。」
三浦が問う。
「‥‥どんなポジションでもこなせる事、でしょうか?」
「違う。
どんな選手の気持ちでもわかる事だ。」
「気持ち‥‥ですか?」
「今の相手ピッチャーの心理状態、各ポジションに就いている野手の気持ち。
彼らはどんな事をされたくないか、苦労人のお前ならわかるはずだ。
その中で彼らが一番されたくない事をやってこい。」
「――わかりました!」
加藤は考える。
投手として一番されたくない事を。
それは決め球を格下の打者に打たれる事。
加藤は考える。
内野手として一番されたくない事を。
それは一三塁にされて出塁率の高いスラップヒッターに回る事。
加藤は考える。
チーム全体として一番されたくない事を。
それは自分たちのしてきた野球のお株を奪われる事。
それらを総合した結果――
カキ――ン!
カウント2-1から三振を取りにきた決め球のスライダーをセンター返しにし、走者一三塁とした。
「うっし。」
一つの役割を成し遂げた加藤は一塁ベース上で小さくガッツポーズを取った。
そして迎えるバッターは宮町中最強のスラップヒッター星野勝広。
この状況では野手陣大津波は仕掛けられない。
もし仕掛けたら走塁妨害を取られかねないからだ。
加藤は星野と和田にサインを送る。
(マジっスか!?)
星野と和田が心の台詞でユニゾンする。
(――でも、面白い!)
再び二人の心がユニゾンすると、星野は露骨にスクイズの構えを取る。
必然的に緑ケ原の投手・平賀の意識は三塁走者の和田に集中する。
その時だった。
「セカン!」
捕手の指示が平賀に飛ぶ。
加藤の単独スチールだ。
慌てて二塁手に投げる平賀、案の定、一二塁間に挟まれる加藤。
意識がそこに集中している隙を突いて和田が猛然と本塁へ向かって走る。
変則的な重盗だ。
「何っ!?」
今度は慌てて一塁手の遠藤がバックホームをする。
加藤はベンチから見ていた。
緑ケ原の野手の中で一番肩が弱いのは誰かを。
それが遠藤だった。
「セーフ!」
遂に同点に追いついた。
「うっしゃーっ!」
二つ目の役割が成功した加藤は二塁ベース上で大きくガッツポーズを取った。
「ウチのお株が奪われるなんて‥‥。」
がっくりと膝をつくバッテリー。
格下と見ていた宮町中の下位打線に、してやられた緑ケ原ナインの心はへし折られた。
心の折れた緑ケ原には星野を抑える知略はもうなかった。
バントエンドランで再び一三塁となると、今度は正攻法のダブルスチール。
遂に宮町中が逆転した。
更に直実がプッシュバントを決め、三度一三塁。
三番の松浦が中堅手への犠飛で点差を広げると、四番の羽野に待望の一発が飛び出す。
「やったね、羽野くん!」
直実がホームインしてきた羽野にハイタッチを要求する。
「ありがとう、鷹ノ目さん。
まぐれ当たりだと思うけど、嬉しいよ。」
羽野は直実とハイタッチ。
「よっ、羽野。どんな感触だった?」
次の打者の金森が羽野に尋ねた。
「最高な感触です!」
興奮気味に羽野が答える。
「言ってくれるね、このスケベ。」
金森の台詞に呆気に取られた羽野だったが、すぐに直実とのハイタッチの事だと気付く。
「お、親分、俺は初ホームランの‥‥!」
「ぐひひ、若いってのはいいねぇ~。」
真っ赤になった羽野をからかうように打席に向かう金森。
点差がこれ以上開かないように木藤も策を打つ。
ピッチャーを控えの二年の山口に、キャッチャーをやはり控えの二年の米崎に交代させた。
それが功を奏したのか、五番の金森は空振りの三振に倒れて宮町中の攻撃は終了する。
そして――
「ストライーク! バッターアウト!
ゲームセット!」
直実が残りの3イニングを完璧に封じ、宮町中はIQ野球を見事粉砕した。
「三浦さん、いい試合、ありがとうございました。」
木藤は三塁側ベンチを訪れると三浦と握手を交わしながら頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました。
いい勉強になりました。」
今度は三浦が頭を下げた。
「緑ケ原は弱者です。
弱者が勝者になる為の策をいろいろやらせてもらいました。
中には、そこまでして勝ちたいかと思われるプレイもあったかもしれません。
非礼があったらお詫びしたい。」
「宮町中はまだまだ発展途上のチームです。
この試合で多くの足りない事を痛感しました。」
「そうですか。
お互い、この先も頑張っていきましょう。」
木藤はそう言うと、どちらからともなく握手は終わる。
そして去り際、
「七回の最初の重盗、アレにはやられました。
あなたが指示を出されたのですか?」
「いえ、私は選手に考えさせただけです。」
「そうでしたか。
加藤くん‥‥でしたか、彼はウチ向きの選手です。
もし進路がまだ決まってないようでしたら、是非、緑ケ原の高等部にとお伝えください。」
そう一方的に告げると木藤は一塁側のベンチへと引き上げていった。
● ● ●
帰りのバス、ダブルヘッダーを終えた選手たちは眠りに就いていた。
そんな中、ただ一人、羽野だけが起きていた。
(ホームランを打ったんだよな、俺‥‥。)
今も感触が残る両手を見つめながら。
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