夢の入り口【Dパート】
「松浦、悔いはねぇか?」
太刀川がハラミを焼きながら松浦に尋ねた。
「ああ、準決勝を投げ切って完全燃焼したつもりだ。
悔いはないよ。
‥‥ただ、まだ野球に対しての未練は正直言ってある。
でも、こればかりは運命だからな、追々受け入れていくさ。」
松浦はそう答えるとアップルポークをひっくり返す。
「太刀川は悔いがありそうだな。」
今度は土肥が尋ねた。
「ああ、決勝戦で白鳳のマジカルサブマリンに完璧に抑えられたからな。
おまけに大会MVPがホームラン一本差で景清だと?
『ざけんな、中体連』ってヤツだよ。」
太刀川はそう言い終わるや否や、親の仇のようにハラミを食べ始めた。
「高校野球でやり返しゃあいいじゃねぇか。」
金森が火が通ったタンを箸で摘まみながらアドバイスする。
「強えー学校からスカウトが来りゃあいいんだけどな。
俺、勉強出来ねぇからよ。」
「ああ、知ってる。」
金森と松浦がユニゾンした。
「自分で言うのは大丈夫だけど、人に言われると腹立つな、ったく!」
そう言うと太刀川は金網で焼けた肉を片っ端から奪い取っていった。
「あっ、俺の育てたアップルポークを!」
「この野郎、俺のタンを返せ!」
「やなこったい。」
そう言うと太刀川は肉を頬張った。
その直後だった。
「食べている者はそのまま聞いてくれ。
この場で連絡事項がある。」
立ち上がった三浦が声を張る。
「松浦健太、太刀川教経、星野勝広、鷹ノ目直実、この四名にジュニア選抜強化選手のオファーが正式に来ている。
これに優勝監督推薦枠として羽野を入れるつもりだ。
名前を呼ばれた五人、起立!」
立ち上がった五人に盛大な拍手が送られた。
「更に松浦、お前にニジサキスポーツから就職の話が来ている。
そこに就職となれば、来春からスタートする東日本ベースボールアカデミーの職員として十五時まで働き、以降は野球の練習に参加という形になるらしい。
言葉で言うほど甘いものではないだろうが、どんな夢の入り口も荒海のようなものだ。
――今すぐに答える必要はない、じっくり考えて結論を出せ。」
「は、はいっ!」
「では、代表して松浦、コメントを頼む。」
三浦はそう言うと静かに着席した。
しかし、松浦は不意打ちに近い出来事に頭が真っ白になり言葉が出てこなかった。
「(ほら、なんか言えよ。)」
太刀川が左肘で軽く松浦を小突く。
「‥‥まだ‥‥まだ野球が出来るんだ‥‥。」
松浦の両目からとめどなく涙がこぼれ落ちた。
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