アクシデント【Dパート】
「小賢しい手がこの俺に二度通用すると思うなよ?」
景清は小声で羽野に話し掛けた。
「わかってます。
――それより、吉野さんの手、大丈夫でしたか?」
お人好しの真面目男が景清に話し返す。
「‥‥お前にゃあ関係ねぇ。」
「そりゃあまあ、そうなんですけど。」
羽野はそう言い終えるとミットを外角低めに構えた。
「うおおおおおっ!」
バス――――ン!
「ストライーク!」
景清は初球を見逃した。
(百六十二、三ってところか‥‥。
球数が少ないとは言え、よくここまでこのスピードが続く。
それに下手にバットを出せば割れる威力‥‥このキャッチャーの手も異常な頑丈さだ。
『リーサル・ウェポン』ってのはこのバッテリーのような事を言うんだろうな。)
景清は心の中でつぶやいた。
続く二球目、羽野は内角低めにミットを移した。
頷く直実はセットポジションから鉄腕ラリアットを繰り出す。
「うおおおおおっ!」
キ――――ン!
百六十七キロの球に景清はバットを当ててきた。
打球はバックネット後方に大きく打ち上ったが。
(当てるのか、アレを!?
しかもバットを割らずに‥‥!)
羽野は景清のポテンシャルに驚愕した。
「あれが景清光朗というバッターだ。」
滝口が腕を組み直してベンチの選手たちに言い聞かせた。
(よもやここまでの男になるとは、この俺にも予測出来なかった。
――俺が景清と知り合ったのは、まだアイツが小三の時だった。)
● ● ●
カキ――――ン!
バッティングセンターで『ホームラン』と書かれた的を連発で当てる景清。
(あの噂は本当だったのか!)
滝口はホームランを連発する『愛子の神童』の噂を聞き、話半分で視察に来ていた。
そして、汗を流し終えた景清に話し掛けた。
「君、齢はいくつ?」
「九歳だけど、おじさん誰?」
「俺は白鳳学院中等部で軟式野球の監督をしている滝口という者なんだけど、君の噂を聞いて来たんだ。」
「俺の噂?」
「どんな球でもホームランにする神の子がいるってね。」
「人違いじゃない?
俺、どんな球でも打てるワケじゃねぇし。」
「だって、さっき全球、すごい当たりだったじゃないか。」
「‥‥でも、静の球はホームランに出来なかった。」
「静? 君のライバルなのかい?」
「ライバルっていうか、幼馴染っていうか‥‥。」
景清は視線を逸らして答えた。
「白鳳学院に来ないか?」
「えっ?」
「初等部‥‥つまり小学校だな。
そこには軟式野球部がある。
俺は君みたいな子を探していたんだ。
天性の四番バッターをね。」
「俺に転校しろってこと?」
「‥‥そういう事になるかな。」
「‥‥‥‥一つだけお願いがあるんだけど。」
「それさえ聞けば考えてくれるのかい?」
滝口の問いに一拍置いて頷く景清。
「言ってごらん。」
「静と一緒に転校したい。
アイツと一緒に野球がもっとうまくなりたい!」
● ● ●
(吉野がまさか女子だとは思わず承諾してしまったが、結果的には最高の形となった。)
心の中でそうつぶやくと、滝口は再び腕を組み直した。
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1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2023年)とは違っています。