地区大会開始【Bパート】
「リトルシニアの太刀川、百六十キロを投げる鷹ノ目。
その二人が揃ってベンチに入っていないだと!?」
薫風大附属中等部の監督である中谷がメンバー表を見て吠えた。
(我々を見くびっているのか、アクシデントか‥‥。
まあ、どちらでもいい。
四番とエースをズラリと並べた薫風大の力、味わうといい!)
「ストライーク! バッターアウト!
チェンジ!」
福田中から引き抜いた角川、松葉中から引き抜いた坂井、梅園中から引き抜いた中村が揃って三振に倒れ、一回表の薫風大附属の攻撃が終わった。
「ナイスリード!」
松浦はベンチへ引き上げる際、捕手の加藤のリードを称えた。
「和田、向こうの戦力データはどうなんだい?」
岡田が和田に軽く尋ねた。
「みんな県北・県西地区の公立中の名前のある選手ばかりです。
ただ、全国区って程ではないんでデータと呼べるものはないですね。
言わせてもらえれば、つぎはぎだらけのフランケンシュタインといった感じでしょうか。」
「なぁんだ、オールスターって訳じゃないのか。」
金森が腕を組んで、ドッカと腰を下ろした。
「ですが、唯一、投手で四番の武川だけは全国区に限りなく近い選手です。
MAX.スピード、百三十キロ台のストレートと落ちながら曲がるカーブ‥‥昔ながらのドロップには要注意ですね。」
「普通、百三十ってたらすごく速えーってハズなんスけど、俺の中ではどこかの誰かさんたちのせいでインフレしてるっスよ。」
ヘルメットを被った星野が左バッターボックスへ向かいながら言った。
「はっくしょん!」
「へっくしゅん!」
時を同じくして直実と木曾北中の巴がくしゃみした。
「誰か噂してんのかな?
とにかく急がなきゃ!」
直実は地図を再度見直すと、再び走り始めた。
スカン!
星野の打球はぼてぼてのサードゴロとなったが、
「セーフ!」
強肩と呼ばれる選手でも容易くはアウトに出来ない程、星野の脚は人並外れていた。
「はっはっは、まるで『ファミスタ』のぴのだな。」
金森が豪快に笑った。
「スラップヒッターのくせに‥‥。」
マウンド上で武川がポツリとこぼした。
(四番だけ並べた扇風機打線にスラップヒッターの恐ろしさを見せてやるっスよ。)
星野は舌なめずりすると、二番・岡田の初球に二盗を決めた。
(今、リードをしてたか?)
捕手の黒川が驚愕する。
脚を警戒していなかった訳ではなかった。
ただ、ほとんど一塁ベースから離れていなかった星野に、初球スチールはないと踏んだ自身のリードの甘さを悔いた。
岡田はきっちり星野を送り、一死三塁。
右の打席には松浦が入る。
松浦はひたすらファウルで粘った。
ベンチにいる仲間たちに武川の球種やクセを全て見せる為に。
(もう、ここら辺でいいですよね。)
松浦は三浦に目配せすると、
カキ――ン!
練習通りの右飛を打ち上げた。
これが犠飛となり、宮町中が先制した。
(羽野、わかっているな?)
ベンチから三浦がフルスウィングのサインを出した。
頷く羽野。
(でけぇのが出てきたな‥‥。
しかも、マニエルみたいなのを被ってやがるし。)
羽野の大きな体躯が四番という肩書と特殊なヘルメットを得、黒川に警戒心をもたらせた。
(一球外せ。)
サインは外角に外すストレート。
武川はサイン通りに投げた。
ブォン!
羽野の空振り音が周囲の空気を劈いた。
それは見事な空振りだった。
空振りをする為に振られた純粋無垢な空振り。
ボールとはかけ離れていたが、バッテリーを震え上がらせるには充分過ぎた。
(マグレでも当たれば行かれるぞ。)
黒川はインコース低めに外すサインを出した。
ブォン!
天と地ほどの差があるまでの空振り。
愚直なまでの素振りから生み出さされた美しいレベルスウィング。
しかし、ここで黒川は一つの疑念を感じた。
(こいつ、ただの独活の大木なんじゃ‥‥?)
三球目、黒川は武川に真ん中やや低めのストレートを要求した。
頷く武川。
(打てるもんなら打ってみろいっ!)
武川はこの日最速の百三十二キロのストレートを投じた。
直後、
カキ――――ン!
羽野の思い切りスウィングによる打球は虚空に吸い込まれた。
「ファ―――ル!」
三塁塁審の声が響く。
「何や、真ん中放れる度胸あるやん。
来ぃひん思とったわ。」
羽野がボソリとつぶやく。
(こいつ、ヤバい!)
黒川は完全にビビっていた。
底知れない羽野のパワーに身震いすると立ち上がり、羽野を四球で歩かせた。
「えっ、何? 俺と勝負かよ。
ナメられちゃったもんだね、これは。」
金森がネクストバッターズサークルで大きな独り言をつぶやいた。
「行けーっ、親分!」
ベンチからの声援が左打席に入った金森に飛ぶ。
(――この俺が敬遠だと?
黒川の野郎、俺の実力をわかってないんだ。)
羽野への敬遠は著しく武川のプライドを傷つけた。
そしてこれはバッテリー間の信頼にヒビが入った瞬間と言えた。
(こんなオッサン顔のバッターなんて、ストレートでねじ伏せてやる!)
武川は黒川の慎重すぎるサインを無視し、ど真ん中へ渾身のストレートを投げた。
だが、この瞬間、投じた渾身のストレートは慢心のストレートに変わる。
カキ――――ン!
走者がいるとめっぽう強い金森の打球は右翼スタンドに飛び込んだ。
更に、松浦の粘りでメッキが剥がされていた武川は、クセを見抜くのが上手い加藤、データに強い和田、しぶといバッティングの新井に連打を浴びて満塁。
そして意外性の男・竹之内に走者一掃のツーベースを打たれる。
結局、この試合、宮町中は十八対ゼロで規定の五回コールド勝ちを収めた。
「うう‥‥何の為に集められたんだよ!?
こんな無様な負け方するんだったら転入なんかするんじゃなかった!」
武川が三塁側ベンチで号泣していた。
「敗因はエースだな!
点、取られ過ぎだっての!
あー、やってらんねぇ。」
松浦に全打席三振を奪われた角川が自分を棚に上げて吐き捨てた。
「俺なんて中学最後の大会に出られなかったんだぞ!
どうしてくれる!?
これだったら、元の学校の奴らとやってた方がよかったぜ!」
ベンチ要員で終わった一選手がスタメンで出場した選手を糾弾すると、結果だけを求められていたチームの結束力は古い輪ゴムの様にぶちぶちと切れていった。
「ああいうの見ると空しくなるよなぁ。」
一塁側ベンチで金森が荷物をまとめながらつぶやいた。
「みんな、よく憶えておけ。
四番だけ集めても、エースだけ集めても野球は勝てない。
いろんなヤツが自分に出来る役割をもって闘う、それが強いチームだ。」
三浦が部員たちに言葉を与えた。
と、その時だった。
「はあ、はあ、はあ‥‥鷹ノ目直実、ただ今、到着しました!
――って、試合、終わっちゃったの!?」
「五回コールド勝ちだよ。」
羽野が直実に説明した。
「今日は午後からもう一試合やりますから、一休みしましょう。」
和田が汗だくだくの直実を労う。
「鷹ノ目!
人の話をちゃんと聞かないからこのような事になるんだ!
午後の試合が終わり学校へ戻ったらグラウンド十周だ!
いいな!?」
三浦はトンチキな行動でチームに迷惑を掛けた直実に罰を与えた。
「ええ~っ!? また走るの~っ!?」
直実はその場にへたり込んだ。
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