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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第十九章 地区大会開始
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地区大会開始【Bパート】

「リトルシニアの太刀川、百六十キロを投げる鷹ノ目。

 その二人が揃ってベンチに入っていないだと!?」


 薫風(くんぷう)大附属中等部の監督である中谷(なかたに)がメンバー表を見て吠えた。


(我々を見くびっているのか、アクシデントか‥‥。

 まあ、どちらでもいい。

 四番とエースをズラリと並べた薫風大の力、味わうといい!)



「ストライーク! バッターアウト!

 チェンジ!」


 福田(ふくだ)中から引き抜いた角川(すみかわ)松葉(まつば)中から引き抜いた坂井(さかい)梅園(うめぞの)中から引き抜いた中村(なかむら)が揃って三振に倒れ、一回表の薫風大附属の攻撃が終わった。


「ナイスリード!」


 松浦はベンチへ引き上げる際、捕手の加藤のリードを称えた。



「和田、向こうの戦力データはどうなんだい?」


 岡田が和田に軽く(たず)ねた。


「みんな県北・県西地区の公立中の名前のある選手ばかりです。

 ただ、全国区って程ではないんでデータと呼べるものはないですね。

 言わせてもらえれば、つぎはぎだらけのフランケンシュタインといった感じでしょうか。」


「なぁんだ、オールスターって訳じゃないのか。」


 金森が腕を組んで、ドッカと腰を下ろした。


「ですが、唯一、投手で四番の武川(むかわ)だけは全国区に限りなく近い選手です。

 MAX.スピード、百三十キロ台のストレートと落ちながら曲がるカーブ‥‥昔ながらのドロップには要注意ですね。」


「普通、百三十ってたらすごく()えーってハズなんスけど、俺の中ではどこかの誰かさんたちのせいでインフレしてるっスよ。」


 ヘルメットを被った星野が左バッターボックスへ向かいながら言った。



「はっくしょん!」

「へっくしゅん!」


 時を同じくして直実と木曾(きそ)(きた)中の巴がくしゃみした。


「誰か噂してんのかな?

 とにかく急がなきゃ!」


 直実は地図を再度見直すと、再び走り始めた。



 スカン!


 星野の打球はぼてぼてのサードゴロとなったが、


「セーフ!」


 強肩と呼ばれる選手でも容易(たやす)くはアウトに出来ない程、星野の脚は人並外れていた。


「はっはっは、まるで『ファミスタ』のぴのだな。」


 金森が豪快に笑った。


「スラップヒッターのくせに‥‥。」


 マウンド上で武川がポツリとこぼした。


(四番だけ並べた扇風機打線にスラップヒッターの恐ろしさを見せてやるっスよ。)


 星野は舌なめずりすると、二番・岡田の初球に二盗を決めた。


(今、リードをしてたか?)


 捕手の黒川(くろかわ)驚愕(きょうがく)する。

 脚を警戒していなかった訳ではなかった。

 ただ、ほとんど一塁ベースから離れていなかった星野に、初球スチールはないと踏んだ自身のリードの甘さを悔いた。


 岡田はきっちり星野を送り、一死(ワンアウト)三塁。

 右の打席には松浦が入る。


 松浦はひたすらファウルで粘った。

 ベンチにいる仲間たちに武川の球種やクセを全て見せる為に。


(もう、ここら辺でいいですよね。)


 松浦は三浦に目配せすると、


 カキ――ン!


 練習通りの右飛(ライトフライ)を打ち上げた。

 これが犠飛(ぎせいフライ)となり、宮町中が先制した。


(羽野、わかっているな?)


 ベンチから三浦がフルスウィングのサインを出した。

 (うなず)く羽野。


(でけぇのが出てきたな‥‥。

 しかも、マニエルみたいなのを被ってやがるし。)


 羽野の大きな体躯(たいく)が四番という肩書と特殊なヘルメットを得、黒川に警戒心をもたらせた。


(一球外せ。)


 サインは外角に外すストレート。

 武川はサイン通りに投げた。


 ブォン!


 羽野の空振り音が周囲の空気を(つんざ)いた。

 それは見事な空振りだった。

 空振りをする為に振られた純粋無垢(じゅんすいむく)な空振り。

 ボールとはかけ離れていたが、バッテリーを震え上がらせるには充分過ぎた。


(マグレでも当たれば行かれるぞ。)


 黒川はインコース低めに外すサインを出した。


 ブォン!


 天と地ほどの差があるまでの空振り。

 愚直なまでの素振りから生み出さされた美しいレベルスウィング。

 しかし、ここで黒川は一つの疑念を感じた。


(こいつ、ただの独活(ウド)大木(たいぼく)なんじゃ‥‥?)


 三球目、黒川は武川に真ん中やや低めのストレートを要求した。

 頷く武川。


(打てるもんなら打ってみろいっ!)


 武川はこの日最速の百三十二キロのストレートを投じた。

 直後、


 カキ――――ン!


 羽野の思い切りスウィングによる打球は虚空に吸い込まれた。


「ファ―――ル!」


 三塁塁審の声が響く。


「何や、真ん中放れる度胸あるやん。

 ()ぃひん(おも)とったわ。」


 羽野がボソリとつぶやく。


(こいつ、ヤバい!)


 黒川は完全にビビっていた。

 底知れない羽野のパワーに身震いすると立ち上がり、羽野を四球(フォアボール)で歩かせた。


「えっ、何? 俺と勝負かよ。

 ナメられちゃったもんだね、これは。」


 金森がネクストバッターズサークルで大きな独り言をつぶやいた。


「行けーっ、親分!」


 ベンチからの声援が左打席に入った金森に飛ぶ。


(――この俺が敬遠だと?

 黒川の野郎、俺の実力をわかってないんだ。)


 羽野への敬遠は(いちじる)しく武川のプライドを傷つけた。

 そしてこれはバッテリー間の信頼にヒビが入った瞬間と言えた。


(こんなオッサン顔のバッターなんて、ストレートでねじ伏せてやる!)


 武川は黒川の慎重すぎるサインを無視し、ど真ん中へ渾身のストレートを投げた。

 だが、この瞬間、投じた渾身のストレートは慢心のストレートに変わる。


 カキ――――ン!


 走者がいるとめっぽう強い金森の打球は右翼(ライト)スタンドに飛び込んだ。


 更に、松浦の粘りでメッキが剥がされていた武川は、クセを見抜くのが上手い加藤、データに強い和田、しぶといバッティングの新井に連打を浴びて満塁。

 そして意外性の男・竹之内に走者一掃のツーベースを打たれる。


 結局、この試合、宮町中は十八対ゼロで規定の五回コールド勝ちを収めた。


「うう‥‥何の為に集められたんだよ!?

 こんな無様(ぶざま)な負け方するんだったら転入なんかするんじゃなかった!」


 武川が三塁側ベンチで号泣していた。


「敗因はエースだな!

 点、取られ過ぎだっての!

 あー、やってらんねぇ。」


 松浦に全打席三振を奪われた角川が自分を棚に上げて吐き捨てた。


「俺なんて中学最後の大会に出られなかったんだぞ!

 どうしてくれる!?

 これだったら、元の学校の奴らとやってた方がよかったぜ!」


 ベンチ要員で終わった一選手がスタメンで出場した選手を糾弾(きゅうだん)すると、結果だけを求められていたチームの結束力は古い輪ゴムの様にぶちぶちと切れていった。


「ああいうの見ると(むな)しくなるよなぁ。」


 一塁側ベンチで金森が荷物をまとめながらつぶやいた。


「みんな、よく憶えておけ。

 四番だけ集めても、エースだけ集めても野球は勝てない。

 いろんなヤツが自分に出来る役割をもって闘う、それが強いチームだ。」


 三浦が部員たちに言葉を与えた。

 と、その時だった。


「はあ、はあ、はあ‥‥鷹ノ目直実、ただ今、到着しました!

 ――って、試合、終わっちゃったの!?」


「五回コールド勝ちだよ。」


 羽野が直実に説明した。


「今日は午後からもう一試合やりますから、一休みしましょう。」


 和田が汗だくだくの直実を(ねぎら)う。


「鷹ノ目!

 人の話をちゃんと聞かないからこのような事になるんだ!

 午後の試合が終わり学校へ戻ったらグラウンド十周だ!

 いいな!?」


 三浦はトンチキな行動でチームに迷惑を掛けた直実に罰を与えた。


「ええ~っ!? また走るの~っ!?」


 直実はその場にへたり込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 野球の奥深さを感じました。 また走らなければならない直実に笑いました。
[良い点] 引き抜きで作られた強いチームを倒す爽快感がいいですね。 [一言] 投手の基礎は走り込みにあり、ですね。
[良い点] ピンチな展開を圧勝で乗り切ってスカッとしました。
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