地区大会開始【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「鷹ノ目のヤツ、どうしたんだ?」
松浦はやきもきしていた。
市民球場行きのバスが来たというのに、未だに直実は現れなかったからだ。
「今日が地区大会の初戦だって事、忘れてるんじゃないっスか?」
星野が茶化したように推理した。
「それはないかな。
先輩、昨日、やる気満々だったし。」
星野の説に対して希望が異を唱えた。
「間違って市営球場の方に行ったとか?」
今度は羽野が推理した。
(あり得る!)
全員が揃って心の中でユニゾンした。
熊谷市民球場と熊谷市営球場、地元民でもごっちゃになる。
「やむを得ない。
みんな、このバスに乗れ。」
三浦が部員たちに指示を与えた。
まだ携帯電話が普及していない1990年、個人間の連絡手段はなかった。
バスの中で三浦は昨日のスターティングメンバ―からの変更を告げた。
一番ショート:星野勝広(一年)右投両打
二番セカンド:岡田獅子丸(三年)右投右打
三番ピッチャー:松浦健太(三年)右投右打
四番ライト:羽野敦盛(二年)右投右打
五番ファースト:金森徹(三年)左投左打
六番キャッチャー:加藤浩之(三年)右投右打
七番センター:和田純平(二年)右投右打
八番サード:新井隼(二年)右投右打
九番レフト:竹之内省吾(三年)右投左打
その頃、直実はというと――
「あれ‥‥宮中の名前がないのはどうして!?」
市営球場で一人でパニクっていた。
「おい、あそこ見てみろよ。」
八幡中の武蔵保が藤原義経の肩を叩いた。
「あれ、何で宮中の炎のストッパー女がこっちにいるんだ?」
次の瞬間、直実と目が合ってしまう藤原。
猛スピードで駆け寄る直実。
「宮中の名前がないんだけど、何か不祥事があったか聞いてる!?」
「不祥事って‥‥まずは落ち着け、炎のストッパー女。
お前らの試合は市民球場。
――で、ここは市営球場。
わかるか?」
藤原は状況を説明した。
「しみん‥‥しえい‥‥?
ええと‥‥間違えたって事?」
直実の回答に頷く武蔵と藤原。
「バス! そうだ、バスって言ってた!
急いで乗らなきゃ!」
「残念だが、ここから市民球場行きの直通バスはなかったはずだぞ。」
武蔵が慌てふためく直実に衝撃の事実を話す。
「タクシー使うってのはどうだ?」
藤原が提案したが、直実は首を横に振る。
「バス料金しか持って来てないからムリ!
――こうなったら走って行くしか!
お願い、市営球場までの地図書いて!」
「深谷市民に頼む事か!?
こっちは、こっから市民球場に行くんが早いか、熊谷駅まで戻るんが早いのかもわかんねぇんだぞ。」
藤原がすかさずツッコミを入れた。
「とにかく、警備員とか係の人とかに頼んでみろ。」
武蔵が冷静に指示を出した。
「そっか、そうだよね。ありがとう!」
そう言うと直実はあっという間に人込みに消えていった。
「相変わらず無茶苦茶なヤツだ。」
藤原はしばらく笑いが止まらなかった。
● ● ●
「やはり市営球場に向かったんだそうです。」
直実の家に公衆電話を掛けた希望が戻ってきた。
「そうか‥‥。」
三浦はそう言うと、腕時計をちらりと見た。
「市営球場ならバスなんか使わねぇっスよ。
まったくスットコドッコイな性格っつーか、なんつーか。」
腕組みをした星野が直実にダメ出しをする。
「いない者はいない、それだけの話だ。
――さあ、試合開始の時間だ。
力いっぱい暴れてこい。」
三浦の言葉に士気が一気に高まる。
「はいっ!」
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