大人の野球とガキの野球【Bパート】
「うおおおおおっ!」
「ストライーク! バッターアウト!
チェンジ!」
一方の直実も鉄腕ラリアットで三者連続で見逃しの三球三振に斬って落とした。
「おっしゃあーっ!
私はマウンドに帰ってきたんだ!」
よほど謹慎でストレスが溜まっていたのだろう、直実はマウンドで咆哮した。
「てめぇ、うるせーんだよ。」
太刀川が直実に茶々を入れる。
「あんたには私の飢えがわかんないの?
三日間だよ、三日間。」
「たったの三日じゃねぇか。
――ったく、俺がどれくらいバットを振れない日があったと思ってんだ?」
誰よりも野球への飢えを知っている男はボソッとつぶやきながらベンチへ走って行った。
そして二回表はその太刀川が先頭打者だった。
「来いっ!」
珍しく気合が声として出る太刀川。
「んじゃ、行っくよーっ!」
大きく振りかぶる巴。
初球、外角高めに外れる自己最速タイの百五十二キロのストレート。
続く二球目、六十キロ台のチェンジアップがインコース高めいっぱいに入り1―1。
『六十キロ台』という大雑把な数値には理由がある。
スピードガンが一定より遅い球は計測不能なのだ。
(さて、お次は、と。)
巴はいつもノーサインで投げる。
小五で野球を始めた時からずっとそうだったという事もあり、自由奔放に投げるのが彼女のスタイルとして定着していた。
ダイナミックなオーバースローから投げ込まれる百四十八キロのストレート。
外角低めの厳しいコース。
だが、太刀川はそれを真芯で捉えると、差し込まれる事なく振り抜いた。
スカ――――――ン!
打球は左翼スタンドに一直線に突き進む。
しかし――
パシッ!
左翼手の楯がフェンスをよじ登り、そこからジャンプして大飛球をキャッチした。
「バカな‥‥。」
一塁ベースを回った所で愕然と立ち尽くす太刀川。
「ナイス、楯っち!」
巴がグローブをはめた手を振って礼を言う。
「にゃはは、今回は捕れたけど、あんま飛ばされんでほしいでござるよ、ニンニン。」
真偽の程は定かでないが、楯は真田忍者の子孫らしい。
少なくとも彼の家に現存する家系図ではそういう事になっている。
実際、彼の運動神経は卓越していた。
巴は続く金森をファーストゴロに、羽野を空振り三振に仕留める。
二回裏、木曾北中の先頭打者は巴だった。
投手側に大きく身体を倒した豪快な構えで左打席に立つ巴。
(鷹ノ目さん、初球はここで。)
羽野はインコース低めにミットを構えた。
(OK!)
直実は頷くと、鉄腕ラリアットのモーションに入った。
(リリース寸前でバットを振るしかないんだよな、このピッチャーには。)
巴はヤマ勘でバットを振り始める。
フォン!
バス――――ン!
「ストライーク!」
タイミングは合っていた。
ただ、コースを読み違えた。
その結果が主審の判定となって現れた。
(やれやれ、キャッチャーくんとの読み合いかぁ。
タイミングまでは特訓で掴んだだけどなぁ。)
● ● ●
木曾北中グラウンド。
「こんな近くて本当にいいんスか?」
控え投手の二年の松木が巴に念を押した。
ホームベースまでの距離は普段の三分の二ほどだ。
「ああ、いいよ。
なんてったって相手はバケモンだからね。」
「んじゃ、行きますよ、五島さん!」
松木はキャッチャー不在の壁を目掛けて全力投球した。
スターン!
手が出ない巴。
「もう少し下がりましょうか?」
「いや、今の位置でいいよ。
続けて!」
「はいっ!」
巴は三十三球目にしてようやく快音を響かせた。
「やりましたね、五島さん。」
「ありがとう。
――でも、結局、ヤマ勘で打ってる。
マッツンはど真ん中辺りに投げてくれたから打てたけど、コースを散らされたら‥‥。」
「ヤマ勘でも当たればこっちのもんです。
五島さんのパワーなら一点取ったも同じですよ。」
松木はそう言うと、ニカッと笑った。
● ● ●
続く二球目、外角高めの百六十キロを空振りする巴。
(五島さん、タイミング、ドンピシャじゃないか。
スウィングのタイミング的にヤマ勘ぽいけど、偶然にって事もあるよな。
一球、外してみるか。)
羽野は外角に大きく外すようにサインを出す。
しかし、直実は首を横に振る。
(‥‥しゃあない。
今、最もヤマの張りにくいコースを。)
羽野は二球目と同じコースにミットを構えた。
ランダムというものは二回連続という選択肢が最も選択しにくいものだ。
「うおおおおおっ!」
吠える直実、唸る鉄腕ラリアット。
フォン!
バス――――ン!
「ストライーク! バッターアウト!」
自己最速タイ百六十七キロが巴のバットに空を切らせた。
(二球連続‥‥。
こいつはキャッチャーくんのクセを攻略しないとダメだな。)
巴はフッと笑い、一塁側ベンチへ軽く走って行った。
直実は続く今井、根井も連続三球三振に斬って落とし、この回を締めた。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。
1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2022年)とは違っています。




