乱打戦・前篇【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「私、今日行けないけど、みんな頑張ってよ!」
大会五日目。
紅葉屋旅館のロビーで直実が大会初戦に向かう野球部員に向かってエールを送った。
「うん、もちろんだよ。」
羽野が硬い笑顔で答えた。
「てめぇなんかいなくたって勝てるっての。」
太刀川が直実を挑発する。
「何をーっ!
あんた、ジャーマンとラリアット、どっちがいい!?」
すぐさま挑発に乗る直実。
「まあまあ、落ち着いて。
相手は打撃のチームだけど、打線は水物って言うし。
――なっ、松浦。」
岡田がなだめる。
「必ずお前をマウンドに立たせてやるからな。」
今日の先発のマウンドを託された松浦が力強く告げた。
「よろしくお願いします!」
直実が腰を直角に曲げてお辞儀をする。
「鷹ノ目、謹慎が解けたら思いっきり暴れさせてやる。
だから残りの今日一日、おとなしくしていろ、いいな?」
三浦が警告を促す。
「はいっ! おとなしくしてます!」
直実が背筋を伸ばし、凛と答える。
「直実先輩、長谷川さんにも挨拶した方が良くないですか?」
希望が今日、決勝戦を迎える長谷川に気を遣う。
「そうだね。
おんなじ部屋で数日生活したんだし、決勝戦のエールを送ってくるよ。」
直実はそう言うと、女子卓球部グループへと向かって行った。
「長谷川さん、決勝、頑張ってください!」
直実が人込みをかき分けて長谷川に声を掛けた。
「当然です。
どんな試合でもベストを尽くす、それが私のモットーですから。」
普段から変わらないお堅い口調だが、端々に緊張を感じられた。
「どんな試合でもって事は、私との試合も真剣だったんですか?」
「えっ‥‥?」
長谷川は思い掛けない直実の質問に虚を突かれた思いだった。
黒縁眼鏡のブリッジを右手人差し指で一回上下に調節した長谷川は、
「例外なんてありませんよ。
あの試合、私は鷹ノ目直実さん、あなたを完膚なきまで叩き潰すつもりで臨みました。」
そう冷たく言い放った後、ふっと微笑を浮かべた。
● ● ●
「あの百六十キロピッチャーな、今日ベンチ入りしとらんで。」
鵬徳寺学園の監督である木内が、受け取ったメンバー表を見てベンチにいる部員に伝えた。
「やりぃ! ツキがウチらに回って来よったでぇ!」
トップバッターを務める阿波野全成が喜ぶ。
「どアホ! あっちのチームの背番号1を知っとるんか?
元リトル・ナンバー1ピッチャーの松浦健太やで!」
キャプテンの臼杵が阿波野を怒鳴りつけた。
「どんな理由があるにしろ、鷹ノ目みたいなバケモンがおらんのは喜ばしいこっちゃ。
松浦は優れたピッチャーやが、バケモンちゃう。
とっとと引きずり下ろしたったらよろし。」
副キャプテンの尾形が冷静に言い放つ。
「そない簡単に言いよるけどな――」
臼杵の言葉を遮るように阿波野が口を挟む。
「打って打って打ちまくりまっせ、カバオが!」
「え、俺でっか?」
突然の振りにきょとんとする蒲生範頼。
一方、宮町中の陣取る一塁側ベンチでは三浦による相手校の攻略法のおさらいが行われていた。
「鵬徳寺学園の怖さは何と言っても主軸の蒲生を中心とした強力打線だ。
そしてそのキーマンが一番の阿波野だ。
一回戦を見た限り、彼のずば抜けた足は星野や八幡の佐々木、梶原に勝るとも劣らない。
また、他のバッターも長打力のある者をスタメンに並べてきている。
油断はするな。」
「はいっ!」
「敵さんの弱点はないんですか?」
この日、久々のスターティングメンバ―となった藤本が尋ねた。
「このチームはエラーが多い。
守備力を犠牲にしても打力を磨いてきた学校だからな。
乱打戦に巻き込まれる事なく、ウチの一点を守り抜く野球に徹しろ。」
「はいっ!」
この試合のスターティングメンバーは以下の通り。
【先攻】鵬徳寺学園中等部(大阪府)
一番センター:阿波野全成(二年)右投左打
二番ショート:尾形栄(三年)右投右打
三番サード:臼杵惟正(三年)右投右打
四番ファースト:蒲生範頼(二年)右投左打
五番ピッチャー:宇佐那木蓮(三年)右投右打
六番ライト:渋谷和邦(三年)左投左打
七番レフト:下河辺三平(三年)右投右打
八番キャッチャー:品河清志(三年)右投右打
九番セカンド:当麻混(三年)右投右打
【後攻】宮町中学(埼玉県)
一番ショート:星野勝広(一年)右投両打
二番セカンド:岡田獅子丸(三年)右投右打
三番ピッチャー:松浦健太(三年)右投右打
四番サード:太刀川教経(三年)右投右打
五番ファースト:金森徹(三年)左投左打
六番キャッチャー:土肥大輔(三年)右投右打
七番センター:和田純平(二年)右投右打
八番レフト:竹之内省吾(三年)右投左打
九番ライト:藤本真(三年)右投右打
控えとして選ばれた者は、
羽野敦盛(二年)捕・内・外野手/右投右打
加藤浩之(三年)投・捕・内・外野手/右投右打
新井隼(二年)内・外野手/右投右打
伊藤和也(一年)投手/左投左打
長田弘(三年)内野手/右投右打
多々良信也(二年)外野手/左投右打
「さあ、時間だ、行ってこい!」
三浦の号令で勢いよくベンチを跳び出す選手たち。
そして整列しての挨拶の後、運命のプレイボールの声が響いた。
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1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2022年)とは違っています。