五島巴【Cパート】
「五島選手、ノーヒットノーラン、おめでとうございます。
投打に大活躍でしたね。」
ケーブルテレビ中継のインタビュワーの男性はそう言うと、マイクを巴に向けた。
「ありがとうございます!
私なりにベストを尽くしました!
それと、公立中でも頑張れば私立中に勝てるって事を証明出来て嬉しいです!」
テレビカメラが向けられると巴は少し緊張した。
緊張すると声のトーンが一段上がり、やや早口になるのが彼女の特徴だ。
また、一人称も普段使いの『あたし』から意図して変えている。
「去年はベスト4でしたが、今年狙うは優勝でしょうか?」
「はい!
優勝を狙わない学校はないと思いますが、もちろん木曾北も狙って行きます!」
「これは少し早い質問となりますが、高校に進学しても野球は続けますか?」
「女子野球ではなく、女子として甲子園のマウンドに立ちたいです!
次は高野連、ゆくゆくはプロのルールをぶち破りたいと思ってます!」
巴は力強く自身の未来絵図を語った。
「それは素晴らしい夢ですね。
実現する事を願っています。」
「ありがとうございます!」
「――話は戻りますが、この大会でライバルはいますか?」
「ライバルですか?
自分自身、と言えればカッコがつくのですが、何と言っても白鳳学院の吉野さんですね!
去年は完敗しましたし!」
と、そこへ、
「ちょっと待ったぁっ!」
直実の声がマイクに飛び込んできた。
「おや、君は宮町中の――」
インタビュアーがそこまで言うと、直実は彼からマイクを奪い取る。
「私は宮町中の鷹ノ目直実!
ライバルは吉野さんだけじゃないよ!
私の『鉄腕ラリアット』でバッターのあんたに勝った私を忘れてもらっちゃ困るんだけど!」
完全にプロレスのマイクパフォーマンスのノリで直実は巴を煽った。
巴は思わぬ乱入者に戸惑ったものの、
「忘れちゃいねぇですよ。
ちゃんと勝ち上がって来れたら相手になってあげます。」
格の違いを見せるべく、巴は上から目線で直実を逆に挑発した。
これで視聴者の目にはセントバーナードにキャンキャン吠えるチワワという図式が叩き込まれた。
(やばっ! 無理して丁寧語で話したら変な日本語になっちゃったじゃん。)
カメラを意識した巴の日本語はやや不自然なものとなり、彼女を赤面させた。
「その言葉、ちゃんと覚えとけよ、このヤロー!」
と言ってマイクを床に投げつける直実。
刹那、
ゴツン!
「へはぶっ!」
三浦の拳骨がかつてない程の破壊力で直実の脳天を直撃した。
「ウチのバカ者が失礼しました。」
三浦は頭を下げて謝罪すると、プロレスバカ一代の耳を摘まんでその場から立ち去った。
● ● ●
「謹慎三日だ!」
宿舎でのミーティング時に三浦は直実に今日の件の罰を言い渡した。
「み、三日って‥‥宮中の初戦、ベンチ入り出来ないじゃないですか!?」
直実は蒼ざめた顔で抗議する。
「そのくらいの事をしたんだ、お前は。
わかっていないのなら熊谷にとっとと帰れ。」
「‥‥すみませんでした。」
直実は速やかに土下座をして許しを乞う。
「初戦は鷹ノ目抜きで戦う事になる。
松浦が繰り上げ先発だ。
加藤、伊藤もスクランブル登板に備えておけ。」
「はいっ!」
松浦、加藤、伊藤が声を揃えて返事をする。
● ● ●
女子部屋に戻った直実は、敷いてある布団にドサッと倒れ込んだ。
「いいパフォーマンスだと思ったんだけどなぁ~。」
「直実先輩、アレはいくらなんでもやり過ぎですってば。」
希望が直実を窘めた。
「そうかなぁ‥‥?」
三浦には謝罪したものの、やはり釈然としない直実。
「どうかしたのですか?」
長谷川が心配そうに尋ねてきた。
「ああ、長谷川さん、初戦突破、おめでとうございます!
アケ‥‥山吹さんたちから圧勝だったと聞きました。」
直実は正座に座り直し、長谷川の勝利を祝った。
「ありがとう。
明日は試合はないけれど、明後日からは連戦になります。
もっとも、勝ち続けられればの話ですが。」
「長谷川さんなら大丈夫ですよ。」
「根拠がないですよ、鷹ノ目直実さん。」
「根拠ならありますよ。
私のラリアットが一度も通用しなかったのは長谷川さんだけですから!」
「だってあの試合、ぷぷっ‥‥。
卓球になってなかったじゃ‥‥ぷぷぷっ‥‥。」
長谷川は笑い上戸だった。
● ● ●
長谷川の笑いが治まったところで直実が謹慎三日の経緯を語った。
「口は災いの元という事ですね。
いいですか、この大会は中体連というお堅い方々が主催されているんです。
スポーツマンシップに沿った発言をすべきです。」
直実に忠告する長谷川。
「ごもっともです。」
しゅんとする直実。
「ところで明日からの三日間、何をする予定ですか?」
「部屋の中で筋トレでもしようかと。」
「‥‥よかったら私の持ってきた本を貸しましょうか?」
「えっ、長谷川さんも漫画読むんですか!?」
「コホン、漫画でなくて残念ですが、『五輪書』です。
口語訳になっていますから、あなたにも読み易いはず。」
「ゴリンノショ? オリンピックの本ですか?」
「直実先輩、五輪書と言ったら宮本武蔵ですよ。」
「あの剣豪の!? 希望ちゃん、よく知ってるね。」
「私の父も愛読してましたから。」
「もしかして、読んだらもっと強くなれるかも!
ぜひ貸してください!」
「わかりました。」
長谷川は立ち上がると、自身のスポーツバッグへと歩を進めた。
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