遠い一点・後篇【Bパート】
「アウト―ッ!」
二塁塁審が宣告した。
「ああっ、ちくしょーっ!」
悔しがる鈴木。
一点が遠いのは春日部輝松も同じだった。
春日部輝松の捕手、中山田は羽野の送球に目を丸くした。
「あいつ、座ったままで‥‥しかも肘から先だけで!」
「ああ、まるでダーツでも投げるような感じだったな。
まったく、宮町中はビックリ箱だ。
何が飛び出してくるかわからない。」
中山田の言葉を受け、その隣りにいた安西が返した。
七回表、ここまでいい所なしの星野が先頭打者だった。
(なんとか俺が突破口を開かないと!)
ベンチの中で星野は気負い立っていた。
「何、力んでんだよ、てめぇは。」
聞き慣れた声に振り向くと、そこには治療から戻ってきた太刀川がいた。
「太刀川さん!」
「来た球を打つ、それがお前のスタイルだろうが。
なに小難しい事を考えてんだよ、その悪い頭で。」
「どうせ俺の頭は太刀川さんみたいに悪いっスよ。」
「なんだよ、その自爆技は?」
「へへっ、おかげで力みが取れたっス。」
そう言うと、星野はぺこりと太刀川に頭を下げた。
● ● ●
打席に入った星野だったが、えぐスラと荒れ球に苦戦し、フルカウントとなっていた。
(そろそろ限界か‥‥。)
中山田は監督の鬼崎に目配せをした。
球数の多さに加え、灼熱の太陽が安西の体力を奪っていた。
コントロールの乱れが目立ち、えぐスラのキレにも陰りが見えてきた。
(このバッターをとにかく打ち取れ。)
中山田のサインに頷く安西。
そして投じたのは必殺球のえぐスラだ。
だが、かつてのえぐさは半分以下になっていた球は、
コン!
いとも容易くセーフティーバントの的にされる。
一塁線に転がる打球を、ダッシュしてきた一塁手の遠藤がキャッチする。
そしてベースカバーに入った二塁手の高橋に送球。
「セーフ!」
リアルぴのの面目躍如、星野が出塁した。
「よっしゃーっ! よくやった!」
三塁側ベンチで太刀川が自分の事以上に喜んだ。
ここで鬼崎がタイムを掛け、主審の元へ歩いていく。
「ピッチャー、安西に代えて竹本。」
春日部輝松の二年、竹本義幹がマウンドに走ってくる。
「竹本? 誰だ、それ?」
加藤が首を傾げた。
「公式戦の登板データがないので、自分にもちょっと‥‥。」
和田が県大会用の資料をまとめたノートを見ながら答える。
「あれは、春日部の王子様だよ。」
直実が真顔で言う。
「ちょ、ちょっと直実先輩!」
太刀川と一緒に戻ってきた希望が困惑気味に直実を制止する。
「春日部の王子様ぁ? なんだそりゃ?」
太刀川が尋ねる。
当然の反応だ。
「希望ちゃんの親戚で、昔よく遊んだんだって。」
「遊んだって、お医者さんごっことか?」
煩悩魔王がいかがわしい手つきで尋ねる。
「なんでお医者さんごっこなんですか?」
希望は右の眉だけ上げて金森に逆質問する。
「そりゃあ、男の子と女の子がやる事ってったら定番じゃねぇか。」
「いやらしいですよ、金森さん。」
赤面した希望がむくれる。
「えっ、いやらしいレベルで遊んだの?
これは参っちゃったなぁ~。」
「そんな話、今する事じゃなかんべ。
それよりどんなピッチャーなん?」
竹之内が希望から情報を聞き出そうとした。
「それが‥‥私も知らないんです。
第一、春日部輝松に入ってる事も、野球をやってる事も県大会の時に知ったくらいなんで。
――あ、ただ、来年には必ずエースになってみせるって言ってたんで、それなりには実力はあるんじゃないかと。」
「おっ、投球練習が始まるぞ。」
藤本がベンチの部員たちに声を掛けると、全ての視線はマウンドに注がれた。
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1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2022年)とは違っています。




