遠い一点・前篇【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「これって、すごいハンディじゃね?」
金森が高崎線の車輌の中で思わず愚痴をこぼした。
「よりによって、電車が遅れるとはな‥‥。」
電車の遅延によって籠原始発ではなく高崎始発の電車に乗らざるを得なかった宮町中の野球部員たちは満員電車で立たされていた。
「連戦で疲労もピークに来ているのにね。」
腕を吊った状態のまま吊り革につかまっている岡田が選手たちを心配する。
「岡田さん、大丈夫ですか?」
希望が岡田の身体を気遣う。
「僕は大丈夫。
でも、荷物が多い部員が心配だな。
乗客みんな、かなり苛立っているし、トラブルにならなければいいんだけど。」
「トラブルメーカーの二人がおとなしくしてれば問題なかんべ。」
竹之内が冗談交じりに言った矢先、
「あ痛っ!
ちょっと、今、私の足、踏んだでしょ!」
直実が隣りの太刀川をキッと睨んで文句を言う。
「しょうがねぇだろ、こっちは吊り革につかまってねぇんだから!」
「これぐらいの揺れでバランス崩すなんて、体幹弱いんじゃない?」
「人の波に押されたんだよ!」
太刀川が反論する。
「言い訳、カッコ悪い!」
「言い訳じゃねーし!」
太刀川も直実もかなりヒートアップしてきたところに、
「そこのガキども、うるせーぞっ!」
乗客の男性が罵声を浴びせてくる。
「ガキじゃねーし!」
トラブルメーカー二人がユニゾンで反論する。
「あンだと!? 大人に反論するってか!?
次の駅で降りろや、コラ!」
男性も相当エキサイトしていた。
「折りますよ、マジで。」
直実の目が鋭く変わった。
と、次の瞬間、直実と太刀川の脳天に拳骨が降ってきた。
「このバカ者どもが。
大事な試合前に何をトラブっている?」
三浦だ。
見ると、あれだけ満員だった車輌が『十戒』の1シーンのように通り道が出来ていた。
百九十センチの体躯の男が怒りのオーラを撒き散らせながら歩いて来たのだから当然ではあるが。
「すみません。
どこかお怪我は?」
三浦が直実たちに罵声を浴びせた男性に丁寧に謝罪した。
しかし、その男性は三浦を恐れ、
「ひえーっ!」
と情けない声を上げて、十戒で出来た通路を走って逃げ去ってしまった。
「‥‥どうしたと言うんだ?」
三浦は首を傾げた。
● ● ●
遅延はあったものの、余裕を持たせて行動していた分、球場入りのギリギリの時間には間に合った。
今日は三塁側のベンチだ。
「準決勝だ。
相手は県大会の決勝で戦った春日部輝松だ。
あの時のリベンジを晴らす時がきた。
思いっきり暴れてこい!」
「はいっ!」
三浦の檄に元気よく返答する宮町中野球部員たち。
「では、スタメンを発表する。」
一番ショート:星野勝広(一年)右投両打
二番セカンド:新井隼(二年)右投右打
三番ピッチャー:松浦健太(三年)右投右打
四番サード:太刀川教経(三年)右投右打
五番ファースト:金森徹(三年)左投左打
六番キャッチャー:土肥大輔(三年)右投右打
七番センター:和田純平(二年)右投右打
八番ライト:竹之内省吾(三年)右投左打
九番レフト:鷹ノ目直実(二年)右投左打
控えとして選ばれた者は、
羽野敦盛(二年)捕・内・外野手/右投右打
加藤浩之(三年)投・捕・内・外野手/右投右打
藤本真(三年)外野手/右投右打
伊藤和也(一年)投手/左投左打
長田弘(三年)内野手/右投右打
多々良信也(二年)外野手/左投右打
「こないだは散々な目に遭わせてくれたからね、お返ししなくっちゃ!」
直実の鼻息も荒い。
「散々な目ってなんスか?」
おたふく風邪で春日部輝松との対戦をしていない星野が尋ねた。
「散々な目は散々な目だよ。」
ボールで転んで記憶喪失になったなど言えない直実は咄嗟に誤魔化した。
一方の春日部輝松は不動のオーダーだった。
一番ショート:鈴木隆義(二年)右投右打
二番セカンド:高橋頼基(三年)右投右打
三番ライト:三善康(三年)右投左打
四番レフト:中村重隆(三年)右投右打
五番ファースト:遠藤文覚(三年)左投左打
六番センター:下山太郎(三年)右投右打
七番サード:木村親治(三年)右投右打
八番キャッチャー:中山田高直(三年)右投右打
九番ピッチャー:安西景和(三年)左投左打
「向こうは前の試合とオーダーを大きく変えてきている。
用心していけ!」
「はいっ!」
慎重派な監督の鬼崎の指示に部員たちは大きく返答した。
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1990年という時代なので、ストライクとボールのコールの順番は現代(2022年)とは違っています。