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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第四十六章 負けられない理由・後篇
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負けられない理由・後篇【Eパート】

 九回表のマウンドには加藤がそのまま上がった。

 そして羽野(はの)に代わり土肥(どい)がマスクを被った。

 先頭打者は九番の沢村。


 カキ――ン!


 当たりはよかったが三塁手(サード)太刀川(たちかわ)の真正面へのゴロ。


「アウトーッ!」


 太刀川は無難に(さば)(ワン)アウト。

 続いて一番の森田は、


「ストライーク! バッターアウト!」


 チェンジアップで三振を奪われ(ツー)アウト。


「ツーアウトツーアウト!」


 土肥が立ち上がり、声を上げる。


「タイム願います。」


 戸福寺(とふくじ)は主審にタイムを要請した。

 車椅子の彼に気を遣ったのか、主審は三塁側のベンチまで走ってきた。


「代打、首藤(しゅどう)でお願いします。」


 戸福寺(とふくじ)佐久山(さくやま)に代えて首藤(しゅどう)(ひさし)を送り出した。


「俺でいいのか、十次(とうじ)?」


「ああ、君だからいいんだ。」


 守備重視の野球をモットーとする雀宮(すずめのみや)学院に()いて、三年間一度もレギュラーになれなかった男を戸福寺は指名した。


「僕は知っているよ。

 この三年間、君が誰よりも素振りをしてきた事を。」


 柔らかな微笑みで戸福寺は語った。


「十次‥‥。」


「さあ、見せてくれ。

 君の三年間の努力の結晶を。」


「ああ、見ていてくれ!」


 首藤は燃えた。


「バッター、早く打席に入りなさい。」


 主審の声が首藤の鼓膜に飛び込んでくる。


「はいっ!」


 首藤は走って右の打席に向かった。



 首藤の気迫にマウンド上の加藤の身体(からだ)に身震いが走った。


(なんだ、こいつ‥‥すげぇ気迫じゃねぇか。)


 一方の首藤も加藤の気迫を感じ取っていた。


(このピッチャーの気迫はなんだ‥‥?)


 加藤も首藤も気迫を前面に出すタイプの選手ではない。

 だが、それでも二人はお互いの鬼気迫る闘志に恐怖を覚えた。

 そして気付く二人。


(ああ、こいつは俺なんだ!)


 数少ない与えられたチャンスで結果を出さなければならない日陰者同士が心の中でユニゾンした。


(行くぞ、もう一人の俺!)


(来い、もう一人の俺!)


 初球、内角低めいっぱいを突く百十八キロのストレートでストライクを取る加藤。

 続く二球目、九十キロのチェンジアップがわずかに低く1―1(ワンエンドワン)

 三球目、外角低めいっぱいに入る百八キロのカーブ。


 キーン!


 ファウルボールが一塁側スタンドに飛び込む。


「ふぅーっ。」


 打席を一旦外して呼吸を整えた首藤は、一回スウィングをしてから打席に入り直した。

 四球目、土肥(どい)は内角低めにパームボールを要求した。

 が、首を横に振る加藤。

 土肥はサインをチェンジアップに変える。

 しかし、これにも加藤は首を横に振る。


「タイム願います。」


 土肥はタイムを申請するとマウンドに駆け寄る。

 ミットを立ててリップシンクを防ぐと、


「お前がサインを拒絶するなんて初めてじゃないか。

 何か投げたい球があるのか?」


「土肥、ここはストレートで勝負させてくれ。」


「ダメだ。

 あのバッター、ストレートにヤマを張ってる。

 しかも、ど真ん中をメインにだ。」


「だからだよ。

 そのコースと球で勝負がしたい。」


「お前は松浦でも鷹ノ目でもないんだ。

 加藤、お前にはお前の良さがある。

 それを引き出すのが俺の仕事だ。」


「頼む、土肥。

 次の一球だけでいいんだ。」


 このままではいつまで経っても平行線だと感じた土肥は大きくため息を()く。


「しょっぱい球、投げたら承知しねぇからな。」


 土肥はそう言うと持ち場へ戻って行った。

 そしてミットをど真ん中に構える。

 振りかぶり、テイクバックする加藤の右腕。


(これが俺の全力だ!)


 百二十二キロ、加藤の渾身(こんしん)のストレートが唸りを上げる。


(打ち砕く!)


 首藤の全力のスウィングが白球に襲い掛かる。


 カキ―――ン!


 打球は右翼線に大きく伸びていく。

 目を切ってそれを追う竹之内。


「にゃろうっ!」


 そしてジャンプ!


 ドガッ!


 竹之内の身体(からだ)が激しくフェンスに激突する。

 しかし、彼のグローブの中にはしっかりと白球が納まっていた。


「アウトーッ!」


 一塁塁審がコールをする。

 その瞬間、宮町中の関東大会一回戦突破が決まった。


「俺が宮中(みやちゅう)外野手(アウトフィルダー)だっ!」


 立ち上がった竹之内が両手を上げて叫んだ。


 ● ● ●


「2対0で宮町中学の勝ち!」


 主審が試合結果を告げる。


「あーしたっ!」


 両軍の全選手が整列し、挨拶を交わす。


「みんな、よく頑張ったね。

 雀宮学院、最後の試合に恥じない素晴らしい試合だった。」


 戸福寺は泣いている選手たちに(ねぎら)いの言葉を掛けた。



「加藤くん‥‥だったね。」


 ラストバッターの首藤(しゅどう)が声を掛ける。


「ああ、君は‥‥首藤くん‥‥だったかな?」


「君が最後の相手でよかった。」


 その言葉で加藤は自分の我儘(わがまま)が救われた気分になった。


「ああ、俺も全力が出せてよかったよ。」


 二人は硬い握手を交わした。



「――鷹ノ目(たかのめ)だっけ?」


 背後からの声に振り向くと、直実(なをみ)の目には沢村が映った。


「ああ、あんたか。」


「さっきは言い過ぎた。ゴメン!」


 沢村は帽子を取って頭を深々と下げた。


「いいよ、もう、その事は。

 気にしてない‥‥って言ったらウソになるけどさ。

 しょうがないよね、ホントの事だもん。」


 直実は屈託のない笑顔を見せた。


「雀宮は廃校になるけど、学校を移った先でも野球は続けるつもりだよ。」


「廃校!? マジで!?」


「うん。」


「‥‥‥‥。」


 掛ける言葉が見つからない直実。


「――でも、次、当たる時は必ず俺らが勝つから!」


 沢村は自身を親指でさし、自信たっぷりに告げる。


「ふふん、返り討ちにしちゃうかんね!」


 直実は右手でテキサス・ロングホーンを作り挑発し返した。



「さあ、そろそろみんな行こうか。

 それぞれの次のステージに。」


 戸福寺が雀宮学院の選手たちに声を掛けた。


「おうっ!」


 選手たちは涙を拭い去り、戸福寺に続いた。


 ● ● ●


「やーい、また退場してやんの。」


 星野が帰りの電車内で直実を挑発する。


「うっさいなぁ。

 あれは審判の度量が狭すぎるんだよ。

 あの程度、マイクパフォーマンスだと思って見逃してほしいもんだよね。」


「鷹ノ目さん、プロレスじゃないんだから。」


 羽野がツッコミを入れる。


「野球とプロレス、どっちか一本に絞らないとダメなのかなぁ‥‥?」


 直実が羽野に意見を聞いてみた。


「ダメじゃないと思うよ。」


 羽野は間髪入れずに答えた。


「えっ?」


「好きなものがたくさんあるのって、悪くないんじゃないかな。

 ――それに‥‥」


「それに?」


「鷹ノ目さんぽくていいと思う。」


 羽野は笑顔で自分なりの『答え』を伝えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日陰者たちにスポットが当たった素晴らしい部分ですね。 竹之内、かつては八幡の梶原に『ライトは不慣れ』とまで言われた彼が、ライトとしてファインプレーをして試合を終わらせた際に発した心からの叫…
[良い点] 最後の羽野のセリフにきゅんとなりました。
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