負けられない理由・前篇【Eパート】
「うおおおおおっ!」
直実の鉄腕ラリアットが唸りを上げる。
(チク、タク、バーン!)
『雀宮の韋駄天』の異名を取る森田は自分なりのリズムを心の中でカウントし、初球から積極的に木製バットを振った。
カスッ!
ジャストミートとはいかなかったが、それが幸いし、セーフティーバントと同じ効果が出た。
転がればこちらのものとばかりに快足を飛ばす森田。
だが、相手が悪すぎた。
「うりゃあああっ!」
背後から自分を圧倒的な速さで追い抜いていく白球に森田は戦慄を覚えた。
神速の五メートルダッシュからのクイック版の鉄腕ラリアット、そして――
バス――――ン!
直実の送球をテニスの荒療治で捕れるようになった金森の三つが揃った今となっては、投手前に転がる打球は完全に無効化された。
「アウト―ッ!」
「よっし!」
打球処理を成功させた直実はガッツポーズを取る。
「なぁにが『よっし』だ。
全員三振に取るんじゃなかったのかよ?」
太刀川が意地悪く直実に突っ掛かる。
「うっさいなぁ~。
一万円札一枚でも千円札十枚でも一万円でしょ?
1アウトは1アウトだよ。」
「負け惜しみ言いやがって。」
「あんたこそ、ホームラン打てなかったじゃん!」
「敬遠の球を打てるかっつーの、バーカ!」
「あーっ、バカって言ったな!?
バカって言う方がバカなんだかんね!」
「なんだそりゃ?」
「なんだ、あいつら。
何をもめてるんだ?」
戸福寺は首を傾げる。
「すみません、ミートできなくて。」
森田が戸福寺に頭を下げた。
「まずは当てられた事で及第点だよ。
よくやったな、輝。」
「ありがとうございます!」
「さあ、他のみんなもこの調子で当てに行ってくれ。」
「おうっ!」
雀宮学院の士気は一気に高まった。
しかし、続く佐久山は羽野のボールの散らしにキリキリ舞いさせられ三振に、三番の芋淵はバットをへし折られてのサードフライに倒れる。
「タイミングが合ってきてやがるぜ。
おい、いい加減、緩急を覚えろ。」
太刀川がベンチへの戻り際、直実に忠告する。
「緩急? そんなもんはいらないですよーだ。
力でねじ伏せるのが私流だかんね。」
「私流だぁ?
百年早えーんだよ、素人が!」
そう言うと太刀川は直実の頭に脳天唐竹割りを一発見舞った。
「いったぁ~っ!
太刀川ーっ、あんたチョップしたね!?
チョップしていいのはチョップされてもいいヤツだけって聞いた事ない?」
「ねーよ、ンな諺。」
「試合中に何をやっているか、バカ者!」
ベンチに戻るや否や、三浦から脳天に拳骨をもらう直実と太刀川であった。
四回裏、一死から松浦がファウルで粘り四球を勝ち取る。
迎える打者は太刀川。
が、ここでも敬遠で歩かされる。
「スコアリングポジションで俺かよ、美味しいじゃねぇか!」
「金森。」
打席へ向かおうとする金森を呼び止める三浦。
「なんですか、先生?」
「この状況をどう考えている?」
「決まってるじゃないですか、チャンスって。」
「相手もな。」
三浦の言葉の意味が金森には理解出来なかった。
「それって、どういう‥‥?」
「要はお前は舐められているという事だ。」
冷徹な言葉に怒りが沸く金森。
「舐められて‥‥。」
「ランナーがいると勝負強さを発揮するが、牽制球で集中力が切れるという欠点がお前にはある。
いいか、いつ弾丸が飛び出すかわからない拳銃と対峙していると思って打席に立て。」
「う、うっす。」
案の定、牽制球で金森の集中力を削ぎに来る沢村。
(もう、このくらいでいいか。)
沢村は2―1からの四球目、金森の内角へ食い込むカーブを投じる。
(俺を舐めるなぁーっ!)
金森の一振りは右翼線に伸びていく。
テニスボールでの特訓は集中力の強化にも繋がっていたのだ。
しかし、立ちはだかるのは全日本ジュニア選抜経験者の那須陽一。
「させるかーっ!」
那須のダイビングキャッチで捕球される金森の打球。
二塁ベース寸前から急いで一塁ベースへと帰塁する太刀川。
「南無八幡大菩薩!」
那須から放たれた矢のような送球がファーストミットに収まる。
クロスプレイだが、一塁塁審の判定は――
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




