乱入者現る【Bパート】
「そんじゃ、あたしっから打つんで問題ねぇかや?」
返答を聞く前に転がっているバットを拾う巴。
「はい、どうぞ!」
直実は青いグローブを左手にはめると、ピッチャープレートの位置まで走る。
首尾よく羽野もミットをはめ、マスクを被る。
(俺が百八十センチだから百九十近くあるって事だよなぁ。)
羽野はキャッチャーの位置から巴を一瞥して思う。
「来いっ!」
左打席に立った巴は豪快にバットを構えると、部員たちがざわめき立つ。
「なんだ、あの構えは!?」
「でも、どこかで見覚えが‥‥。」
「岩鬼だ! 『ドカベン』の岩鬼だよ!」
「左の岩鬼だ!」
部員たちの声に直実は気になって仕方がなかった。
「羽野くーん、イワキって誰~?」
「鷹ノ目さん、後で教えるから、今は集中して!」
「うん、わかった。
鉄腕ラリアット、いきまーす!」
直実が豪快なワインドアップからヒップファーストの動きに連動する。
(テレビで観たのと同じフォーム。
トルネード投法気味のモーションからのサイドスロー。
そしてあの球が来る!)
巴はど真ん中にヤマを張っていた。
「うおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおっ!」
直実と巴の咆哮がシンクロする。
フォン!
ズバ――――ン!!!
巴のバットが空を切った。
もうわずか数センチ上に球が来ていたらかすっていただろう。
普通の打者ならど真ん中だが、巴の長身が幸いした。
(完全なヤマ張りタイプだ。
スウィングスピードは太刀川さんや景清さんには劣るけど、これだけの力量があれば特例をもぎ取れたのもわかる気がする。)
わずか一振りで羽野は巴のすごさを肌で感じた。
(鉄腕ラリアットのスピードにはドンピシャなタイミングだった。
ヤマが当たっていたら、反作用の力で飛ばされる。
バットは割れるかもしれないけれど。
――さて、どうする‥‥。)
羽野は巴の顔を見た。
一球目の時より顎の位置が少し下がっている。
(位置調整を掛けてきた。
同じコースはやばい!)
咄嗟に羽野は、高めを要求した。
「うおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおっ!」
再び直実と巴の咆哮がシンクロする。
フォン!
ズバ――――ン!!!
今度はバットの上を球が通過した。
「やるねー。」
巴が思わず言葉を漏らした。
(コントロールが定まらないピッチャーなら『ピッチング・ダーツ』でパーフェクトは取れねぇ。
だとしたら、意図してボールを散らしてきたって事か。
こいつは手強いねぇ。)
巴は三度バットを構える。
羽野は巴を観察する。
(顎の位置が少し引き気味になっている?
膝が少し柔らかくなっているような‥‥。)
羽野は考える。
脳をフル回転させて考える。
捕手としての技量と経験値の圧倒的な欠落。
それを補う術としては、懸命に考え、打者を観察する以外になかった。
(ん?)
羽野は巴の顔に注目した。
黒目がチラチラとホームベースを見ている。
表情が硬い。
ギラつく眼。
全身を見渡せば、前の二球に比べてバットがやや立っている。
体幹の流れ、左肩の筋肉の張り具合、観察する程に違和感が突出してくる。
そして、それらは羽野に一つの結論をもたらせた。
(大根切り!?
ベースにボールが来たところを上から叩きつける気か!?)
高さの変化を無効化する手段としてはなくはない。
ただ、それを実行するには並外れた動体視力が必要だ。
ヤマ張りタイプの打者にやすやす出来る芸当ではなかった。
それでも中体連に特例を認めさせた逸材だ、当てられる可能性はゼロではない。
そんな中、一陣の風が羽野に一つの閃きを走らせた。
そして、あたかも巴をじらすようにタイミングを取る。
(――鷹ノ目さん、ここで!)
羽野のミットの位置に頷く直実。
「うおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおっ!」
三度、直実と巴の咆哮がシンクロする。
ブォン!
ズバ――――ン!!!
内角ギリギリに構えたミットに軟球が収まった。
羽野の読み通り、巴は大根切りと呼ばれるダウンスウィングを敢行したが、空振りに終わった。
「くっそ、リボンに邪魔されたーっ!
こんな事なら上も体育着にしてくりゃよかった~!」
巴の制服のリボンが風でたなびいて視界を遮ったのだった。
「おっしゃ――っ!」
マウンド上で直実が歓喜の声を上げる。
「すいません、どうしても負けたくなかったんで。」
羽野が巴に詫びを入れると、
「かっかっか、いいっていいって、キミ、真面目だねぇ。
風や服装、ありとあらゆるもんを使ってでも勝ちにこだわる、いいんじゃないかや。
真面目な曲者ってのがバッターにとっちゃ一番厄介なキャッチャーじゃん。
キミにはその素質あるよ。」
そう言うと、巴は羽野にし慣れないウインクをしてみせた。
「さあてっと、約束通り次はピッチャーだけど、誰がバッターやるんだい?」
「太刀川さんの代理は俺がやるっス。」
太刀川を尊敬している星野が買って出た。
「そうかいそうかい、チャッチャと終わらせよう。
ああ、そうそう、誰かグラブ貸してくんねぇ?」
「どうぞ、五島さん。」
直実ははめていた青いグローブを巴に渡そうとする。
「悪りぃ、あたし、サウスポーなんだよね。
それに手ぇでかいから‥‥。」
巴は右手を見せた。
「この中で左っつうと、俺か多々良さんって事になるけど。
どっちのグラブも入らなそうっすね。」
伊藤が自分の投手用グローブを見つめながら言った。
「この際、右利きのでもいいや、なるべくでかいの貸してよ。」
「あの、俺の外野手用のでよければ。」
羽野が巴に自分のグローブを差し出した。
「ああ、サンキューな。
ついでに、あたしの球を受けてくれると助かるんだけど。」
羽野は周囲を見渡した。
(一二年の中にキャッチャーって俺だけじゃ!?)
思わぬところで宮町中の弱点に気付く羽野。
「俺でよければ。
‥‥落としたらすみません。」
「受ける前から落とす事なんか考えるなっての。
あたしの球種なんて、ストレートとチェンジアップ、薙刀フォークの三つっきゃねぇんだから。」
「教えていいんですか、そんな事?」
「教えて打たれるほど、ヘボピッチャーじゃないつもりなんでね。
それに一時とはいえ、アンタはあたしの相棒なんだからさ。」
「わかりました。」
「あと、今回はノーサインでいくから。」
「それって‥‥。」
「そう、あたしが好きなように投げるってコト。
んじゃ、よろしく。」
(薙刀フォーク、俺に捕れんのかなぁ‥‥。)
羽野は不安を抱えながら定位置へと向かって行った。
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