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鉄腕ラリアット 第二部・咆哮篇  作者: 鳩野高嗣
第十六章 乱入者現る
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乱入者現る【Bパート】

「そんじゃ、あたしっから打つんで問題ねぇかや?」


 返答を聞く前に転がっているバットを拾う(ともえ)


「はい、どうぞ!」


 直実(なをみ)は青いグローブを左手にはめると、ピッチャープレートの位置まで走る。

 首尾よく羽野(はの)もミットをはめ、マスクを被る。


(俺が百八十センチだから百九十近くあるって事だよなぁ。)


 羽野はキャッチャーの位置から巴を一瞥(いちべつ)して思う。


「来いっ!」


 左打席に立った巴は豪快にバットを構えると、部員たちがざわめき立つ。


「なんだ、あの構えは!?」


「でも、どこかで見覚えが‥‥。」


岩鬼(いわき)だ! 『ドカベン』の岩鬼だよ!」


「左の岩鬼だ!」


 部員たちの声に直実は気になって仕方がなかった。


「羽野くーん、イワキって誰~?」


「鷹ノ目さん、(あと)で教えるから、今は集中して!」


「うん、わかった。

 鉄腕ラリアット、いきまーす!」


 直実が豪快なワインドアップからヒップファーストの動きに連動する。


(テレビで観たのと同じフォーム。

 トルネード投法気味のモーションからのサイドスロー。

 そしてあの球が来る!)


 巴はど真ん中にヤマを張っていた。


「うおおおおおおおっ!」

「うおおおおおおおっ!」


 直実と巴の咆哮(ほうこう)がシンクロする。


 フォン!

 ズバ――――ン!!!


 巴のバットが空を切った。

 もうわずか数センチ上に球が来ていたらかすっていただろう。

 普通の打者ならど真ん中だが、巴の長身が幸いした。


(完全なヤマ張りタイプだ。

 スウィングスピードは太刀川(たちかわ)さんや景清(かげきよ)さんには劣るけど、これだけの力量があれば特例をもぎ取れたのもわかる気がする。)


 わずか一振りで羽野は巴のすごさを肌で感じた。


(鉄腕ラリアットのスピードにはドンピシャなタイミングだった。

 ヤマが当たっていたら、反作用の力で飛ばされる。

 バットは割れるかもしれないけれど。

 ――さて、どうする‥‥。)


 羽野は巴の顔を見た。

 一球目の時より顎の位置が少し下がっている。


(位置調整を掛けてきた。

 同じコースはやばい!)


 咄嗟(とっさ)に羽野は、高めを要求した。


「うおおおおおおおっ!」

「うおおおおおおおっ!」


 再び直実と巴の咆哮がシンクロする。


 フォン!

 ズバ――――ン!!!


 今度はバットの上を球が通過した。


「やるねー。」


 巴が思わず言葉を漏らした。


(コントロールが定まらないピッチャーなら『ピッチング・ダーツ』でパーフェクトは取れねぇ。

 だとしたら、意図してボールを散らしてきたって事か。

 こいつは手強(てごわ)いねぇ。)


 巴は三度(みたび)バットを構える。

 羽野は巴を観察する。


(あご)の位置が少し引き気味になっている?

 (ひざ)が少し柔らかくなっているような‥‥。)


 羽野は考える。

 脳をフル回転させて考える。

 捕手としての技量と経験値の圧倒的な欠落。

 それを補う(すべ)としては、懸命に考え、打者を観察する以外になかった。


(ん?)


 羽野は巴の顔に注目した。

 黒目がチラチラとホームベースを見ている。

 表情が硬い。

 ギラつく眼。

 全身を見渡せば、前の二球に比べてバットがやや立っている。

 体幹の流れ、左肩の筋肉の張り具合、観察する程に違和感が突出してくる。

 そして、それらは羽野に一つの結論をもたらせた。


(大根切り!?

 ベースにボールが来たところを上から(はた)きつける気か!?)


 高さの変化を無効化する手段としてはなくはない。

 ただ、それを実行するには並外れた動体視力が必要だ。

 ヤマ張りタイプの打者にやすやす出来る芸当ではなかった。

 それでも中体連に特例を認めさせた逸材だ、当てられる可能性はゼロではない。


 そんな中、一陣の風が羽野に一つの(ひらめ)きを走らせた。

 そして、あたかも巴をじらすようにタイミングを取る。


(――鷹ノ目さん、ここで!)


 羽野のミットの位置に(うなず)く直実。


「うおおおおおおおっ!」

「うおおおおおおおっ!」


 三度、直実と巴の咆哮がシンクロする。

 

 ブォン!

 ズバ――――ン!!!


 内角ギリギリに構えたミットに軟球が収まった。

 羽野の読み通り、巴は大根切りと呼ばれるダウンスウィングを敢行したが、空振りに終わった。


「くっそ、リボンに邪魔されたーっ!

 こんな事なら上も体育着にしてくりゃよかった~!」


 巴の制服のリボンが風でたなびいて視界を(さえぎ)ったのだった。


「おっしゃ――っ!」


 マウンド上で直実が歓喜の声を上げる。


「すいません、どうしても負けたくなかったんで。」


 羽野が巴に()びを入れると、


「かっかっか、いいっていいって、キミ、真面目だねぇ。

 風や服装、ありとあらゆるもんを使ってでも勝ちにこだわる、いいんじゃないかや。

 真面目な曲者(くせもの)ってのがバッターにとっちゃ一番厄介なキャッチャーじゃん。

 キミにはその素質あるよ。」


 そう言うと、巴は羽野にし慣れないウインクをしてみせた。


「さあてっと、約束通り次はピッチャーだけど、誰がバッターやるんだい?」


太刀川(たちかわ)さんの代理は俺がやるっス。」


 太刀川を尊敬している星野が買って出た。


「そうかいそうかい、チャッチャと終わらせよう。

 ああ、そうそう、誰かグラブ貸してくんねぇ?」


「どうぞ、五島さん。」


 直実ははめていた青いグローブを巴に渡そうとする。


「悪りぃ、あたし、サウスポーなんだよね。

 それに手ぇでかいから‥‥。」


 巴は右手を見せた。


「この中で左っつうと、俺か多々良(たたら)さんって事になるけど。

 どっちのグラブも入らなそうっすね。」


 伊藤が自分の投手用グローブを見つめながら言った。


「この際、右利き(みぎ)のでもいいや、なるべくでかいの貸してよ。」


「あの、俺の外野手用のでよければ。」


 羽野が巴に自分のグローブを差し出した。


「ああ、サンキューな。

 ついでに、あたしの球を受けてくれると助かるんだけど。」


 羽野は周囲を見渡した。


(一二年の中にキャッチャーって俺だけじゃ!?)


 思わぬところで宮町中の弱点に気付く羽野。


「俺でよければ。

 ‥‥落としたらすみません。」


「受ける前から落とす事なんか考えるなっての。

 あたしの球種なんて、ストレートとチェンジアップ、薙刀(なぎなた)フォークの三つっきゃねぇんだから。」


「教えていいんですか、そんな事?」


「教えて打たれるほど、ヘボピッチャーじゃないつもりなんでね。

 それに一時(いっとき)とはいえ、アンタはあたしの相棒なんだからさ。」


「わかりました。」


「あと、今回はノーサインでいくから。」


「それって‥‥。」


「そう、あたしが好きなように投げるってコト。

 んじゃ、よろしく。」


薙刀(なぎなた)フォーク、俺に捕れんのかなぁ‥‥。)


 羽野は不安を抱えながら定位置へと向かって行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャッチャーらしくなってきた羽野がいいですね。
[良い点] 直実と巴の力対力の息詰まる対決がよかったです。 [一言] キャッチャーが一二年で羽野だけって、来年すごく大変ですね。直実の球を捕れる新キャラが登場する予感。
[良い点] 巴対直実のポテンシャル対決ですが、羽野の頭脳が加わったことで直実が勝てたのだと思います。 先駆者の巴を発展途上の鋼鉄バッテリーが倒したところに野球の奥深さを感じました。 [気になる点] 上…
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